モノローグ
更衣室に向かう廊下は誰もいない。
憲人は速足で歩いて行く。純はその後を追った。
「村上先輩と、ずいぶん仲がいいんだね」
憲人は振り返りもせずに、純を責める口ぶり。
純は何も言えず、黙ったままだ。
憲人が急に立ち止まり、振り向く。
つられて純も立ち止まる。
「怒ってるの?」
純は憲人の様子を伺う。
「なんで?何に?・・・怒ってると思うの?」
「・・・わからない・・・」
「怒ってなんかいないよ。たぶん・・・たぶん、純ちゃんと村上先輩が仲いいのが嫌なんだ」
憲人の独白に、純は戸惑いながら憲人の脇をすり抜けた。
「着替えてくるね」
そういうのが精一杯で、純は女子更衣室に逃げた。
純は着替えが済むと、憲人を避けるようにして体育館へ戻った。
ガーメントバッグとバイオリンケースを持ったまま、会場の人ごみに紛れ込んだ。
「住吉さん、すごいね。ピアノもバイオリンも」
「辺見憲人君と仲いいの?」
人ごみに紛れたつもりでいたけれど、同じ二年三組の女子生徒たちに見つけられ、声を掛けられる。
「あの・・・幼なじみだから・・・音楽教室の・・・」
女子たちの口ぶりが怖くて、どきどきしながら答える。
「住吉さん、明日から、きっと大変だよ」
「え?大変?大変って何が?」
クラスメイトの言っている意味が、純にはよく分からない。
「憲人くん、女の子たちにすごく人気があるんだから・・・一年生だけじゃなくて、二年生や三年生の女の子たちにも」
「え?どういう・・・意味?」
「嫉妬されるってことよ。嫉妬・・・たぶんね」
それは、心配して言ってくれているのとは違う口調だ。
「そんな・・・。幼なじみなだけだから・・・。嫉妬だなんて・・・」
ここで弁解しても、何にもならないことに気付かない。
クラスメイトたちは、純を冷ややかな目で見て、
「まあ、頑張ってね」
と、意味不明な言葉を残すと、もっと舞台が良く見える場所に移って行った。
純は不安な心を押さえて、立ち見の人の影に身を縮め、敏の順番を待った。
発表会も後半になり、新井良太の優しく伸びやかなダンスが終わった。
次に憲音楽部全員での演奏が入り、敏の順番がやって来る。
黒のVネックのTシャツの上に、黒のライダーズジャケットを羽織った。
去年の秋、気に入って買ったのはいいけれど、まだ一度も来ていなかったジャケットだ。
楽器が撤去された舞台。中央に敏が立つ。
幕が開く。
純がどこにいるか、今更探すことはしない。
見ていてくれるはず。
見ていると信じている。
今は、自分が出来る以上のことは出来ない。
音楽が流れ出す。
タイトルは『モノローグ』
曲のタイトルをそのまま使った。
英文の詩。
敏の今の正直な気持ちにぴったり合った曲。
敏は踊り始める。
『いったいどうすればいい?
ひと目見たときから、
君を僕のものにしたくて・・・。
君の心を覗きたい。
もしかしたら、
君も僕を想っているかも、なんて・・・。
僕は君に狂っている。
僕の愛を全部あげる。
だから、君のすべてが欲しい。
君は僕のただ一人のひと。
いったいどうすればいい?
君への想いが強すぎて、
いったいどうすればいい?』
敏は純のことを心に秘めて、精一杯踊り切った。
純は、今まで見たことのない、敏の必死に踊る姿を心に留めた。




