憲人の頼み
五月も半ばにさしかかった。
ババイオリンのレッスンの前のこと。
憲人は純を待ちかねていた。
教室のドアを純が開いたとたん、憲人は挨拶抜きで話しかけた。
「話しがあるんだ」
純は一瞬身構える。
憲人が純へ告白でもするのではないかと思ってしまった。
「あのさ、学園祭の発表会のダンスの手伝いをして欲しいんだ」
「え?手伝い?」
「僕のダンスの伴奏を頼みたいんだ」
「伴奏?」
思いがけない話しだ。
憲人によると。憲人はバイオリンのコンクールのために、部活を休みがちだ。本来ならば、一年生はソロで出ることはないのだけれど、練習に参加できない憲人は、他の人の迷惑にならないよう一人で踊ることになったとのこと。
そして、憲人の考えているダンスは、バイオリンを演奏しながら踊るというもの。
その伴奏を純に頼みたいと言う。
「どんな曲?」
「ビバルディの『四季』の『夏』の第一楽章と第三楽章」
純は少し考えてみる。
「憲人は弾きこなせるかもしれないけど、私の実力では、今から練習して間に合うかな・・・」
「お願いだよ。純ちゃんに合わせて編曲してあるから」
憲人はバッグの中から楽譜を取り出した。
受け取った純は、譜面をひと目見て驚いた。
「これ、憲人が編曲したの?」
「うん、母さんに見てはもらったけど、自分でやったよ」
ざっと譜面に目を通しながら、『やっぱり憲人の才能は普通じゃない。かなわない』と思う。
「最初はピアノで始まって、途中からバイオリンに移るのね?」
「そうだよ。だから純ちゃん以外に人には頼めないんだ」
出来るかどうか不安だけれど、純は憲人の頼みを断ることが出来ず、承諾するしかなかった。
その日から純の譜面との格闘が始まった。
憲人の弾く主旋律を想像しながら、伴奏部分を練習する。
憲人自身は、学園祭の一週間前の日曜にコンクールがあって、実際の音合わせは、それが終了してからということになった。
それまでは、純は一人での練習となる。とにかく時間が無かった。




