負けたくない
いろいろなことが垣間見えた学園祭も終わり、日常の生活が戻って来た。
学園祭の余韻に浸る暇もなく、前期の中間試験が目前に迫って来る。
敏は再び、純と一緒に昼食を食べるようになっていた。
しかも、昼食が終わるとそのまま純と図書館へ行く。
そして、彼女の邪魔をしないように気遣いながらも、出来るだけ近くに席を取り、敏も勉強した。
もう、誰が何と言おうと、どう思われようとかまわない。
金松貴久にも、辺見憲人にも・・・突き詰めれば純にさえも・・・勝てる『何か』が欲しい。
純に自分を認めてもらいたい・・・。
そんな敏の様子に、良太はもちろん、同じ二年三組の鮎川真二と魚谷京平の二人も、いつもならちょっとブラックな発言をする東雄一郎ですら、何も言わず見守るだけだった。
おそらく、九組の神山明和が見たら、「敏のヤツ、必死だな」と言うに違いない。
学園祭以来、憲人も純に対して積極的だ。
バイオリンのレッスンの日はもちろん、毎日のように純が下校する時間に合わせ、校門付近で待っている。
純と同じ路線の電車だから、一緒に帰るのは避けられなかった。
女子生徒たちに憲人が人気があるというのは本当だった。
女の子たちは、憲人と純が一緒に帰るのを、羨望と嫉妬の眼差しで見ている。
純は、そんな女の子たちの視線が怖かった。
憲人は、学園祭直前の国際的なコンクールで、優勝こそ逃したものの、入賞を果たしていた。
その副賞として、アメリカの音楽大学のサマースクールに参加することになったという。
そして、ピアノのレッスンはやめて、バイオリン一本に絞って勉強することになった。
着実に自分の夢に向かっている憲人が、純はまぶしく感じられた。
一緒の下校の時に、夢を語る憲人が羨ましかった。
もうすぐ試験というある日の昼食。
敏はいつもの通り純と食事を共にしていた。
「住吉さんは、何か目標ってある?いつも一生懸命に勉強しているでしょう?」
「うん、一応はね」
純は箸を休めて答える。
「私、高校受験のとき、本当は西山高校に入るつもりはなかったの。上原大学の音楽科を受けようと思ってたの」
「ふうん」
「でも、父に音楽科に入るのを反対されて・・・。高校から音楽を専攻すると、視野が狭くなるって」
「そういうものなのかなぁ。僕にはよくわかんないけど」
「それに、勉強も出来ないのに、音楽なんて出来ないって言われて・・・。私、父に言い返せなかった・・・」
純が悔しそうな表情を浮かべる。敏が見たことのない表情だ。
「勉強も出来ないのにって・・・。純ちゃん成績いいのに。お父さん、厳しいね。じゃ、大学は音大に行くつもり?」
「う~ん。それなんだけど。最近の憲人を見てたら、本当に音大に進むのがいいのかどうか、この頃、わからなくなってきてるところなの・・・」
敏は、こんな時ですら、純の口から憲人の名前が出るのが面白くない。
「憲人を小さいときから見てるけど、自分は憲人みたいにはなれないって、よくわかる。最近は特にそう思うよ」
「住吉さんだって、すごく上手じゃない?ピアノだってバイオリンだって」
「ううん。憲人の才能は全然違う。本当に別物だもの。最近の憲人の音色は、どうやっても自分なんか足元にも及ばない」
純は憲人のバイオリンの音色を思い出すように、遠い目をした。
「そうなのかな・・・」
敏には、学園祭での憲人の音と純の音の違いは分からなかった。
「二年になるときのコース選択で迷うくらいなら・・・そこで決心出来ないくらいなら、ダメかもしれないって思っちゃって。だけど、このまま父に負けたくないの」
いつもと違う、純が発する強い意志のある言葉に、敏は驚いた。
「でも・・・」
純が強い目をちょっと緩める。
「父の会社を継がなきゃならないかも、とも思うし」
純の迷いを知って、敏は少し胸が痛む。
「お父さんの会社、ね。何の会社なの?」
「建築設計事務所なの」
純は、休めていた端を再び口に運ぶ。
「なんか、かっこいいな」
「ふふっ。そんなふうに思うんだ」
純はちょっと笑った後、すぐに真顔になった。
「村上君は?考えてる進路とか、ある?」
「う~ん。具体的には考えてないんだ、まだ。そろそろ考えなくちゃならないけど」
毎日のことで精一杯で、そういう意味でも、憲人に遅れを取っている。
『自分も真剣に考えなければ・・・」
敏に焦りが生まれる。
いつもより長くなってしまった食事を終わりにすると、二人で図書室に向かった。
中間試験が始まった。
試験期間は月曜から木曜までの四日間の午前中だけ。
敏も純も午前の試験が終わると、昼食も取らず話しもせずサッと下校した。
最近では、家でも今までになく勉強に力を入れている敏だ。
中学二年の弟、敦には、『悪い物でも食べたんじゃないか』とからかわれた。
母親は『やっと進学校に入ったことに気が付いたか』と、言いつつも、今までが今までだったから、不審を通り越して、心配の眼差しで見ている。
敏は勉強に行き詰まりそうになると、スマホの写真を見つめた。
遠足の時の、動物園で撮った笑顔の純の写真。
学園祭のバイオリンを弾くブルーのドレスの純の写真。
学園祭の写真は、写真部の友人が撮っていたものを貰った。
純と憲人が一緒に写っているものも見せられたのだが、それが目に焼き付いていて、学園祭の写真を見るたびに、純と一緒に憲人を思い出してしまう。
憲人にも、貴久にも、自分は勝てるのだろうか?
敏は、再び机に向かう。
『勝ちたい。勝たなければ・・・』




