秋の海風
11月最初の日曜は、和幸との二回目のデートだった。
さんざん迷ったすえに、服装は、クリーム色のブラウスに茶色のロングカーディガン。白黒のギンガムチェックのスキニー。
初めてのデートよりは、少し女の子らしく見えるのを、純は気が付いていない。
そして一回目のときの白いバッグを再び手にした。
バッグの中には、和幸の携帯番号とメッセージのIDが書かれたメモが入ったままだ。
和幸は夏休みのデートの時と同じように、純の家に車で迎えに来た。
彼は、長袖の白いボタンダウンのシャツにジーンズ。いつものように、爽やかな青年のイメージ。
父の勝も家にいたから、玄関で挨拶を交わしている。
『親も公認のデート・・・』
純は、普段と違う、よそ行きの笑顔を見せる父親の様子を見ると、心穏やかではいられない。
玄関を出ると、純の気持ちなど関係なく、秋晴れ。空が高く見える。
和幸のエスコートで、車に乗り込んだ。
「どこ行きたい?何したい?今日は純ちゃんの行きたいところに行く約束でしょ?」
和幸は上機嫌だ。ナビの画面に触れながら、純の希望を聞く。
「ええと・・・。じゃ、海がいいかな。今年は海に行けなかったから、海のそばに行きたいです。いいですか?」
「海ね・・・。どこにしようか」
「あ、春に行った海浜公園の中の水族館なら、海もそばだし・・・」
「じゃ、決まりね」
水族館を目的地に登録して、二人を乗せた車は走り出す。
大通りを抜けて、高速道路に乗る。
オーディオプレイヤーからは、軽いポップス。
和幸は少しだけ窓を開けて、車内に外気を入れた。
秋風が少し冷たくて、心地よい。
黙ったままの純を、和幸は運転をしつつ横目でチラッと見た。
「そういえば、前に買った本、どうだった?読んでみて・・・」
前回のデートで純が買った本のことを言っているらしい。
「あの・・・まだ・・・」
純はうつむいて返事をした。
「え?まだ読んでないの?・・・なんか君らしくない」
「私らしくない?ですか?」
思わず顔を上げて和幸の横顔を見た。
「うん、君らしくないよ。君は知識に貪欲な気がするよ。知りたいことがあったら、追及するタイプ。違うかな?」
「そうでしょうか?」
「そう見えるけどね。自分で買った本を放っておくとは思えない」
「あの時、買った本は、放りっぱなし・・・です」
「何か理由があるの?」
再びチラリと和幸が純を見る。
「忙しかったから・・・です」
「ウソだね」
「え?」
純は和幸を凝視した。
「君はどんなに忙しくても、少しでも空いた時間に本を読む子だと思うよ。通学の電車の中とか。夜寝る前の十分間でも。違うかな?」
その通り・・・純はうなだれてしまった。
「自分で欲しくて買った本なのに、怖くなっちゃったんです。建築とか設計とか・・・興味を持ってしまうことが怖いんです」
和幸は、ふっと笑って、
「やっぱりね・・・」
と、つぶやいた。
純はうなだれた。
「音楽以外のものに興味を持ったらいけないわけ?」
「そういうわけでは・・・。ううん、そう思っているのかもしれません」
和幸の前で、素直に自分の気持ちを言えるのが、不思議だった。
「べつに、建築に興味を持ったっていいんじゃない?それが建築じゃなくたっていい。医学だって、化学だって、物理だって・・・いいんじゃない?」
和幸の言葉に、純はまぶしさを覚えた。
「そう・・・ですよね・・・」
「まだ高校一年生なんだから、いろんなものに首を突っ込んでみればいいんだよ。固く考えないで、さ」
「そうですね」
「純ちゃんなら、医学部だって受かりそうだけど?」
「え?医学部ですか?」
「うん、どう?」
「無理です。私、血を見るの嫌いだし。注射もダメだし。病院なんか大嫌いです」
純は大真面目に返した。
和幸は、純の言葉と必死の表情がおかしくて、声をあげて笑う。
「あの、聞きたいことがあるんですけど」
「なに」
真面目な顔の純の問いかけに、和幸は笑いを引っ込めた。
「前に、真理さんに父の会社で会ったことがあって。和幸さんは交通事故に遭ったって聞いたんですけど」
「うん、遭ったよ、交通事故」
「それから、和幸さんが変わったって・・・」
「僕が?」
「ええ、それまでお父様の会社を継ぐことを嫌がっていたけど、変わったって、真理さんに伺いました」
「うん、まあね」
「考えが変わった理由って何ですか?」
車は高速を下り、一般道に入った。
しばらく間をおいて、和幸が話し始める。
「理由は一つじゃないさ。あえて言うなら、人は一人では生きていけないってとこかな。事故の時、友達の方が大怪我だったんだけど。そいつが死んだら・・・って思ったことで、一人で生きている気がしていた自分が間違っていることに気付いたんだ。自分もケガをして、一人では何も出来ないし、自分のために色んな人が助けてくれているってことも分かった・・・。そういうことかな」
純は心の中で、和幸の言葉を繰り返した。
「自分は、自分だけのものじゃない・・・ってことですか?」
「そうとも言えるね」
水族館の建物が見えて来た。
車の窓からは、海を感じる風が流れ込んでくる。
和幸との二回目のデートは、純が思っていたより、楽しく充実したものだった。
春の遠足では、一人寂しく過ごした水族館。
でも、和幸と一緒だと、ゆっくり魚たちを観察出来た。
新しい発見をした純が子供みたいに目を輝かせ、そんな姿に和幸はえくぼを見せる。
純には、一人の時よりも水槽の水のきらめきも魚たちの群れもとても綺麗に見える。
軽い食事のあと、水族館を後にして海辺を二人で歩く。
秋の海の風は少し強くて、純の短い巻き毛をも揺らす。和幸はその巻き髪に手を伸ばしそうになって、慌てて手を引っ込めた。
気配を感じた純は、ちょっと距離を置いて、和幸の少し長目のストレートの髪がサラサラ風になびくのを羨ましく見つめる。
「秋の海は、気持ちいいね」
「ええ・・・」
まるで、恋人同士のように微笑み合った。
そして、初めて携帯の番号やメッセージのIDを交換した。




