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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
53/74

皆、純を想ってる

三人が食事を済ませ、テーブルの上を片付け始めたころ、インターホンが鳴った。

「俺がでてやるよ。リビングに通せばいいよな」

貴久が慣れた様子で玄関へと向かう。

「純ちゃん。休んでて。僕が食器を洗うから」

敏が純の身体を気遣って申し出る。

「え?いいよ。そんなこと」

「家でもやってるから。僕の家、僕か弟がやるんだ」

敏はさっさとキッチンに食器を運んで行く。

「いいの?」

「まだ痛いんだろ、脚・・・」

シンクの前に立って、敏は食器を洗い始めた。

隣のリビングにガヤガヤ騒ぎながら入って行く声。

純は敏に洗い物を任せて、リビングに出て行った。

リビングの騒ぎが更に大きくなって、再びドアが開く。

純がドアから顔を出した。

「村上君もリビングで一緒にコーヒー飲まない?」

「いいの?」

「イヤじゃなければ・・・」

「いいよ。じゃ、僕、コーヒー淹れるよ」

「え?」

「僕の母さん、カフェをやってるんだ。時々手伝いもするから、コーヒー淹れるの、得意だよ」

敏はちょっと自慢してみせた。

純がにっこりする。

「そうなの。じゃ、お願いしていい?」

『・・・そういえば、住吉さんが家の話しをしなかったから、自分も家のことは話したことなかったなぁ』

敏は、純にサーバーやカップなどを用意してもらって、湯を沸かし始める。

「チョコレートケーキを持ってきてくれたんだって」

純が食器棚から皿とフォークを取り出して、リビングに持って行った。

「はじめまして」

入れ違いに、背の高い目鼻立ちの端正な少年が入って来た。

「こんにちは・・・はじめまして」

敏が、手を止めて挨拶を返した。

「僕、清水渡って言います。菊川学園高校の一年生です。母は純ちゃんにピアノを教えています」

渡の礼儀正しい感じが好印象だ。

「僕は村上敏。住吉さんのクラスメイトです。よろしく」

「コーヒー、持って行きますね」

渡が出来上がったコーヒーをリビングに運び込む。

その後に続いて、敏もリビングに入った。

リビングには、もう一人、敏の知らない姿があった。

その人物が、敏に目を向ける。

純は気が付いて、敏を紹介する。

「こちら、村上敏君。同じクラスなの」

敏が頭を下げる。

「こっちは加賀美翔君。幼稚園の時から、同じピアノ教室の仲間で、菊川学園の三年生」

翔は、その綺麗な顔をゆがめるようにニヤリとさせて、

「俺は、純の彼氏。よろしくな」

と、言った。

「・・・?」

思いがけない言葉に、敏は息を飲んで純の顔を見る。

純は、翔の顔を思いきり睨んでいた。

「誰がそんなことを認めるんだ」

翔と一緒に二人掛けのソファに座っていた貴久が、憮然とした顔で言い捨てる。

「事実は事実でしょ」

翔は平然としたまま、「幼稚園からずーっと一緒だし。デートもしょっちゅうしてるし・・・」

理由にならないような理由を述べた。

そうなの?というように、敏は純の顔を再び見ている。

そんな敏の様子を見ていた渡は、

「じゃ、僕や憲人も同じだから、僕らも純ちゃんの彼氏っていうことで、いいですね?」

と、翔に念を押した。

「いや、俺だけだ。俺だけが純の彼氏」

「翔さんが純ちゃんの彼氏だったら、純ちゃん死んじゃいますよ、ワケわかんなくて」

渡と翔の攻防は止まらない。

「そんなことは無いよな?純は俺のこと一番に愛してるし、理解してる。そうだろ?」

びっくりするような翔の発言に、純がどう反応するのか、敏は気になった。

純はもう、肯定も否定もせず、黙ってケーキを皿に取り分けている。

「相変わらずバカなことばっか言ってる」

貴久が突っ込む。

それで、やっと敏も、こんなやり取りがこの人たちの間では、ごく普通のことなのだと気付いた。

「純ちゃん、僕がやります。座って。まだ、ケガしたとこ痛いんでしょ?」

渡は、純の手からケーキの箱を奪って、テーブルの上の皿に並べ出した。

全部並べ終わると、渡は一人掛けソファに座る純のそばに寄り、ひじ掛けに腰をおろす。自然な感じで純に近付いている。

敏は、翔よりも渡の方が、純に対して積極的な気がした。そんな渡の気持ちに、純が気付いているのか、敏は気になって仕方なかった。


「ウマイ!」

コーヒーを一口飲んで、翔は純を見た。

「村上君が淹れてくれたんだよ」

なぜが純が自慢気に答えた。

「へぇ。隠れた得意ワザがあるんだ。うまいな」

貴久もうなずく。

「ほんとうに美味しい」

純は敏に微笑みかけた。

その笑顔と、もう一つの一人掛けソファに腰かけた敏を見比べて、微妙な顔をしてコーヒーをすする渡。

それに気づく敏。

素知らぬ顔で、渡と敏を観察している翔。

貴久は、コーヒーに集中していうふうを装っている・・・。


敏は知らん顔をして、飾り棚に目をやった。

飾り棚には、何枚もの写真が飾られている。

純の母親と思しき微笑んだ女性の写真。

『微笑み方が住吉さんに似ている・・・』

純の幼い時の可愛らしい写真。

ワンピース姿でバイオリンを手にした小学生くらいの写真。

車椅子に乗った母親との写真。

じっと見る敏に、誰も気付かないふりをした。

渡が立ち上がり、飾り棚に近付いた。

そして、並んでいたCDの中から一枚を選んで、オーディオプレイヤーで音楽をかける。

「純ちゃんの好きな演奏家の曲です」

敏に説明するように言う。

『ああ・・・僕は住吉さんのこと、何にも知らない・・・』

敏はつくづく思う。


その時、渡のジーンズのポケットで着信音が鳴った。

渡がポケットからスマホを取り出す。

「何?・・・うん。純ちゃん、ピアノは休みだった。今、純ちゃんの家に来てるよ。替わる?」

渡は「憲人から」と言いながら、純にスマホを渡した。

「もしもし・・・。あ、ごめんね。スマホ、別の部屋に置きっぱなしだったから」

「電話してって言ったじゃないか」

どうやら、渡はスピーカーホンにして、純にスマホをわたしたらしい。憲人の不満気な声が丸聞こえた。

「どうかしちゃったかと心配したじゃない?」

「ごめんね。昨日は本当にありがとう」

「渡のやつ。スピーカーホンにしたね?」

憲人も気づいたらしい。

「うん、そうみたい」

「月曜は学校行けそう?」

「うん、もう大丈夫だから。心配しないで」

純はサマースクールの話しを憲人がしないか、ドキドキしていた。なんとなく、敏には聞かれなくなかったから。

憲人も、スピーカーホンになっているからか、

「じゃ、学校でね・・・」と、だけ言って、電話を切る。

純が渡にスマホを返す。

皆一斉にチョコレートケーキを食べ始めた。


いきなり、廊下から通じるドアが開く。

純の父親、勝が帰って来たのだった。

全員が立ち上がる。敏もつられて立ち上がった。

「おかえりなさい」

「お邪魔してます」

皆、頭を下げる。

「純の父さんだよ。俺にとっては叔父」

貴久が敏に教えた。

「同じクラスの村上敏君」

敏は純が紹介したと同時に、深く頭を下げた。

「すみません。住吉さんにケガをさせたのは、僕なんです。申し訳ありません」

その場が一瞬固まった。

「そうだったんだね・・・頭を上げなさい」

事情を知らなかった者全員は、驚きを隠せなかった。

「済んでしまったことは、仕方のないことだから・・・」

勝が微笑んだように見えた。

「お父さん、ご飯は?」

純は何事もなかったように、日常の会話に入る。

「まだ、仕事が残っているから、後で食べるよ」

勝が部屋を出て行こうとすると、

「僕たち、そろそろ帰ります」

と、翔が変身したように、良い子風になる。

「貴久。外は暗いから、バイク、気を付けて帰りなさい」

「はい」

勝はリビングを出て行った。

敏は、貴久、純、そして純の父親の三人の目が似ていのに気付いた。純の巻き毛が父親譲りなのも。

勝が去って、足音が聞こえなくなった瞬間、一斉に視線が敏に向けられた。

「何だよ。純のケガの原因って、お前だったのか」

翔の責めるような口ぶり。

「昨日、村上のことなんか、ひとことも言ってなかったな・・・」

貴久も驚いている。

「私が、考えごとをしながら階段を駆け上がったから・・・。村上君のせいじゃないよ」

純がかばったから、敏は再び皆の視線を集めた。


窓の外は、すでに日が落ちていて暗い。

渡がカップや皿をキッチンに運び始めた。

「あとは私がするから、早く帰ってね」

せかされて、皆、玄関に向かう。

「気を付けてね」

なごり惜し気に、純が門扉の前まで出て来て手を振る。

「来週は教室に必ず来てね」

渡が手を振る。

「じゃ、次の土曜に、な」

と、翔。

敏も「来週ね」と、小さく手を振った。

貴久は黙ったまま、純をじっと見て、バイクで帰って行った。

翔と渡は表通りまで敏と一緒だったが、そこからバスに乗るのだと言って、敏と別れた。

敏は駅へ向かう。


電車に乗って、外の風景を眺める。

暗い外の風景の中。家々の灯り。

『その一つに、純ちゃんがいるんだ・・・』

もう、敏の中では、『住吉さん』ではなく『純ちゃん』だ。

風景のひとつにも、今まで思いもしなかった感情。

暖かいような・・・寂しいような・・・。


翔のオレ様な中に、純を想う気持ち。

渡の純を気遣う紳士ぶり。ソファのひじ掛けに座って純に寄り添うような姿。

憲人の電話。

なにより、貴久の言葉の数々やいろいろな表情。

『仲良くしてやって欲しいんだ』と、苦しげな表情で言っていたこと。


皆、純を想ってる・・・。


敏は、電車の吊り輪を握った指をほどく。そして指を折って数えてしまう。

『金松先輩・・・一

憲人・・・二

渡君・・・三

加賀美さん・・・四

そして、僕・・・五

なんで、こんなにも、純ちゃんへの競争は激しいんだろう。

他の四人は、純ちゃんの幼いときからの全てを・・・知っているのに・・・。

僕は・・・』


西山駅に着いて、バスに乗り換えてからも純のことを考えていた。

そっと目を閉じて、今日の純の姿を思い出す。

ピンクの服。細い足首・・・。

学校での純と違って、笑顔がたくさん見られた。

今まで見たことの無い表情や、たくさんの言葉や声。

そして、手作り料理の味も・・・。











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