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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
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戸惑いのプレゼント

遠足のせいで、純はバイオリンのレッスンに遅れて行った。

純が教室に入ると、すでに辺見憲人がレッスンを終えて、レッスン室から出てくるところだった。

「純ちゃん、遅かったね。二年三組はどこに行ってたの?」

「上田公園だったの」

それだけ話すと、純の名前が呼ばれ、レッスン室に入る。

気持ちが散漫で、思うような演奏が出来ず、へとへとになって純はレッスンを終えた。

待合室にはまだ憲人が残っている。

「バス停まで一緒に行こう」

バイオリンケースを背負った憲人が誘った。

純は、憲人と一緒に教室を出る。

街灯がともる道を二人で歩く。

「僕たちのクラスは海浜公園に行ったんだ」

「去年の遠足は、そこだったよ」

純は一人きりで過ごした去年の遠足を思い出す。そして伊藤和幸と『親公認の』デートをしたことも。

それを思うと、今日の動物園の敏と二人の遠足がどれだけ濃密な時間であったか、あらためて感じる。

母との悲しい場面さえ思い出さなかったら、もっと楽しいものだったはず・・。

純が黙り込んでいると、急に憲人が立ち止まった。

そして、ショルダーバッグの中から小さな紙袋を取り出した。

「あげる」

両手でバイオリンケースを抱きしめるように持っていた純は、手では受け取れなくて、憲人が純のレッスンバッグに紙袋を突っ込んだ。

「あ、ありがとう・・・」

戸惑った顔のまま、純は礼を言う。

バス停に純が乗るべきバスが停まった。

「ありがとう、憲人。じゃぁ」

もう一度礼を言って、バスのステップに足を掛けたとき、憲人が焦ったように大声を出した。

「それ、僕の気持ちだから・・・」

「え?」

純はそのままバスに乗り込んでしまった。

振り返れたのは、ドアが閉まってからだった。

純はせつない目の憲人を、戸惑いの眼差しで見る以上のことは出来なかった。


空いていた座席に着くと、バスがすぐに発車した。

憲人から貰ったのは、水族館の名前が入った紙袋。

『それ、僕の気持ちだから・・・』

水に濡れたイメージのある、憲人の声。

紙袋に入っていたのは、銀色のネックレス。

ペンダントヘッドにイルカと、もう一つ・・・ハートのモチーフ。


一日にうちに、二人の男の子から貰ったプレゼント。

敏がどんなつもりでペンケースをくれたのか分からなかったけれど、憲人がくれたモチーフの意味は理解していた。

『これって、憲人の気持ちを受け取ったことになるのかな・・・?』

憲人を含め翔や渡、音楽教室の仲間の誰とも、特別な仲にはなりたくなかった。

幼い頃から築いて来た関係を壊したくなかった。

純は須川駅前のバス停で降り、自宅への道を歩き始める。


家政婦の藤井も帰ってしまった誰もいない家にたどり着く。

グランドピアノの上に、ネックレスの入った紙袋を置いたまま、純は途方に暮れて椅子に腰掛けた。

レッスンに行く前に、キリンのぬいぐるみと敏に貰ったペンケースは、ベッドルームの枕元のテーブルにきちんと並べて置いたのに。


父親の勝が帰宅して、夕食を共にしていても、純の思いはハートのモチーフに飛ぶ。

「どうかしのか?」

勝が声を掛ける。

「え?何が?」

「疲れた顔をしている」

「今日は遠足だったから、たぶん、疲れただけ。それにレッスンもあったし」

「そうか。遅くまで起きてないで、早く寝なさい」

「うん。そうする」


父親には『早く寝る』と言ったけれど、純はなかなか寝付けなかった。

母親のことを思い出した衝撃。

憲人に告げられた想い。ネックレスのハートのモチーフ。

目をつむっても、それらを思って眠れない。

いつも眠れないときにするように、母親の残した古いプレイヤーで音楽を聞く気にもなれなかった。

敏に貰ったペンケースを、ビニール袋ごと抱きしめた。

そして、抱いたままベッドにもぐり込む。


夢の中で、純は母親にバイオリンを教えてもらっている。

譜面台の上では、キリンの絵柄のペンケースが、譜面の押さえに使われている。

『ママの生前に、村上君のペンケースがあるわけがない・・・』

夢の中で、寝苦しく疑問を抱く。

純は何度も寝返りをうった。




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