わずかな変化も
貴久と純を乗せたバイクは、『和泉屋』の前で停まった。
安くて美味しいこの店で、ときどき貴久は純と、ときには仲間たちと食事をする。
店の人たちは、純が『貴兄さん』と貴久のことを呼んでいるのを聞いているから、二人をとても仲の良い本当の兄妹だと思っている。
切れ長の目、小さな顎、ぷっくりした唇の形、そして寡黙な雰囲気まで似ているから、本当の兄妹と間違えられてもおかしくはない。
『クルクルの天然パーマの髪じゃなかったら、貴兄さんと私ってもっと似ていたかなぁ』
「なに見てるんだ?」
純はいつの間にかうどんを食べる手を休めて、貴久の顔を見ていたらしい。
「ううん・・・自分で言うのも変だけど、貴兄さんと私って、似てるなぁって・・・」
「そりゃ、従兄妹だからな」
貴久も純を見つめる。
「貴兄さんもそう思う?」
「まあな・・・」
『何で、俺と純は従兄妹なんだろう・・・』
貴久は、急に切ない気持ちになって、純から目をそらした。
食事を終えて、和泉屋から出た二人はバイクを店の前に置いたまま歩き出した。
何も言わなくても、和泉屋の次に行くのは、すぐ近くの『MUSIC BOX 』に決まっていた。
そこは、音楽教室の仲間たちもお気に入りの楽器店だ。
「何か買うの?」
純が貴久を見上げながら聞く。
そんな首をかしげた純の仕草に、貴久の心が跳ねる。
「み、見るだけだ。買わない・・・よ・・・純は?純は何か見たいものある?」
貴久は懸命に何気ない素振りをする。
「せっかく久しぶりに行くなら、コントラバスをちょっと触らせてもらえないかなぁ」
「え?コントラバス?あんなに思い出したくないって言ってるのに?」
「部活は思い出したくないけど、コントラバス自体は好きだもん」
ちょっとだけ唇を尖らす純が、ますます可愛らしく見える。
「そうか・・・。純、ちょっと変わったな」
「え?そう?・・・何が?何か変わった?」
立ち止まって見上げた純の瞳が真っ直ぐで、貴久も足を止める。
「何がどう・・・って、はっきり言えないけど、変わった気がする。何かあったか?」
「う・・・ん」
立ち止まったまま、純は思いを巡らして口ごもる。
「何かあるんだな?何なんだ?」
貴久に言っていいのか、しばし迷う。
「言いたくないんなら、無理して言わなくていいよ」
貴久の胸に何故か不安がよぎった。
「あのね・・・。昼休みに一緒にお弁当を食べる人が出来たの」
今度は貴久の顔がパッと明るくなる。
「良かったじゃないか。俺が知ってる女?」
「あのね・・・。女の子じゃないの」
一瞬戸惑った貴久の顔。
「村上敏くん・・・ダンス部の。貴兄さんも知ってるでしょ?」
「ああ、まあな・・・敏・・・敏か・・・」
貴久は考え込んでいる。
「ま、弁当を一緒に食べるだけなのに、そう深く考えることもないな・・・」
自分に納得させるかのように、ぶつぶつとつぶやいて、貴久は微笑みを浮かべた。
「敏、いいヤツだよ。ちょっとのんびりのところがあるけど、優しいし。何か困ったら、アイツに相談するといい」
「相談?」
純は思いがけない言葉にキョトンとした。
「同じ高校にいても、滅多に俺とは会わないし、お前はメッセージだって俺が送らなきゃ寄こさないだろ。何かあっても一人で抱え込んで自滅するだろ?」
「え?まぁ、そう・・・かな・・・」
貴久の心配は分からないわけでもない。
「それに、俺も受験で忙しいしな。純の相談に乗ってやりたいけど、いつもっていうわけにもいかないし」
貴久はふいに寂しくなって涙ぐみそうになり、そんな顔を見られたくなくて、純を置いて『MUSIC BOX』の入口めがけて走り出した。
『純のそばにいると、喜怒哀楽がぐちゃぐちゃだ・・・』
貴久は走りながら心の中でつぶやいてみる。
貴久が何故、急に走り出したのかわからないまま、慌てて純も後を追った。
『MUSIC BOX』は、この付近で一番大きな楽器店だ。
一階がギターーやベース、ドラムなどの軽音楽に関するものと、ピアノやキーボードなどを展示販売威している。
二階が管楽器。三階が弦楽器類。
楽器を求めたり、修理の依頼などで遠くからも客が来る。
貴久を一階に残して、純は三階を目指す。
エスカレーターで二階を通り過ぎようとしたとき、二階のフロアに清水渡の姿を発見した。
あわてて二階で降りる。
「渡!」
「あ、純ちゃんも来てたの?」
「貴兄さんと一緒だよ」
「貴さんと?・・・バイクで?」
「うん」
「純ちゃん、三階に行くの?」
「渡も、一緒に行かない?」
純は渡と一緒に三階の弦楽器売り場に上がった。
お目当てのコントラバス売り場に行く。
渡が店員に声を掛けて許可をもらい。純はコントラバスを手にした。
久しぶりに弾くコントラバス。
純は自分が奏でるコントラバスの音色を確かめる。
『バイオリンが自分の分身ならば、ピアノは戦う相手・・・コントラバスは自分にとって何なのだろう?
遠く離れてしまった恋人のような・・・。懐かしく、恋しく、苦く苦しい思い出のある、遠い恋人・・・』
惚けたように、ちょっと虚ろな表情で音を鳴らす純を、渡が心配そうに見つめている。
ひとしきりコントラバスの感触と音色を楽しんだあと、純は店員に礼を言って楽器を返した。
「どうかした?何かあった?」
渡はいつもの純らしくないような気がして問いかける。
「え?何が?」
「あんなに思い出したくないコントラバスなのに・・・」
貴久と同じ言葉だ。
純は貴久のときと同じ説明をする・・・楽器自体は好きなこと。
「純ちゃん、最近何かあった?」
「え?」
再び貴久と同じ言葉。
「別に、特には・・・」
純は渡には村上敏の話しはしなかった。
『ただ、一緒にお昼ご飯を食べているだけ。ただそれだけのこと。自分にとっては特別のことかもしれないけど、友達がたくさんいる村上君にとっては、ごく普通のことなんだから・・・』
自分に言い聞かせる。
「純ちゃん、また皆で集まろうよ」
「そうだね」
「僕たち、まだ入学祝いをしてもらってないよ」
「そうなんだよね。気になってたの。皆忙しくて、なかなか時間が合わなかったから・・・」
貴久も三階に上がってきて、純と渡を見つけた。
「渡も来てたのか」
「渡と憲人の入学祝いをしてないなって・・・」
「貴さん、皆で集まりましょうよ」
「そうだな・・・。じゃ、明日やろうか?」
「ええ?あした?」
渡と純は急な話しに戸惑ったけれど、その場ですぐ辺見憲人と加賀美翔とも連絡を取り合った。
そして、結局貴久の言う通り、明日の三時から渡と憲人の入学祝いと称して、いつものメンバーで集まることになった。




