喜びのあとに
試験も終わり、通常の授業が始まる。
毎時間、答案用紙が続々と返って来る。
純にはとても及ばないけれど、敏の答案は今までにない高得点だった。
返却する先生たちも、「おや?」と言う目で敏を見る。
数学の先生に至っては、答案用紙を返しながら、
「今までは、遠慮してたのか?」
と、冗談まじりに笑顔を見せたほどだ。
周りからは「ほ~っ」という声があがる。
しかし、「住吉のは、百点」と先生の言葉で、敏の点数の話しは消えた。
それでも、敏は満足だった。努力したことがそのまま点数に現れることを改めて実感出来て、単純に嬉しかった。
純と一緒に昼食を食べたとき、
「村上君、すごいじゃない?本当に頑張ったよねぇ」
賞賛の言葉を彼女が言ってくれたから、嬉しさが倍増する。
「住吉さんだって、数学百点・・・すごいじゃん」
「あ、ありがと・・・」
純のはにかんだ笑顔が、たまらなく可愛らしかった。
昼食が終わって、純は図書館へ行く用意をする。
「僕、今日は掃除当番だから一緒に行けない・・・ごめんね」
敏が残念そうに言った。
「そうなの?じゃ、また後でね」
純は教室を出て、階段を降り、図書室のある校舎への外廊下に出る。
外廊下の端に、憲人が立っていた。
「どうしたの?」
「話したいことがあって・・・」
「今?」
生徒たちが行き来する渡り廊下で、憲人と一緒にいるのがはばかられる。
「できるだけ早く、純ちゃんに話したかったんだ」
憲人は図書館のある校舎の裏手に、純を連れて行く。
周囲には人影もない。
「何かあった?」
純は、校内で憲人と二人でいるのを出来るだけ見られたくないと思い、話しをせかした。
「今年の夏は、僕、アメリカに行くことになっているんだけど」
「コンクールの副賞のサマースクールでしょ?」
「うん。それで・・・純ちゃんも一緒に行かない?」
「え?どういうこと?」
「僕がバイオリンのサマースクールに行っているあいだ、純ちゃんは語学留学っていうのは、どう?」
「語学留学?」
「サマースクールを開講する大学で、英語のスクールも同じ時期に開講されるんだ。もちろん、参加するのにはテストがあるけど、純ちゃんなら受かるよ。絶対・・・どう?」
「素敵な話しだけど・・・」
純は思いもしなかった話しに、ワクワクするのと同時に、不安も覚える。
『憲人と二人で・・・アメリカで・・・』
「考えてみてよ。楽しいよ、きっと」
「考えさせて。まずは父に相談しないと・・・」
短期間でも、語学留学というのは魅力的だ。アメリカで、というのも。
「ぼく、サマースクールが終わったら、そのまま別のコンクールに出るんだ。純ちゃんも残ってコンクールを聞きに来てよ」
無邪気に憲人は言う。まだ純がアメリカに行くとは言ってないのに。
いそいそと語学サマースクールのパンフレットやら資料やらを純に手渡す。
それからも、憲人は、純がアメリカへ行く前提で、満面の笑顔で話を進めた。
午後の授業がもうすぐ始まる。
「そろそろ戻らなきゃ」
もう、図書館に行く時間は残っていない。
「取りあえず、父に話してみるから」
「わかった。返事を楽しみにしてるよ。夜遅くなってでもいいから、電話でも、メッセージでも、ちょうだい」
「じゃ、ね」
図書室へ通じる外廊下に戻ると、憲人は純を見送った。
その合間も、他の生徒が純と憲人を見比べるようにして通り過ぎて行く。
学園祭の舞台以来、憲人と純は、先生たちも公認の『仲』ということになってしまっていたから。
純は憲人に見送られ、階段を駆け上がった。
敏は昼休み時間を、鮎川真二と魚谷京平、それに女子三人とで、校舎の階段の全部を清掃する当番をしていた。
試験の結果が良くて、何より純に褒められて、敏は上機嫌だった。
掃除も終わりかけ、真二と京平とでホウキを振り回したり、女子たちにちょっかいを出してふざけていた。
「やめてよ。危ないじゃないの」
そう、女子の一人が男子たちに注意をした瞬間、ふざけていた京平の身体が敏にぶつかった。
よろける敏・・・。
敏の身体も、誰かに当たった。
その『誰か』はゴツッという音とともに、踊り場に転がって落ちて行く。
ガシャーンと音を立て、鉛筆やペン、ノートなどがばらけて散らかるのが目に入った。
「きゃーっ」女の子たちから悲鳴が上がった。
踊り場に倒れているのが誰なのか、一瞬の間のあと、その場に居合わせた全員がすぐに気づいた。




