十六歳の誕生祝い
純の十六歳の誕生日は平日の木曜だ。
渡と憲人が受験の真っ最中だし、純自身は誕生会のような特別なことをするつもりはなかった。
しかし、翔はそれではつまらないと思ったらしく、翔の母親が、純たちに御馳走を用意してくれることになった。
学校帰りに純は貴久と共に翔の家に寄る。
前の晩に貴久からいつものように命令口調で、
『授業が終わったら、裏門から出て来い。出たら電話しろ』
と、純にメッセージを送られて来ていた。
誕生日当日は、授業が長引いてしまって、純は急いで裏門を目指す。
校舎から裏門に行く途中には、各部活の部室が並んでいる区域がある。
純は部活に入ってないから、滅多に来ない場所だ。
部室に出入りしている生徒たちに紛れて歩いて行く。
見覚えある姿を見つけて、純ははっと息を飲んだ。
たくさん並んだ部室の中の、一つのドアから出てくる・・・『あのひと』。
『村上敏君・・・』
わずか一メートルの近さで、すれ違う。
純は裏門の方へ、敏は校舎の方へ。
純は敏を目で追う。
敏は純のことなど知らないから、ただすれ違っただけ。
それでも、純は嬉しかった。
マラソン大会以来、そして今年になって初めて彼の姿を見た。
『それも、誕生日に・・・』
一人、そっと微笑む。
マラソン大会の時は、メランコリックな気持ちで見ていた純だが、今日は彼の姿を見られたことが単純に嬉しく思えた。振り返って、彼の後姿も記憶に留めた。
純は裏門を出てすぐ、貴久に電話した。
「裏門を出たら、道を真っ直ぐ行って、裏通りの角で待ってろ」
「了解!」
敏を見かけたことで、気分が高揚していて、純は貴久の言葉に何の疑問を持たず、言われた通りに待っていた。
しばらくすると、エンジン音が聞こえる。貴久がバイクでやって来たのだ。
「早く乗れ」
「貴兄さん・・・。学校、バイク禁止でしょ?」
純ははらはらしながら周りを伺う。
「だから早く乗れって言ってるんだ」
「う、うん・・・」
純は焦りながら、貴久が渡したヘルメットをかぶり、彼の背中にしがみつくようにバイクに乗る。
バイクの速度以上の、校則違反のスリルを、純は初めて味わった。
貴久と純をのせたバイクは、翔の住む大きなマンションに到着する。
翔は両親と、このマンションの十二階に住んでいる。
バイクを地下にある駐車スペースに停め、一階のエントランスに向かう。インターホンを鳴らすと、翔の声。
開錠してもらい、二人でエレベーターで十二階を目指す。
翔の家のドアの前に立つと、勢いよくドアが開いた。
「いらっしゃい」
翔が二人を招き入れる。
「おじゃまします」「こんにちは」
挨拶をすると同時に、翔の母親がキッチンから料理を運んで来た。
「お招き、ありがとうございます」
純と貴久は、翔の母親に頭を下げた。
翔の母親は純の立ち姿を上から下まで眺めると、思い切りため息をついた。
「純ちゃん、髪を伸ばしなさい。それと、お洋服、もうちょっと何とかしなさいよ」
翔は母親の言葉に笑いをこらえた。
「母さん、その『何とか』って何さ・・・たぶん純は意味が分かんないと思うよ」
純の身なりが、洋服の店を何件も持っている翔の母には気にいらないのだ。
カーキ色のダウンジャケットに黒のセーター、水色のシャツにジーンズ。
この前の日曜に、今までになく短く切った髪。くるくるの巻き毛がを出来るだけ目立たなくしたくて。
「自分でも、わかってはいるんですけど・・・」
何故だか申し訳ないような気持ちになる純。
「しょうがないよな・・・ほとんど皆からのもらい物の服だもんな」
翔がフォローしてやる。
ジーンズは純が買ったものだけれど、シャツは憲人、セーターは貴久、ダウンジャケットは翔からのもらい物だ。
「お店に来ても、サイズに困るのよねぇ。背が高くて細くて手足が長くて・・・」
「誰から見ても、男子中学生にしか見えないだろ」
翔の言葉に、貴久が声を出さずに笑ったのを見て、純が困った顔で微笑んだ。
ふと、純は、
『こんな私は、村上敏君の目に、どう映るんだろう?』
と、考えても仕方ないことを思い浮かべてしまった。純の存在など、知るはずもないのに・・・。
翔の母は、料理を並べ終え、取り皿を皆に配る。
「たくさん食って少しは太れよ。あんまり痩せてると皆心配するぞ。それに痩せてるから女に見えないんだからな」
翔が料理を勧める。
貴久は、純に御馳走を取り分けた皿を押し付ける。
翔の母の手作り料理は、どれも美味しい。
なにより普段が一人での食事が多いから、賑やかな食卓に飢えているのかもしれない。
純は、御馳走以上に笑顔の並んだ食卓が嬉しかった。
翔とその母の華やかな雰囲気。
安心できる貴久の優しさ。
「皆からのプレゼントだ」
翔が薄い紙袋をわたした。ひと目でCDが入っているとわかる紙袋。
「誕生日おめでとう」
「十六歳。おめでとう。純」
「ありがとう」
純は、紙袋の中身を覗いて、満足の笑みを浮かべる。
中身は彼女が尊敬してやまないバイオリニストの最新のCDだった。
「ほんと、ありがとう。うれしい」
純の笑顔に貴久と翔が同じ想い・・・なにか切さを含んだ喜び・・・を感じた。
「憲人と渡も呼びたかったな」
翔は残念そうだ。
「受験の真っ最中だものねぇ」
翔の母親がカレンダーを見つめた。
「そろそろ菊川学園の発表だよね」
貴久もカレンダーを見た。
「明日だよ。憲人も渡も受かってるさ」
翔は料理を食べながら、何でもないことのように言う。
「西山高校は来週の月曜だ」
貴久がカレンダーから目を離さずに言った。
純は、料理を食べる手を止め、
「二人とも、第一志望が受かってるといいね」
と、夕闇が迫って来た窓の外を見た。




