屋上にて
食事の後、各々休息をとる寝所へと案内されて行く。私の案内役は葵だ。
これは私が指名したからであるが
部屋へと向かう途中私は葵に少し寄り道がしたいと言った。
葵は『ならいい場所へ案内しよう』と言い、長い螺旋階段を上へと登る。
「着いたぞ」
無言のまま階段を上った先には、鬱蒼と生い茂る森林を一望できる、とは言い難いが、それでも眺めの良い砦の頂上であった。
「この砦、思ってたより高いのね」
「あぁ100人近い村人を収容しないといけないからな」
「でもかなり目立つんじゃないの?この高さなら、サバル砦からも見えるんじゃ・・・」
「いや、ちょうどサバル砦との間に山があってな、見えるだろ?」
ショウゴが指さした先に小高い山が見える。
「あの向こうに砦があるのね?」
「ああ、そしてあの山が俺たちを隠してくれている」
次に葵は森を指差し、話を続ける
「それと森の中からもこの砦は見えないさ」
「どうして?」
私たちは暗闇をヘトヘトになりながら偶然辿り着いたが、まだ日もある時間ならば、少し近づけば見つかりそうな高さだ
「そうか、そういえばお前たちが来たのは夜だから分からないな」
私は疑問符を頭に浮かべる
「あの森はたくさんの木々や枝葉が絡み合って、太陽の光なんてほとんど差し込まない、昼間でも夜のように暗いからな。上を見上げたって見えるのは葉っぱだけだ」
葵は少し微笑む
「初めて見たわ」
「ん?」
今度は葵が疑問符を浮かべる
「あなたの笑った顔」
私は森を眺めながらそういった
「そうか?」
今度は葵が森を眺め、はにかむ
私はその横顔を見つめる
「気持ちいい・・・」
冷たく、だが心地のよい風が吹き抜ける
「すまない」
葵が唐突に謝罪する
「いきなりどうしたの?」
少しの間が空く
「お前の仲間を助けてやれなかった」
風の吹き抜ける音だけが支配する
「仕方ないわ、それが軍属というモノよ」
私は一抹の寂しさを込める
それにもし生き残ったとしても、葵に殺されていただろう。
言葉は飲み込む。
「お前もそうなのか」
お互いにまだ遠くを見つめている
「そうね、もしかしたら・・・」
言葉をどう紡げばいいのか分からない
「俺が守ってやれればな」
私は彼を一瞬見る、目があった。気がする。
すぐに視線を虚空へと戻す
「なに言ってんのよ、あなたはこの村を守るんでしょ?」
私はいたずらっぽく笑う
「そうだな」
彼も笑いながら遠くを見つめているようだ
風が哭く
「そうだ、聞きたいことがあったの」
沈黙を破るために私が話し始める。
「なんだ?」
「あなたはマナが無いのに、どうやってあんなに高い身体能力を発揮できるの?」
「なんでそんな事が気になるんだ?」
葵はキョトンとした顔で私を見つめる。
「なんでって、砦の前で戦闘した時は、新人類にとって普通の動きだと思った、でも旧人類の基準からするとあの動きは異常よ?」
私は少し真剣な表情で戦闘を思い返す。
あの剣さばきや、剣圧、ハルの攻撃を躱した際の動きや反応速度。
その全てが新人類の動きに全く劣らない、いや平均以上と言っていいものだった。
「異常ってのはヒドイな」
悲しげな笑顔を浮かべている。
「ごめんなさい!あなたを傷つけるつもりではなかったの」
「わかってるよ、お前は旧人類の研究者だ。その旧人類がこうして目の前にいるから気になるんだろ?」
今度は意地悪な笑みを浮かべた。
「そうじゃないと言えば嘘になるわね」
いや、葵の言った通りである、私はこの好奇心と探求心を抑えられないのだ。
だからこうして葵と二人きりで話がしたいと思った。
「俺の動きか・・・結論だけいうと"己を知っているから"かな?」
「己を知っている?」
「あぁ、人間誰しも肉体の限界点というモノがある。これは旧人類、新人類問わずな」
うんうん、と私は頷く。
「だが新人類は、マナで肉体を強化する前提で考えているから、己自身の肉体の限界というものを知らないんだ。肉体の限界、というよりも、マナの限界だと考えてしまう。」
「それは確かにそうね、筋骨隆々の肉体の男性が、マナ量が多いだけの女性に腕相撲で負ける、というのは、そう珍しくない光景ね」
「だから新人類は自分自身の肉体を鍛えるという事はあまりしない、無駄だからな。だが自身の肉体を使わなければ体の癖や、限界点など分かるはずもない。」
「でも模擬戦闘や試合形式の闘いは軍人ならみんなしてるわよ?これも体を使うって事じゃないの?」
私は反論を挟む。
「闘いに勝つために必要なのは、敵の肉体を知ることだ。」
葵は私に向き合い刀を構えるフリをする。
「敵の癖、肉体の限界を見極め、その隙を突き、殺す。」
その手には握られていないはずの刀を私に振り下ろす、その表情と、プレッシャーに私は身じろぎしてしまった。
ふぅ、と息を吐き、先ほどまでの葵に戻る。
「俺は己の肉体を知る事と、相手の肉体を知る事。その両方を極めようとしている。」
葵は何か気づいたように、あっ、と言った。
「質問の答えになってなかったな、少し脱線してしまった。」
ポリポリと後ろ頭を掻きながら反省しているようだ。
「なぜあれだけの力を発揮できるかだったな、それは自分の出せる最大限界点の力を、極一瞬で引き出せるからだ。刀を振る瞬間、刀が敵に触れる瞬間、地面を蹴り上げる瞬間、その瞬間瞬間に最大の力を出せること、それがあの動きの理由だ。」
「それは新人類にも可能なのかしら?」
「もちろんだ、なんならマナの使える新人類が出来るようになれば俺なんて全く歯が立たなくなるな、ただ・・・」
「ただ?」
「俺が今の段階になるまでに、7年かかった。地面に這いつくばり、血反吐を吐いた7年だった、それをマナという便利な力を持った新人類が続けられるとは思わないけどな。」
ニヤリと笑う葵。
「確かに無理ね。」
苦笑いするしかない私。
「そういえば7年って言ってたけど、それはあなたに技術を教えてくれた人に会ってからって事?」
「いやそこからだともう9年だな。7年で新人類と戦う力を身につけ、それから今までは、鍛錬と殺し合いの日々だ。」
という事は彼は年端もいかぬ頃から殺しの術を教わり、そして血に塗れた人生を過ごしてきたのか。
私に新たな、いや会った時から持ち合わせていた疑問が浮かび上がった。
「そういえばあなたって何歳なの?」
私はまだ葵の名前と、旧人類だという事しか知らない事に気づいた。
「俺は今年17だ」
若く見える、というと語弊があるが、私は葵を最初見たとき14~5歳だと思った、が、それよりも年を重ねていたとは・・・ただ私の年下である事に変わりはない。
「そういうお前はいくつなんだよ」
「女性に年齢を聞くなんてマナーがなってないわね」
私はわざとらしくプイと横を向く。
「お前は俺に歳を聞いたくせに・・・」
「男には聞いていいの!」
「理不尽なんてもんじゃないな」
その通りである。
「まぁヒントだけ出してあげる、あなたよりも年上よ」
「そうは見えないな」
「・・・褒め言葉として受け取っておくわ」
深くは追及しない、してしまうとダメージを受ける気がした。
「そうだ、あなたに色々なことを教えてくれた先生?の、名前とか分からないの?それだけ強いんだったら有名な人かも」
「名前はわからない、分かるのは伸びきったぼさぼさの髪に、白いぼろぼろのマントを羽織ったおっさんってことくらいだな、それと、一つ断わっておくが、先生なんかじゃない、俺にとっては倒す存在だ。」
「ライバルみたいな?」
「そんなもんじゃない、あんな糞野郎は」
並々ならぬ怒りを感じる。
「一週間に何度か村を訪れ、敵を殺し、タダ飯を喰らい、そして俺をボコボコにして去っていく、ムカつく野郎だ。」
「教えを請うたんじゃなかったの?」
「あぁそうだよ、その日に俺はあいつに叩きのめされた、まだ8歳だった俺をだ」
恨む気持ちの根源がわかった。
「俺は悔しくて悔しくて泣き続けたよ、それから数日後にまた俺の前に現れ、完膚なきまでに叩きのめされた。そうして言った言葉が『悔しかったら強くなれ』だ」
プルプルと拳が震えている
「それから俺はやつをぶちのめすためだけに己を鍛え続け、やつの技を盗み、そして倒される。その日々を繰り返すうちに俺はこうなった。」
「いつ彼はいなくなったの?」
「そんな日々を繰り返して7年後、ついに俺は奴に一撃を喰らわせてやった・・・とは言ってもマントに少し切り傷をつけたくらいだが・・・その日からあいつは現れなくなった。」
「認めてもらったって事じゃないの?」
ふん、と怒りを込めて強く鼻息を吐き出す。
「俺に負けるのが嫌で逃げ出しただけだよ」
私は乾いた笑いしか出てこなかった。
「そういえば」
くだらない世間話を少しして、私はふと思った。
「どうして第三分隊はこの砦を村と思ったのかしら?普通なら村じゃなくて砦、とか城壁とか言わない?」
「それは明日の朝分かるさ」
微笑む葵。
「さて長話をし過ぎたな、そろそろ部屋へ案内するよ、風も冷たいし体が冷える。それに明日は早いんだろ?」
「えぇ、ただ・・・」
「ただ?」
「ただ最後にひとつだけ」
私は彼と二人きりになった目的を果たすため、長くなるであろう話を始める。




