夏の終わり
夏休み最後の土曜日。純がピアノのレッスンに行くと、いつも遅く来る翔が、珍しく早くにレッスンをつけてもらっていた。
レッスン室から出て来た翔が、入れ違いにレッスン室に入ろうとした純を呼び止める。
「早くレッスン受けて来い。面白い情報がある」
思わせぶりな言葉。
「じゃ、あとで聞くね」
純がレッスンをしている間に、憲人も渡も来た。
純はレッスンが早く終わることは考えず、発表会の課題曲に思いのほか手こずっていたから、出来るだけ集中して練習する。
『今までは、夏休みのうちに課題曲を仕上げていたのに・・・。今年の夏は色んなことがあり過ぎた・・・』
レッスンを終えて、次の順番の憲人とすれ違う。表情からすると、憲人は翔から話しを聞いたようだ。
「何があったの?」
純が翔にたずねる。答えたのは渡だ。
「貴さんと優奈ちゃん、別れたんだって」
「え?」
「正確に言うと、貴が優奈ちゃんに振られた、かな」
翔が訂正する。
「どうして?」
「優奈ちゃんが『翔さんたちと貴久君の中には入れない』って言ったんだって」
純は優奈の言葉に納得がいかない。
「なんか、イマイチ意味がわからないんだけど」
「僕たち、仲が良すぎて、他の人が入る余地が無いってことかな」
と、渡。
「純と貴の仲も疑っていらしいし・・・」
翔は純の気持ちを探るような眼差しで純を見る。
貴久とのハグを思い出し、純は落ち着かない。
「貴さんが、純ちゃんの卵焼きが食べたいなんてこと言うからですよ」
渡の発言で、純は翔の視線から逃れた。
「ああ、あれは確かにマズかった。女の子は傷づくよな。それに、貴も優奈ちゃんの扱いが雑だったし」
翔はため息混じりだ。
「私が悪かったのかな」
「純のせいじゃないよ。それに二、三回会っただけで、振られるんなら、もともとうまく行かないってことじゃん」
翔にとっては、もうどうでもいいことのようだ。
「ニ、三回会っただけじゃ、貴兄さんのこと、何にも分からないと思うんだけど」
純は、自分で言った言葉にハッとする。
『真理さんに、同じセリフ言った・・・』
「貴のヤツ、分かりづらい性格だからなぁ。ズバッとものを言わないし、こっちから聞き出さないとハッキリしないし。ああ見えて、甘えたがりのとこあるし・・・けっこう面倒くさいヤツだぜ」
翔の言葉に渡も純もうなずいた。
「振られたのに、貴のヤツ、なんかサッパリした顔してんの」
そう言って、翔は遠くを見る目をした。
「貴さんが、優奈ちゃんを僕たちに会わせなかったら、振られなかったかな・・・」
渡がつぶやく。
翔も純もそれを肯定できなかった。




