ふたりの遠足(上)
四月の下旬の火曜日は、西山高校の遠足だった。
西山高校の遠足は、クラスごとに生徒の希望を募り、行き先が決められる。
純たちのクラス、二年三組は多数決で上田公園に決定していた。
貸し切りバスで公園の近くまで行って、公園内で解散し、あとはそれぞれが勝手に見学して、時間になったら集合するという、ユルい遠足だ。
行きのバスの中も、周りの生徒たちが気を利かせて、先に乗っていた純の隣に、敏が座るようにしむけている。
周囲には完全に、敏の純に対する気持ちはバレている。
知らないのは純だけだ。
今日の純は、いつもの黒いキャップではなく、白黒のギンガムチェックの帽子を被り、淡いグリーンのシャツに濃い色のジーンズを穿いている。
小さな紺色のデイバッグを膝に置いて座っていた。
「ここ、いい?」
敏は、純の返事を待たずに、隣の席に座った。
純は敏が隣に座るなんて思ってもみなかったから、ドギマギしていた。
バスが走り出す。
「今日はどこを見るつもり?」
敏がたずねる。
「まずは、科学博物館かな。恐竜展をやってるみたいだから」
昨夜、純は去年と同じように一人で過ごすことになることを見込んで、ネットでいろいろしらべて来たのだ。
「ほかには?見たいところある?」
敏は、そう言いながら、黒いリュックの中からペットボトルを出し、ゴクリと水を飲んだ。
敏の喉仏がゴクリという音とともに上下するのを見て、純は妙に心臓がドクドクしてしまった。
「ほかには?」
もう一度、敏に促される。
純は慌てて敏の首から目をそらした。
「ど、動物園・・・に・・・行きたいかな?」
「動物、好きなの?」
「うん・・・。村上君も、動物、好き?」
「うん。じゃ、最初に科学博物館を見て、そのあと動物園に行こうか?」
まるで二人で行くのが当然のように、敏は純を誘ってしまう。
バスの中は、はしゃいだ生徒たちの声で騒がしい。
良太も相変わらず、女子達と盛り上がっている。
公園の近くでバスから全員降ろされると、それぞれ自分たちの行きたい方へ散らばる。
敏と純は、科学博物館のチケット売り場で、特別展のチケットを買った。
特別展は、純が言った通り恐竜展だった。
会場に入ると、遠足と思われる小学生でいっぱいだ。
「迷子になりそう」
純が言う通り、人の波で離ればなれになりそうなくらい、混みあっている。
「迷子になっても大丈夫なように、メッセージのID、交換しようか?」
敏は、ずっと前から気になっていたことを口にしてみた。
二人はスマホを出して、IDを登録し合った。
純は小学生の波に押されながらも、展示してある恐竜たちを眺めている。
「そんなに恐竜に興味があるの?」
敏は、丁寧に解説を読んでいる純を見つめた。
「うん。村上君は興味無い?」
「いや、興味がないわけじゃないよ」
「だって、何億何千万年も前に、こんな生物がいたなんて、わくわくしない?」
純の言葉に、敏は微笑んだ。
「そうだね、わくわくするよね」
でも、敏は恐竜を見るふりをしながら、純の横顔をチラチラ見るのに忙しかった。
純が熱心に展示物を見ていたためもあって、恐竜展を見ただけで、すでにお腹の空く時間になっていた。
「ほかの展示も見る?」
「村上君が見たいものがあれば」
「お腹も空いたし、僕はほかはいいけど」
「じゃ、お弁当食べる?」
見上げる純の切れ長の目の綺麗さに、敏の心はときめく。
「う、うん。そうだね」
二人は科学博物館を出て、弁当が食べられそうな場所を探した。
広場を通り過ぎて、大きな池が広がる場所に、ベンチがひとつだけ空いていたので、二人はそこに座った。
天気が良くて、青空だ。陽射しがまぶしい。
「ああ、失敗したなぁ」
敏は空を見上げて背伸びをした。
「なにが?」
純はデイバッグを背中から下ろしながら聞いた。
「帽子、被って来るんだった。暑い」
「私の帽子、被る?」
「いただき~」
敏は純の帽子をサッと奪って被った。
少し伸びた純の巻き髪が風になびく。
「いつも帽子を被ってるよね。帽子、好きなの?」
「好き。でも、それより・・・」
「それより、何?」
「この、天然パーマが目立つから」
そう言うと、純は巻き髪を指で摘まんだ。
「その、クルクルが可愛いのに?」
思わず言ってしまった『可愛い』のひと言に、敏は自分で収集がつかなくなってしまう。
純の顔が赤らむ。
「そ、そうかな・・・」
二人とも恥ずかしくなって、照れた笑顔を浮かべたまま、池の方を向いた。
敏は帽子を脱いで、純の頭にギュッと押し付けるように被せると、リュックの中から弁当とペットボトルえを取り出した。
今日の純の弁当は、玉子と野菜のサンドイッチだ。
敏のは、のり巻きと唐揚げ。
「サンドイッチ、美味しそうだね」
「そう?でも今日のは失敗。マスタードを買うの、忘れちゃったから」
「自分で作ったの?」
「うん」
「いつもの弁当も、もしかして、住吉さんが自分で作ってるの?」
「そうだよ」
純は敏に、家の事情をひと言も口にしたことがなかった。
「料理、するんだ」
敏は、純の違った一面を見たような気がした。
「まあね・・・」
ふと、敏は良太の『純ちゃんと金松先輩が一緒に白井マーケットで買い物をしていた』という言葉を思い出した。
『金松先輩のために、料理を作ったりするのだろうか・・・』
胸がチリチリして、急に純が作ったものをどうしても食べたいような気がして来た。
「サンドイッチ食べたいな」
純は、敏の子供みたいにねだるのを聞いて微笑む。
「私のサンドイッチより、村上君ののり巻きの方が、ぜんぜん美味しそうだけど・・・」
「じゃ、のり巻きあげるよ」
お互いに一切れずつ交換することにした。
敏がサンドイッチを食べるのを、純が心配そうに見つめている。
「美味しいよ」
純は敏の言葉に安心したように、のり巻きに手を伸ばした。
「のりまき、お母さんの手づくり?」
「うん、そうだよ。食べてみて」
「そう、お母さんの手づくり・・・」
のり巻きを大事そうに眺めてから、純はほおばった。
「美味しい。とても上手」
純の声が何か寂しげに聞こえた気がして、敏はハッとした。
急いで純の顔を見たけれど、池の方を見ている純はいつもの表情だった。




