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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第二章
35/74

理由はいらない

皆が返ってすぐに、純のスマホに勝から電話がかかって来た。

「夕ご飯、用意しちゃったか?」

「まだだけど・・・」

「伊藤建設の社長さんと、急に食事をすることになったから、純も来なさい」

「え?」

さっきまでの楽しい気分が、一瞬にして吹き飛んだ。

「今から、和幸君が迎えに行ってくれるそうだから、すぐに準備しなさい」

「ええっ?今から?」

「帝京ホテルのレストランで食事するから、着替えて来なさい」

勝はそういうと、純に反論する余地など残さず、電話を切ってしまった。

『お父さん、強引・・・』

純は、父親を理解しようと努めてみるけれど、頭も気持ちもついていかない。

口惜しさに涙が出そうだ。

『とにかく、和幸さんが来てしまう。着替えなきゃ』

まさか一流の帝京ホテルのレストランにパーカーとジーンズでは行けない。

いろいろ思いを巡らし、去年の入学式に着た翔に貰ったスーツを着て行くことにした。

男の子に間違えられたスーツだ。

男の子に見えるのを考慮に入れたうえで、あえてそのスーツを選んだ。

バッグは持たず、ハンカチをパンツのポケットに入れ、ジャケットのポケットに家の鍵を入れただけで、和幸を待った。


門扉のインターホンが鳴る。

「純ちゃん、出かけられる?」

「はい」

純はゆっくり玄関から出て行った。

「お?」

和幸は純を見ると小さく驚きの声をあげた。

和幸もダークブルーのスーツを着て、ネクタイを締めている。

背が高くて細身の和幸は素敵だ。

「こんばんは」

純がうなずくような挨拶をする。

「こんばんは・・・驚いたな」

「何が・・・ですか?」

素知らぬふりで、純が問う。

「イケメン、だね」

「イケメン?」

「言い方が変かな?最初に会った時のワンピースも、発表会のドレスの時も美人だけど、今日の姿は、イケメン・・・サッパリ、すっきりしている」

純はうつむいて微笑んだ。

『今日は、変に女の子くさい、和幸さんに媚びるような恰好をしたくなかったから、成功・・・』


和幸の車に乗り、帝京ホテルに向かう。

純は何より、和幸の姉の真理に会えるのを期待していたのに、食事の席に揃ったのは、勝と純、伊藤建設の社長と和幸の四人だった。

食事が進んでにこやかに会話していても、純の気持ちは、どこかうわの空だった。

父親の強引さだけが原因ではないし、和幸のことが嫌いなわけでは決して、ない。

虚しい時、寂しい時、何か困難な時に胸に思い描くのは、たった一人。

『村上君・・・』

急に、純の張りつめていた気持ちが崩れそうになる。

『自分の女の子らしいところは、村上君だけに認めてほしい、なんて言うのは自分勝手すぎるかな?・・・。彼が自分をどう思っているのか全然わからないのに・・・』

村上敏以外の人に、自分の女の子っぽい姿を見せたくない。そんな思いで男の子に見えるスーツを着たのだ。


「純ちゃん、あんまり食事がすすんでないようだけど、大丈夫?」

和幸が、ぼんやりしている純を気遣い、大人達の会話をさえぎった。

「あ、ええ。大丈夫です。お友達が来ていて、オヤツを食べ過ぎただけです」

「オヤツ・・・ね」

和幸は純の可愛い答えに可笑しくなって、高笑いをした。

純はデザートも食べずに和幸に押し付けた。

コーヒーを飲み終えると、和幸は純をホテルのロビーに誘う。

純はロビーの大きなフラワーアレンジメントの美しさに目を奪われた。

「純ちゃん、ソファに座ってゆっくり見たら?」

和幸が純の隣に座る。

「いくら男の子のような恰好をしたってダメだよ」

「え?」

「花に夢中だなんて、やっぱり女の子だね。それに、僕には本当のことを言わなきゃ・・・でしょ?」

「本当のこと?」

純は、豪華な花々から目をはなして、和幸を見た。

「今日の服は、何か意図があるね?ワザとでしょ?」

「え?」

「ほらね、本当にウソが下手だなぁ」

和幸は苦笑いをする。

『和幸さんには、気持ちを見抜かれてしまう・・・』

純は、和幸には勝てないと観念した。

そんな純を和幸はチラと見た後、花の方に目をそらした。

「そんなに僕を敬遠するのは何故?」

和幸は、純の痛いところをズバリと聞く。

「それとも、牽制・・・かな?」

「敬遠・・・牽制・・・だなんて、そんな」

純は言葉ではそう言ったけれど、和幸の言う通りかもしれない、と思った。

「君の気持ちに近付いたかな、と思っていたけど、そんなことは無かった・・・な・・・」

和幸は寂しそうに、花を通り越した向こう側を見る。

純はうつむいて一瞬黙った。

そして、少し考えたあと、

「ごめんなさい。私・・・ずっと好きな人がいるんです」

純は、初めて想いを言葉にした。初めて、純自身以外の人に告げる。

「・・・そっか。やっぱりそうだったんだ。そうだろうとは思っていたけどね」

和幸は無理やり笑顔を作った。

「その人と付き合ってるの?」

純は再びうなだれると、首を横に振った。

「ただ、私が勝手に想っているだけです」

「純ちゃんの気持ち、その人は知っているの?」

「知らないと思います。『ただのクラスメイト』としか、思ってないと思います」

「同じクラスの人なんだ」

「ええ」

「彼はどんな人なの?彼のどんなところが好き?」

「え?どんなところ?」

「うん、どんなところが好き?」

「どんなところ・・・優しくて、穏やかで・・・それから・・・。あとは、あとは・・・よくわかりません」

純は、村上敏の姿や声を思い出しながら、懸命に問いに答えようとした。

「どこが好きなのか、どうして好きになってしまったのか、よくわかりません」

和幸は自分の痛む心を隠すように微笑んで、純を見つめた。

「それなら、純ちゃんの気持ちは本物だと思うよ」

「本物?」

純は目を見開く。

「好きっていう気持ちに、理由は要らないんじゃない?」

「え?理由は要らない?」

「そう、理由なんか要らない。ただ、その人そのものが好き。それでいいんじゃないかな?」

「そういうものなんでしょうか?」

「僕はそう思うけどね。こういう理由だから好き、とか。こんな人だから好きとか・・・そんなのは、その人そのものを好きになっているのとは違うと思うんだけど。違うかな?」

和幸はそう言うと、

「そろそろ戻ろうか」

と、純の手を取ってソファから立ち上がらせた。


自分の気持ちを口にしてしまったことで、純の中でも、村上敏への想いは確定したものになった。

純はその晩、なかなか寝付けなかった。

母が遺していったCDの中の一枚を聞きながら、理由の分からない涙を流した。





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