七夕(二)
いつもの土曜と違って、一緒に弁当も食べず、純は黙ったまま敏に手を振って教室を出た。
階段を駆け下り、昇降口からは走り出して校門へ向かう。
「純ちゃん!」
バイオリンケースを背負った憲人が、門の近くで声を掛けた。
「急いでるの?」
「あ、憲人・・・うん、ちょっと」
「何か良いことでもあった?」
「え?何で?」
「いや、そんなふうに見えたから」
「そう?」
純は思わず表情を引き締めた。
「急いでいるなら、早く行こうか」
「・・・」
純は急ぐ理由は言わず、憲人と一緒に歩き出す。
憲人に今日のこれからの予定を話したら、面倒なことになりそうな気がしたから。
「別に、待ってなくていいのに・・・土曜日は、憲人のほうがレッスンに遅れちゃうでしょ?」
「だって、せっかく同じ高校に入れたんだから、出来るだけ一緒に帰りたいんだよ」
純は返す言葉が見つからなくて、再び黙ってしまった。
西山駅で二人は別れ、憲人はバイオリンのレッスンに向かった。
憲人の気持ちは充分に分かっているけれど、それに応えられない。
それに、今の純は、この後の予定で心も頭もいっぱいだった。
だから、憲人と別れて家への電車に乗ったとたん、彼に対して感じていたチクチクしたものを打ち消してしまった。
須川駅からも、急ぎ足で帰宅し、食事もそこそこにして、純はクローゼットから洋服を取り出す。
七夕まつりの約束をしてから、毎晩のように考えていた服。
と言っても、女の子らしい服がたくさんあるわけではないから、結局、よそ行きの茶色のワンピースに同じ色のカチューシャをつけて・・・。
『村上君には、少しでも女の子らしいと思われたい・・・』
着替えると、音楽教室に電話を入れ、レッスンを早い時間に割り込みさせてもらうことにした。
『翔君が来ないうちに。出来れば、渡に気が付かれないうちに、レッスンを終わらせたい』
いつもより一時間以上も早く、音楽教室に着いた。
しかし、渡が学校から帰って来たところに遭遇してしまった。
「あれ?純ちゃん。今日はどうしたの?」
「渡、おかえり。今日は貴兄さんのところで、ご飯を一緒に食べる約束だから・・・」
とっさについた嘘。
「そうなんだ」
素直な渡は、純の言葉を信じたようだった。
レッスンを早く終わらせたくて、純は出来るだけ集中してピアノに向かった。
先生・・・渡の母親からは、そんな一生懸命さを褒められるくらい・・・。
渡が教室に現れると同時に、純はレッスンを終わらせ、部屋から出る。
「もう終わり?」
渡が物足りなさそうな顔をしている。
「うん。急ぐから」
純は翔に会わないうちに、と音楽教室を出た。
翔に会ったら、よそ行きの服に目をつけて、そのわけを聞き出そうとするに違いない。
ほの暗い空からは、霧のような雨が落ちてくる。
傘をさし、いつものバス停ではなく、駅へと向かう。
純は電車に乗ってすぐに、敏にメッセージを送った。
返信はすぐに来た。
日越駅の西口改札で待っているとのこと。
電車は鉄橋をわたる。
川の水面に空が映って見える。
『まるで、天の川を渡って村上君に会いに行くみたい・・・』
純はうつむいて、そっと微笑んだ。
それから、
『今年は織姫と彦星は会えるのかな・・・』
と、電車の窓ガラス越しに空を仰いだ。
日越駅に近づくほどに、純の胸が高鳴る。
午前中、教室で一緒だったはずなのに、まるで久しぶりに会うみたいに緊張してくる。
日越駅にあと五分というところで、もう一度、敏にメッセージを送った。
駅に着くころ、ちょうど雨も止んだ。
初めて降りる駅。純は、西口改札を探して、プラットホームで少し迷ってしまった。
西口改札の文字を見つけると、階段を駆け下りて、改札に向かった。




