尾行
四月も中旬を過ぎた金曜の夜、貴久は純にメッセージを送った。
『明日、一緒に和泉屋で昼飯食わないか?』
和泉屋は、音楽教室の近くの安いうどんの店で、レッスン仲間のお気に入りの場所だ。
いつもなら、土曜日はピアノのレッスンがある日だが、ピアノの先生・・・清水渡の母親が保護者会に出席するので、休みということになった。
それを知った貴久が、昼食に誘ったのだ。
『いいよ。ひさしぶりだね』
同じ西山高校に通っているのに、校舎が離れているので、滅多に会う機会が無い。
『授業が終わったら、裏門から出たところで待ってろ』
貴久は校則違反のバイクで行くつもりだ。
土曜日の授業が終わり、純が帰る準備をしているのを見て、敏が声を掛けた。
「今日は昼飯食べて帰らないの?」
敏は当然、今日も純と一緒に昼食を食べられると思っていた。
「今日は、用事があるから・・・」
「そうなの・・・」
純は、残念そうな敏の表情をちらりと見た。
『どんな用事』って聞かれたら、なんて答えよう・・・』
一瞬考えをめぐらしたけれど、敏はそれ以上追及しなかった。
「じゃ、バイバイ」
純は黒いキャップを被り、赤いリュックを背負うと、小さく手を振った。
「じゃ、また来週ね」
敏も手を振る。
「今日は振られちゃったねぇ」
敏の背後から、新井良太が絡んで来た。
「そんなんじゃねぇよ」
敏は平気を装った。良太は敏をにやにや見ている。
そんな良太と敏のやり取りを、教室を出て行ってしまった純は知らない。
「敏。部室で弁当食う?」
「うん。行こうか」
良太と敏は教室を出て、部室を目指した。
各部の部室のある建物は、校舎の裏手の方向にある。
ホコリっぽい外廊下を通り抜け、敏と良太が歩いていると、教室二つ分ほど先に、見慣れた黒いキャップに赤いリュックの後ろ姿が見える。
敏と良太は思わず顔を見合わせる。
「部活やってないんだもん、部室に用事は無いよね?」
良太が、純の後ろ姿から目を離さず、敏に問いかける。
「裏門から帰るんじゃないの?」
敏も純を見つめたままだ。
「裏門は駅からも遠いし、バス停だって無いよ」
「家が裏門に近いとか?」
「純ちゃんの家は福山市内のはずだよ。バスか電車は使うよ」
敏は、良太が『純ちゃん』と呼ぶことに、なぜかイラつくものを感じる。
『自分は『住吉さん』としか、呼べないのに・・・』
「福山市内に住んでるって、何で知ってるの?」
「神山君が言ってた。同じ中学だったって。純ちゃんすんごい無口で、あの神山君でさえ、ほとんどしゃべったことないって言ってたよ。だから、敏が一緒にお昼ご飯食べてるって言ったら、すごくびっくりしてた。」
神山明和は、同じ二年のダンス部で、今年は部長だ。
しかしながら、純のことに限らず、良太の情報収集は女の子並みだ。敏は、そんな良太に何か関心する。
ダンス部の部室なんて、とうに通り越して、二人は純を尾行している形になっていた。
純は裏門から出て、住宅街を少し行った角に立った。
敏と良太が後方で覗いているとは全く知らずに。
間もなく貴久から連絡が入り、バイクがやって来た。
バイクが純の前で停止する。
貴久は、自分が被って来たフルフェイスのヘルメットを脱いだ。
「顔がバレないように、純はこっちを被れ。学校にバレたら、お前に迷惑かけるから」
純の被っている黒いキャップを脱がせ、ヘルメットを被せる。
自分は、他にしていたもう一つのヘルメットを被った。
「それなら、学校に乗って来なければいいのに」
貴久の後ろの座席に乗って、純は貴久の腰に手を回しながら文句を言う。
「せっかく免許もとって、苦労して手に入れたバイクなんだから、乗りたいんだよ」
『純と一緒に乗りたくて、買ったんだから・・・』
背中に純の体温を感じて、思わず笑顔になる。
二人を乗せたバイクがエンジン音を響かせ、走り去った。
敏も良太も、ヘルメットを外した顔に見覚えがあった。
三年生の軽音楽部の金松貴久だ。
「金松先輩!」
良太は思わず大きな声をあげてしまって、慌てて手で口をふさいだ。
「うちの高校、バイク禁止だよね。しかも二百五十㏄だし」
良太は興奮して早口になる。
「・・・」
敏は、全てがあまりにも意外で、言葉も無かった。
「なんか、けっこう大胆・・・っていうか・・・。純ちゃんってクソ真面目なだけかと思ってたのに・・・」
つぶやく良太。
「・・・」
「金松先輩って、純ちゃんの彼氏かな?」
思わず発した自分の言葉に、良太は慌てて敏の方を振り返った。
敏は無言で裏門へ引き返して行く。
良太は焦って、不機嫌そうな敏の背中を追った。
敏の頭の中では、
『金松先輩は純ちゃんの彼氏』
と、いう言葉がぐるぐる駆け回る。
ふてくされたようにズンズン歩いて部室に入った。
良太がそれを追いかけて入る。
敏が頭を振って『金松先輩』『純ちゃん』の言葉を消去しようとしていた。




