勉強熱心のわけ
敏の家は西山駅からバスならば十五分、和同大学がそばにある。
敏の母親は、そんな和同大学の学生と、近くにあるオフィス街の客を目当てのカフェをやっている。
敏は、店の窓からそっと店内を覗いてみた。
「やっぱり、母さんはいない・・・」
この時間になると、母親は裏にある自宅に帰っている。
連絡も無しで、かなり遅くなってしまった。
『絶対に怒られる』
「ただいま・・・」
小さめの声で言ってみる。玄関のドアをそっと開ける。
「ずいぶん早いのね」
案の定、母親は完全にお怒りで、キッチンから出て来た。
「ごめん」
靴を脱ぎながら、謝る。
「連絡ぐらいしなさいよ。何のための携帯なのよ」
「うん。ごめん」
「兄ちゃん、何かキモイ・・・」
弟の敦がリビングから出て来た。
「母さんに謝るなんて、どうかした?ここんとこ、兄ちゃん変だよ?」
「うるさい!あっち行ってろ。何でもない!」
敦は、殴られたらたまらない、というふうに飛びすさってリビングに駆け戻る。
「ご飯、早く食べちゃって」
母親がキッチンに入って行く。
「友達の家で食べて来たから、いらない」
「また、良太君の家で御馳走になったの?」
「ん、ちが・・・。うん。良太・・・」
なぜが誤魔化した。何で誤魔化したくなったのか、自分でもよくわからない。
「食器は兄ちゃんが洗ってよ」
リビングのソファに寝転んでいる敦。
「食ってないのに、何でだよ」
敏は、そんな弟の尻を蹴飛ばした。
「痛ってぇ!何すんの。連絡無しで、遅く帰って来た罰にきまってるよ!」
「わかったよ」
妙に素直にキッチンに行く敏の様子に、母と弟は顔を見合わせる。
『絶対に、何かおかしい・・・』
母親も弟も同じ思いだ。
敏はショルダーバッグをダイニングテーブルの椅子に置いて、中から弁当箱を取り出した。
「あら、残してる」
「ごめん、あんまり食べられなかったんだ」
いつもなら、残して帰って来ても、それを謝るなんてしないのに。
このところの敏の普段にない様子に、母親は不安になってしまう。
「どうかしたの?何か学校であるの?」
「うん?何もないよ。大丈夫だよ」
いつもは、うっとおしいとしか思えない母親の気遣いが、ありがたく感じる。
『母親がいない。きょうだいがいない。そんなこと、考えたこともなかった・・・』
再び、さっき別れたばかりの純を思う。
広い家にポツンと居る純を想像してしまう。
『そばに居たい・・・』
食器を洗いながら、片付け物をする母親に聞いてみる。
「今度、友達を連れて来ていいかな?」
「だれ?良太君たちじゃなくて?」
「二年になってから出来た友達・・・」
そばで冷蔵庫を覗いていた敦が振り向いた。
「もしかして、女?彼女?」
「そうなの?」
母親は驚いた表情。今まで女の子の話しなど聞いたことが無い。
「友達だよ。ただのクラスメイト」
敏はシンクから目を離さずに答えた。
「あら、そうなの」
母親はニコニコ顔で、敏を見る。
そして、
「そういうことなの・・・」
と、一人でうなずいている。
『何が「そういうこと」なのだろう?』
敏は、母親の方を見た。
母親は敦と目配せをしている。
「本当に来るかどうか、まだ分かんないけど」
「連れてらっしゃい」
母親は何故か上機嫌だ。
「僕にも会わせてよ」
敦の生意気そうな顔。
「おまえはどこかに行ってて」
「え~っ。やだ。絶対に会う!ねえ、その人、美人?可愛い?」
敦はシンクの前の敏の腕を掴んで、邪魔をする。
「美人・・・可愛い・・・」
『・・・「美人」とか「可愛い」とか、ひとくくりには出来ない・・・』
皿を洗う手を止めて、真剣に考える。
「わかんない」
考えたすえに出た言葉だ。
「何、それ」
敦が呆れて、敏を見上げた。
「ただ、学年順位がひと桁台に入る、天才で秀才」
「西山高校で、ひと桁台はすごいわね」
母親が目を丸くする。
「そんな女の子が、なんで兄ちゃんの彼女?」
「彼女じゃないって。友達だって」
「彼女じゃないの?」
「友達だって言ってるだろ」
「ふうん・・・」
敦はにやにやしながら離れて行った。
母親は微笑みながら、黙ってテーブルを拭いている。
ここのところの勉強熱心の理由が分かって、安堵していた。




