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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
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「住吉さん!」「純ちゃん」

敏の身体は冷水を浴びたように冷たくなり、小刻みに震える。

その場にいた全員が純が倒れている踊り場に駆け寄った。

気を失ってはいないようだが、純に言葉はない。

保健室に先生を呼びに行く京平。

担任を呼びに行く真二。

青ざめて見守るだけの女の子たち。

敏はただ純のそばにひざまずくのが精一杯だ。

騒ぎに気が付いて、野次馬も集まって来た。


まるで自分が落ちたかのように、敏の身体もズキズキ痛むような気がする。

冷や汗なのか何なのか、全身に汗が流れる。

「どうしよう・・・どうしよう・・・ごめん」

野次馬のうるささも、敏の耳には届かない。

どうしたらいいのか判断も出来ず、純のそばにいるだけだ。

時間だけが過ぎて行く。

「ごめん。ごめんね。僕のせいだ」

純が目を開けて、敏を見た。

敏は泣きそうになりながら、そっと手を伸ばして、純に触れようとした。

その瞬間。

「触るなっ!」

と、怒声。

その場の全員が凍り付く。。

憲人が階段の人垣を無理やりかき分けて、やって来たのだ。

憲人の身体から、怒気が立ち上って見えそうだ。

そして、あろうことか、年長の敏を睨みつけると、純のそばに寄り、敏を押しのけ純を抱き起す。

「純ちゃん、大丈夫か?どこ痛い?」

「あし・・・」

「右?左?どっち?」

「右脚の太もも・・・」

「他には?」

「頭の後ろのほう・・・右側が・・・」

憲人に抱かれたまま、再び目をつむって答える純。

純を抱いたまま、憲人は片手で純の髪をかき上げ、頭の傷を確認した。

「少し腫れてるけど、傷はないし血も出て無いよ」

純は血に対する恐怖を持っている。そのことを知っていての言葉だ。


敏は、純に対しての申し訳なさと、憲人への反感と、自分への嫌悪とがゴチャ混ぜになって、どうしてよいのか分からず、その場に立ち尽くした。


保健と担任の先生が相次いでやって来た。

純は憲人に背負われて保健室へ、敏たちは担任の先生の『事情聴取』と言うことになった。

憲人に背負われる瞬間、純は目を開け、

「ごめんね」

と、敏に向かって小さな声で言った。

謝らなければならないのは敏のほうなのに、何に対しての『ごめん』なのか。

純は、敏に対する憲人の態度を許して欲しかったのだ。

そんな態度をさせてしまう純自身も、許して欲しかった。

しかし、敏にはその意味は通じていない。


憲人に背負われてみて、純は内心、彼の背中の広さに驚いた。

それと、痛い方の脚を気遣いながら階段を下り、保健室までの距離を背負って行ける力強さも。

純を背負うことで、憲人と純の『関係』が、さらに公然のものになっていくのだろう。

純を保健室のベッドに下ろすと、憲人は授業に戻るように先生に促された。

「純ちゃん。僕は教室に戻るけど、絶対に病院に行ってね。絶対だよ」

純の病院嫌いも知っているから、念を押す。

痛みに顔をしかめながら、純はうなずいた。

「後で、いつでもいいから・・・連絡してね」

もう一度、純はうなずく。

憲人は再度、先生に促されて教室に戻って行った。

五時間目は、とうに始まっている。

そうこうしているうちに、保護者に連絡、ということになった。

純の父親の勝とは連絡が取れたが、遠方にいるということで、すぐに迎えには来られそうもないことがわかった。

勝から連絡が行って、伯母の京子が迎えに来てくれ、学校指定の病院に行くことになった。


病院で検査をした結果、脳内に出血も見られず、脚も打撲がひどいだけだ、ということが分かった。

しかし、頭は、今は出血が見られないだけで、今後どうなるかわからないため、

『こらから二十四時間、一時間に一回、眠っている時も起こして、意識があるかどうか確認してください』

との、医師の指示が出た。

脚の打撲は、直径二十センチほどの赤紫のアザになっていた。

痛いこと、血を見ることが大嫌いな純にとって、ショックなことだらけだった。

それでも、検査結果が出る頃には、なんとか歩けるようになっていた。

「今日はうちに泊まりなさい。夜中も起こしてあげるから」

京子が申し出る。

「すみません」

「いいのよ。純ちゃんが悪いわけじゃないんだから」


敏たちはあの後、担任からこってり絞られ、五時間目に遅れて行った。

五時間目が終わってすぐに、保険の先生が純のリュックを教室に取りに来た。

純は検査のため病院に行くことになったとのことを先生が伝えてくれた。

目の前の空席が虚しい。

敏は浮かれていた自分が恥ずかしく恨めしかった。

金曜日は七時間授業で、それでなくても一日が長いのに、さらに時間が過ぎてくのが遅く感じられた。


純は病院を出ると、着替えなどを取りに一旦家に戻り、その後金松の家に来た。

久しぶりに金松家に泊まる。

よろけるようにして玄関に入るところに、泰久が中学から帰って来た。

「純ちゃん、どうしたの?」

「学校で階段から落ちちゃって」

「階段でふざけていた人とぶつかったんですって。危ないわね。関係ない人を巻き込んじゃダメよね」

京子の中では、敏が悪者のようになっている。

『村上君が悪いわけじゃ・・・』

そう言おうとしたとき、貴久が帰って来た。

「純、大丈夫か?ケガしたって聞いたぞ」

脚を引きずって歩く純を見て、貴久が顔をしかめた。


夜になって、勝が金松家にやって来た。

遠方に出張していたので、この時間になってしまったのだ。

京子がこのまま金松家で過ごす方が良いことを伝え、勝は純と夕食を共にしただけで帰って行った。


泰久が自室に引き上げ、京子が家事でリビングルームを離れたすきに、貴久はこっそり純にたずねた。

「怪我をしたとき、憲人が保健室に連れて行ってくれたんだって?」

「うん・・・」

「憲人と、どんな関係なの?」

「どんなって?」

「いろいろウワサは聞いてるぞ」

純はうつむいて首を横に振った。

「憲とがどう思っているかは・・・。でも、私は・・・」

そう言うと、純は口を閉ざした。

貴久もしばらく沈黙した。

それから、

「曖昧な態度で、憲人を傷つけるなよ・・・曖昧な態度は、他の人も傷つけるからな・・・」

本当は、憲人を思いやっての言葉ではない。貴久はそれを自分でも承知していた。

『他の人って、それは俺のことか?それとも村上のことか?』

貴久は、うなだれる純がひどく頼りなげに見えて、自分の欲にまみれたキツイ言葉を後悔せざるえなかった。



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