引き潮
遠足の翌日、敏が登校して席に着いていると、純がいつものように前のドアから入って来た。
「おはよう」
敏はうきうきした気分で声を掛ける。
「おはよう」
純も挨拶は返したけれど、敏に親しい顔を見せるわけでもなく、敏を背にして前を向いて座ってしまった。
遠足で仲良くなったように思っていた敏は、物足りなく寂しい気持ちになった。
敏は純の背後から覗いて見たけれど、プレゼントしたペンケースを使っている様子はない。
その後の授業の合間に休み時間さえも、会話もなく過ごした。
純と敏の様子を、良太と女の子達は、心配半分興味半分で見ている。
しかし、昼休みは敏が部室に行ってしまい、二人は一緒に弁当を食べることも、話しをすることもなかった。
純は、憲人に対してこれからどう振舞えばよいか悩んでいた。幼い頃から仲良くしていた憲人を、傷つけるような言動はしたくない。
かと言って、単純に彼の気持ちを受け入れることは出来ない。これまでの関係を変えたくない。
どうすればいいのか、深く悩んでいた。
五月に入って、本格的に部活も忙しくなって来る。
敏たちダンス部は、学園祭の練習のために、昼休みも練習に追われた。
本当は敏も、純と一緒の時間を取りたかったけれど、昼休みを有効に使わないと、学園祭に間に合わない。
前後の席なのに、遠足以来敏と純は挨拶以外、話らしい話しもしなかった。
遠足の最後は、ちょっと残念なことになってしまったけれど、それなりに純の気持ちに近付いたように思ったのに、引き潮のようにサーッと、純が遠くに行ってしまったように感じて、敏は虚しかった。
まるで、遠足での出来事がなかったかのようだ。
敏は遠足が事実であったことを、スマホに残っている写真で何度も確認しては心をなだめた。
純は、ある夜、貴久に電話を掛けた。
「どうした?何かあったか?」
めずらしく純から電話があったことに、貴久は不安を感じた。
「うん・・・」
思った以上に暗い純の声。
「ずいぶん落ち込んでいるな」
「遠足のとき、村上君と一緒だったんだけど、私、泣いちゃって」
「なに?敏と何かあった?」
貴久は胸の中心がジリジリする感覚に陥った。
「ううん、違うの。遠足に行ったのが上田公園で、そこの動物園が、ママと行った最後のお出かけの場所で・・・。そこでママが倒れたんだけど。それ、急に思い出しちゃって」
「そのこと、敏に説明したのか?」
「ううん、何も言ってない。ママが亡くなったことも、村上君知らないし。だから心配かけちゃって」
貴久は少し考えて言葉を口にする。
「別に、言ってもいいんじゃないかな?」
「なんか、そういうこと・・・言いづらい」
「そっか・・」
純はしばし無言になってから、切り出そうとした。
「それと・・・」
「うん?」
「ううん、なんでもない」
純が本当に相談したかったのは憲人のことだが、やはり貴久には話すことが出来なかった。
貴久は、言いかけて止めた純の言葉の続きが気になって、その晩は勉強が手につかなかった。
純は敏に貰ったペンケースを買った時の透明のパッケージのまま、いつも持ち歩いていた。
夜は枕もとにおいて、あるいは抱きしめて、一緒に眠った。
敏の夢を見たかったから。
現実の敏は、純の気持ちなど知らず、部活が忙しかった。
学園祭が近づいていた。




