幕開け
学園祭の当日は、ダンス部と軽音楽部の全員が早朝に部室に集合した。
軽く打ち合わせをしたあと、体育館に移動して、両方の部員で準備をする。
観客の座る椅子を用意したり、音響設備を整えたり、楽器を運んだりと、九時の開演時間に間に合うように準備をする。
午後からは吹奏楽部が使うので、昼食時間以後は体育館が使用できない。
皆、黙々と作業をすすめる。
合同発表会に出られるのかどうか、部長の神山明和を心配させていた辺見憲人も、今日は皆と一緒に準備している。
憲人の持ち物には、バイオリンも含まれている。演奏しながら踊るとは聞いていたが、実際はどんなダンスなのか、本人以外は誰も知らない。
村上敏と新井良太も、同じクラスの女子借りた服と、去年も使った安物のロングヘアのウイッグを運び込んだ。今年は良太と仲の良い女子たちが、メイクまでしてくれることになっている。
敏は女装して踊るだけでなく、メイクまですることに抵抗があったのだけれど、良太が乗り気なのと他の部員たちが面白がって賛成したので、押し切られたかたちになってしまった。
でも、敏は後半にソロで踊るとき、純に対する想いを表現する曲を選んでいた。
昨晩、敏は純へ合同発表会を見に来てくれるよう、メッセージを送っていた。
はからずも、遠足以来のメッセージになった。
純からは、ずいぶん時間がたってから『行くね』と、三文字だけの返信が来た。
『頑張ってね』とか『楽しみにしている』とか、応援の言葉をどこかで期待していた敏は、あまりに素っ気ない返信に、言いようのない寂しさを感じていた。
純としては、敏からのメッセージに散々迷ったあげくの返信だった。
書いては消し、消しては書いてを繰り返して。
結局、何をどう書いていいのかわからなくなって、ただ三文字だけの返信になってしまった。
純は登校すると、学園祭の準備の整った二年三組の教室ではなく、体育館の前に向かった。
すでに早朝から来ている憲人に電話をする。バイオリンを預けるためだ。
憲人が白い紙を手にして体育館から出てくる。
「これ、プログラムだよ」
「ありがとう」
「僕らは貴さんのすぐあとだから」
「ん、わかった。これ、お願い」
バイオリンケースを憲人に預ける。
「じゃ、また後で」
憲人は純のバイオリンケースを抱えて体育館の中に戻って行った。
純は憲人を見送ると、そのままそこでプログラムに見入る。
オープニングに後に、同じ二年三組の鮎川真二と魚谷京平のコンビ『魚’S』のダンスがあり、敏
と良太の『サトリョウ』のダンスが六番目にある。その四番後に貴久の演奏。
貴久の次に『憲人+』がある。
『+(プラス)』とは、純が加わるという意味だが、純の名前はどこにも書いてはいない。
純はダンス部でも軽音楽部でもないし、本当に直前まで憲人の書いた楽譜どおりに弾きこなせるかどうかも分からず、出場できるか曖昧だったから、名前を載せることを渋ったからだ。
だから、憲人の名前とクラス名以外は、何も書かれていない。
プログラムを確認すると、純は発表会が始まる時間まで、自分のクラスの出し物の準備のために、教室で待機した。
九時前になって、純はそっと教室を抜け出し、体育館へ向かった。
この時間になると、ほとんどの生徒が体育館に集まっている。
純は立ち見の人たちの一人になった。
オープニングの時間には、空席も無くなり、立ち見の人垣も厚くなる。
軽音楽部の演奏で、今年のダンス部と軽音楽部の合同発表会が始まった。
『魚’s』のキレキレのダンスで、盛り上がり、東雄一郎のバンドも盛大な拍手に歓声もあがり、神谷明和のコミカルだけれど迫力のあるダンスも見ものだった。
軽音部とダンス部でほぼ交互に演目が進んで行く。
敏も良太も着替えて、女子たちにメイクをしてもらい、舞台に立った。
音楽が流れ出し幕が開くと、ひときわ大きな歓声と嬌声が上がる。
『住吉さん・・・どこで見てるのかな』
一瞬、敏の頭をよぎったが、踊ることに気持ちを集中させた。
こうなったら、会場を盛り上げることが一番だ。
良太はアドリブで愛嬌を振りまいている。
敏もやけくそになって、女らしいポーズで客席に目線を送った。
会場からは、笑いなのか悲鳴なのか分からない声援を貰った。
敏と良太は最後の決めポーズをして、幕が閉じると、大急ぎで舞台から降り、控室に直行した。
「化粧って、こんなに気持ちの悪い物だって知らなかったよ」
良太は女子達の勧めに乗り気になって化粧をしたくせに、今頃になってそんなことを言う。
「皮膚呼吸が出来ない気がする」
敏も、もうこりごりだと言うように顔をしかめる。
「毎日化粧するなんて、女の子が理解できない」
あんなに女の子たちと仲の良い良太ですら、理解が難しいらしい。
二人は急いで化粧を落として着替えると、更衣室の隣にあるトイレの洗面台で顔を思いきり洗った。
敏たちは、タオルで顔を拭きながら、体育館に戻った。
客席側で立って見ていると、順番は金松貴久の歌になっていた。
幕が開くと、舞台の中央でアコースティックギターを抱えた貴久が座っている。
演奏が始まる。
賑やか曲で盛り上がるのも楽しいけれど、貴久が歌うバラード曲もいい。
『相変わらず落ち着いた大人の雰囲気・・・』
敏は絶対に勝てないと、悔しさを通り越して、自分の非力さに悲しくなって来る。
そんな姿を、良太は横目で見て、敏の代わりにため息をついた。
貴久が作詞作曲したオリジナル曲。
悲しい曲調。愛が消えるのが怖くて、好きな人に想いを伝えられないという歌詞。
せつないラブソング。
敏は貴久の歌を絶対聞いているはずと思って、純の姿を探した。
しかし、客席のどこを見渡しても、彼女を見つけることが出来なかった。
『金松先輩の曲だから、聞いていないはずは無いのに・・・』
純の姿を見たくてたまらなくなる。
貴久は曲が終わると、客席は一瞬静かになり、そして波のような拍手に包まれた。
舞台の幕が閉じる。
貴久の後は『憲人+』のダンス。
幕の向こうで、バイオリンを調律する音が聞こえてきた。
敏と良太が立っているところに、部員の二年生全員が慌てたように駆けて来た。
「どうした?何かあった?」
良太が駆けて来た部長の明和に問いただす。
「見ればわかるよ」
明和の思わせぶりな答えに、敏と良太は顔を見合わせた。
「とんなダンスか見ものだな」
真二はチラっと敏の顔を見てから舞台に目をやった。
「『憲人+』だからな」
京平が『+』のとことを強く発音したのが何故か。
このあとすぐに、敏も良太も理解することになる。




