理由はいらない
皆が返ってすぐに、純のスマホに勝から電話がかかって来た。
「夕ご飯、用意しちゃったか?」
「まだだけど・・・」
「伊藤建設の社長さんと、急に食事をすることになったから、純も来なさい」
「え?」
さっきまでの楽しい気分が、一瞬にして吹き飛んだ。
「今から、和幸君が迎えに行ってくれるそうだから、すぐに準備しなさい」
「ええっ?今から?」
「帝京ホテルのレストランで食事するから、着替えて来なさい」
勝はそういうと、純に反論する余地など残さず、電話を切ってしまった。
『お父さん、強引・・・』
純は、父親を理解しようと努めてみるけれど、頭も気持ちもついていかない。
口惜しさに涙が出そうだ。
『とにかく、和幸さんが来てしまう。着替えなきゃ』
まさか一流の帝京ホテルのレストランにパーカーとジーンズでは行けない。
いろいろ思いを巡らし、去年の入学式に着た翔に貰ったスーツを着て行くことにした。
男の子に間違えられたスーツだ。
男の子に見えるのを考慮に入れたうえで、あえてそのスーツを選んだ。
バッグは持たず、ハンカチをパンツのポケットに入れ、ジャケットのポケットに家の鍵を入れただけで、和幸を待った。
門扉のインターホンが鳴る。
「純ちゃん、出かけられる?」
「はい」
純はゆっくり玄関から出て行った。
「お?」
和幸は純を見ると小さく驚きの声をあげた。
和幸もダークブルーのスーツを着て、ネクタイを締めている。
背が高くて細身の和幸は素敵だ。
「こんばんは」
純がうなずくような挨拶をする。
「こんばんは・・・驚いたな」
「何が・・・ですか?」
素知らぬふりで、純が問う。
「イケメン、だね」
「イケメン?」
「言い方が変かな?最初に会った時のワンピースも、発表会のドレスの時も美人だけど、今日の姿は、イケメン・・・サッパリ、すっきりしている」
純はうつむいて微笑んだ。
『今日は、変に女の子くさい、和幸さんに媚びるような恰好をしたくなかったから、成功・・・』
和幸の車に乗り、帝京ホテルに向かう。
純は何より、和幸の姉の真理に会えるのを期待していたのに、食事の席に揃ったのは、勝と純、伊藤建設の社長と和幸の四人だった。
食事が進んでにこやかに会話していても、純の気持ちは、どこかうわの空だった。
父親の強引さだけが原因ではないし、和幸のことが嫌いなわけでは決して、ない。
虚しい時、寂しい時、何か困難な時に胸に思い描くのは、たった一人。
『村上君・・・』
急に、純の張りつめていた気持ちが崩れそうになる。
『自分の女の子らしいところは、村上君だけに認めてほしい、なんて言うのは自分勝手すぎるかな?・・・。彼が自分をどう思っているのか全然わからないのに・・・』
村上敏以外の人に、自分の女の子っぽい姿を見せたくない。そんな思いで男の子に見えるスーツを着たのだ。
「純ちゃん、あんまり食事がすすんでないようだけど、大丈夫?」
和幸が、ぼんやりしている純を気遣い、大人達の会話をさえぎった。
「あ、ええ。大丈夫です。お友達が来ていて、オヤツを食べ過ぎただけです」
「オヤツ・・・ね」
和幸は純の可愛い答えに可笑しくなって、高笑いをした。
純はデザートも食べずに和幸に押し付けた。
コーヒーを飲み終えると、和幸は純をホテルのロビーに誘う。
純はロビーの大きなフラワーアレンジメントの美しさに目を奪われた。
「純ちゃん、ソファに座ってゆっくり見たら?」
和幸が純の隣に座る。
「いくら男の子のような恰好をしたってダメだよ」
「え?」
「花に夢中だなんて、やっぱり女の子だね。それに、僕には本当のことを言わなきゃ・・・でしょ?」
「本当のこと?」
純は、豪華な花々から目をはなして、和幸を見た。
「今日の服は、何か意図があるね?ワザとでしょ?」
「え?」
「ほらね、本当にウソが下手だなぁ」
和幸は苦笑いをする。
『和幸さんには、気持ちを見抜かれてしまう・・・』
純は、和幸には勝てないと観念した。
そんな純を和幸はチラと見た後、花の方に目をそらした。
「そんなに僕を敬遠するのは何故?」
和幸は、純の痛いところをズバリと聞く。
「それとも、牽制・・・かな?」
「敬遠・・・牽制・・・だなんて、そんな」
純は言葉ではそう言ったけれど、和幸の言う通りかもしれない、と思った。
「君の気持ちに近付いたかな、と思っていたけど、そんなことは無かった・・・な・・・」
和幸は寂しそうに、花を通り越した向こう側を見る。
純はうつむいて一瞬黙った。
そして、少し考えたあと、
「ごめんなさい。私・・・ずっと好きな人がいるんです」
純は、初めて想いを言葉にした。初めて、純自身以外の人に告げる。
「・・・そっか。やっぱりそうだったんだ。そうだろうとは思っていたけどね」
和幸は無理やり笑顔を作った。
「その人と付き合ってるの?」
純は再びうなだれると、首を横に振った。
「ただ、私が勝手に想っているだけです」
「純ちゃんの気持ち、その人は知っているの?」
「知らないと思います。『ただのクラスメイト』としか、思ってないと思います」
「同じクラスの人なんだ」
「ええ」
「彼はどんな人なの?彼のどんなところが好き?」
「え?どんなところ?」
「うん、どんなところが好き?」
「どんなところ・・・優しくて、穏やかで・・・それから・・・。あとは、あとは・・・よくわかりません」
純は、村上敏の姿や声を思い出しながら、懸命に問いに答えようとした。
「どこが好きなのか、どうして好きになってしまったのか、よくわかりません」
和幸は自分の痛む心を隠すように微笑んで、純を見つめた。
「それなら、純ちゃんの気持ちは本物だと思うよ」
「本物?」
純は目を見開く。
「好きっていう気持ちに、理由は要らないんじゃない?」
「え?理由は要らない?」
「そう、理由なんか要らない。ただ、その人そのものが好き。それでいいんじゃないかな?」
「そういうものなんでしょうか?」
「僕はそう思うけどね。こういう理由だから好き、とか。こんな人だから好きとか・・・そんなのは、その人そのものを好きになっているのとは違うと思うんだけど。違うかな?」
和幸はそう言うと、
「そろそろ戻ろうか」
と、純の手を取ってソファから立ち上がらせた。
自分の気持ちを口にしてしまったことで、純の中でも、村上敏への想いは確定したものになった。
純はその晩、なかなか寝付けなかった。
母が遺していったCDの中の一枚を聞きながら、理由の分からない涙を流した。




