春の初め
純の誕生日の翌日、渡と憲人から、それぞれ菊川学園に合格したとのメッセージが、純や翔、貴久に送られて来た。
渡は菊川学園が第一志望校だったから、皆ほっとして喜びとお祝いの返事を返す。特に、翔は渡が同じ高校に来ることをとても喜んで、珍しく長い文章を送った。
そして、次の月曜は西山高校の合格発表だった。
朝九時に正門入口の掲示板に、合格者の受験番号が発表になる。
純は、一時間目の休み時間に、大急ぎで掲示板を見に教室を飛び出した。憲人から聞いていた受験番号を探す。
自分の受験の時よりドキドキして、掲示板を見る。
「あ、あった・・・」
その時になってやっと、純は憲人からメッセージが届いているのに気付いた。
メッセージには喜びの言葉とたくさんのスタンプが・・・。
純は、短く返信すると、笑顔のまま教室へ戻った。
翌日のバイオリンのレッスンに純が早目に行ってみると、憲人は更に早く来ていて、すでにレッスンを受けている最中だった。
いつも素晴らしい音色の憲人のバイオリンだけれど、今日は一段と良い音を響かせている。
レッスン室から出て来た憲人に、
「合格おめでとう」
と、声を掛ける。
「ありがとう。今日、入学の手続きをして来たよ」
憲人は誇らしげに笑顔を見せた。
「え?もう?手続き済んだの?」
「うん」
満面の笑みで答える。
去年、純が合格したときは、どの高校に行くか、父の勝と揉めていて、締め切りギリギリで手続きをしたから、憲人の合格発表の翌日の手続きということに驚いてしまった。
「西山高校が受かったら、西山高校に行くっていう親との約束だから、もう他の高校は受験しないよ」
憲人はさっぱりした表情で、純を見る。
「西山高校に入ったら、音楽と勉強を両立させるのは大変だよ。頑張ろうね」
厳しい道を選ぶ憲人に、純はエールを送った。
「ん。がんばろうね」
憲人は希望に満ちた目で純を見つめた。
短い二月も過ぎ、西山高校は後期の期末試験が目前になった。
この試験が終わったら、二年の進級時のコース選択は最終決定になる。
純は期末試験の勉強をしていても、理系の科目が好きなことを自覚せざるをえなかった。
試験が始まるという日の前日。
純が一人で夕食を済ませて、勉強部屋にこもっていると、父親の勝が帰って来た。
迎えに出ると、勝はいつになく疲れた顔をしている。
「お父さん、顔色が悪いみたい。大丈夫?」
「ああ、ちょっと風邪を引いたみたいだ」
「熱は?」
「測ってないからわからないけど、のどが痛いし、身体がだるいよ」
純はリビングの飾り棚の引き出しから、体温計を出して勝に渡した。
勝はリビングのソファに腰をおろし、熱を測る。
「三十八度三分・・・」
「明日は病院に行ってね」
純の言葉に勝は苦笑いをする。
「自分は病院を嫌がるくせに、人には勧めるんだな」
「ほんとね・・・」
純も苦笑い。
「食事はいい。横になりたいから、もう寝るよ」
そう勝は言うと、自分で冷凍庫からアイスパックを取り出し、二階に行ってしまった。
その夜、純は夜中に目が覚めた。
勝のことが心配になって、ベッドから抜け出した。
部屋の寒さに、厚手のカーディガンに袖を通し、廊下に出る。
階段を上がって、勝を起こさないようにそっと父親の寝室のドアを開けた。
静かに開けたつもりだったけれど、眠りが浅かったのか勝が目を覚ます。
「起こしちゃったかな?ごめんね」
「大丈夫だよ。純こそ風邪ひくぞ」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」
足音をたてないように、ゆっくり部屋を出て、階段を下る。
二人で暮らすようになってから初めて、勝が病気になったから、純はそのことに急に心細くなる。
純の祖母が急死した時のことや、その時の不安な気持ち。幼い時分に見た母の弱った姿を思い出す。
『お父さんがいなかったら、私は一人・・・怖い・・・』
三月初めの夜の寒さが襲って来る。
純は大急ぎでベッドルームに戻ると、怖さと寒さから身を守るように、布団を頭からすっぽり被って目をつぶった。
期末試験が終わって、答案用紙が返って来る週になった。
試験の結果を見れば、純が進みたいコースと行けそうなコースには差異があるのだと思い知らされる。
好きな科目、得意な科目は理数系のもの。
国語や社会は好きでもないし、得意とも言えなかった。
暫くして、試験の結果が廊下に張り出された。
純の総合順位は三番。
好成績なのにも関わらず、嬉しいそぶりも出来ない複雑な気持ちの純。
担任の加藤先生もクラスメイトも、そんな純を不思議そうな目で見ていた。
コース選択の締め切り最終日。
純は何も出来ないまま、学校の正門から出て行く。
全てをあきらめ、電車の中から春の夕日を眺めた。
電車の中に、斜めに差し込むオレンジ色の夕日。
『私がなにもしなくても、確実に時間は過ぎて行く・・・』
無力感にさいなまれてしまう。
虚しくて、寂しくて・・・純は誰かそばに寄り添って欲しくなる。
『誰かって、誰なんだろう?』
それは音楽教室の仲間でも、貴久でもないように思えた。
電車から降りても、夕闇が迫る須川駅の大通りを歩いていても、ただ寂しさだけが募っていた。
後期の終業式も終わり、春休みを迎えることになった。
純は中学と同じように、とうとう一年間クラスに馴染めないまま過ごしてしまった。




