ふわ雪
冬休みに入ってすぐ、純は風邪をひいて熱を出した。
バイオリンのレッスンを休んだから、一緒に習っている憲人から連絡が行ったらしく、すぐに音楽教室の仲間たち全員からメッセージが届く。
貴久からは電話が来た。
「憲人から、純が熱を出して寝てるって連絡あったぞ」
「うん」
「熱は何度ある?」
「さっき測ったら、三十八度二分だった」
「病院行ってないだろ?」
純が病院嫌いなのは周りの皆は誰でも知っている。
「うん、行ってない」
「行けよ。それだけ熱が高いんじゃ体が辛いだろ?」
「やだ。行きたくない」
「叔父さんに連れて行ってもらって、行って来いってば」
「注射されるから嫌。それに、お父さん一昨日から出張で留守だもの」
「藤井さんは?」
家政婦の藤井は休暇中だし、病院に連れて行くことは契約に無いのだと純は貴久に告げる。
それを聞いた貴久は、母の京子と話をしているようだ。
「母さんが迎えに行くって。しばらく家に来てろって」
純は久しぶりに金松の家に泊まることになった。
京子伯母の車で、純が金松家に到着する。
貴久が待ち構えていたように、玄関に出て来た。
「はやく、二階へ行って寝ろよ。クリスマスがもうすぐなのに、熱なんか出してる場合じゃないぞ」
平然を装いながらも、貴久が嬉しそうなのを、母の京子は見てとった。
純はだるそうな顔のままうなずいて、玄関から直接二階へと上がる。
貴久は京子から荷物をひったくるように取りあげると、純のあとを追った。
二階の三つならんだ西側の角部屋は、純が中学時代を過ごした部屋だ。
「貴兄さん、出てもらっていい?」
荷物を置いた貴久に、部屋を出るよう促す。
「ん?」
何でだ?という顔の貴久。
「パジャマに着替えるから」
「あ、ごめん」
貴久が迂闊さに気付いて少し顔を赤くしたとき、純のスマホでメッセージの着信音が鳴った。
純は画面を確認しただけで、返信せずにベッドにスマホを放置してしまっている。
どうやら、音楽教室の仲間たちではなさそうだ。
「誰から?」
「ん?うん・・・伊藤建設の息子さん」
「あ、あの?」
「うん・・・」
「返信しないの?」
「うん、後でするから」
聞いてはいけないとは思いながらも、貴久は聞かずにはいられない。
「なんて?」
「え?」
「何て言って来たの?むこう・・・」
純とどんな話しをしているんだろうか。どんな人なんだろうか。純を問い詰めたくなる。
「あのね・・・。クリスマス・イブに一緒に出掛けないかって」
貴久は一瞬顔の血の気が引いたような感覚におちいる。
「ふうん・・・。で、どうするんだ?出かけるのか?」
無理やり平気を装う。
「貴兄さん。私、熱があるんだよ。そんな人がお出かけする?」
純の言葉に、内心ちょっとほっとする。
「だけど、イブまで二日ある。それまでに熱が下がったら?」
「行かないつもり。早く治して、イブは伯母様とケーキを作る約束をしたんだもの」
純はさっき、金松家に来る車の中で、クリスマスも正月も金松家で過ごす約束をしたのだと言う。
「そっか」
貴久は思わず笑顔になる。
「とりあえず、私、着替えるから・・・」
純が疲れた顔で貴久を追い払おうとする。
「うん。ごめん。じゃ、ちゃんと寝てろよ。それと、早く返信しちゃえよ」
「わかってる」
純は貴久が部屋から出て行ったと同時に、スマホを拾い上げた。
和幸からのデートのお誘いを、丁寧な文面で理由を述べて断った。
大晦日に父親の勝も合流して、純はお正月も金松の一家と過ごした。
純の目にも、こころなしか貴久がいつになく機嫌が良いように見えた。
お正月の三日目、貴久の部屋で、弟の泰久と純はゲームをしていた。
貴久はベッドに寝そべって、ゲームの画面を覗いて何やかや言い騒いでいたと思ったら、
「あっ!雪・・・」
貴久が寝そべったまま、窓を見ている。
純と泰久は、ゲーム機を放り出して、小さな子供みたいに窓辺に張り付いた。
真っ白な雪。ふわふわ舞っている。
「きれい・・・」
純は窓を開けた。
冷たい風が入る。
去年の今頃を純はふと思い出す。
『受験のことで父と揉めていて嵐のようなお正月だったんだ』
「今年はいいことがあるよ。きっと」
まるで、純の心を読んだように、貴久が優しい言葉をくれる。
「うん・・・きっと、ね」
純が微笑むと、
「いいことって何?」
と、泰久。
「それ、今から分かっちゃったら、つまんないだろ?」
貴久が笑顔で答える。
「そういうもの?」
「そういうもの!」
やりとりが可笑しくて、三人で笑ってしまった。
『貴兄さんの笑顔も、泰久の笑い声も、私を安心させる。今年は何かいいことがあるかもしれない・・・』
貴久が言ったように、この雪が新年を占うものとなるのだろうか。




