旧人類
砦の大きな門が開き、私たちは中へと案内された。
夜の訪問者に何事かといった様子で住人たちが次々と顔を覗かせる。
「こんな夜にすまない、今晩だけこいつらに宿と食事を提供しようと思う!」
葵は不安そうな住人たちに言葉を続ける。
「こいつらはルート皇国の軍人だ!だが悪いやつらじゃない、それは俺が保証する!!」
住人は口々に、
葵がそういうなら
といった旨の事を話している。
彼はこの年齢ながら、住人達から絶大なる信頼を寄せられているようだ。
そんな中、一人の老齢の男性が私たちの前へ現れた。
見た目は気の良さそうなご老体といった容貌だが、私はその風格に自然と頭が下がる。
「ファッファッファ、こんな老いぼれにその様に気を使われなさるな」
私は葵にこの方は誰なの?と視線で問いかける。
「紹介が遅れたな、この方がこの村の長だ」
私の視線を知ってか知らずか紹介をする葵
「申し遅れました、私はルート皇国軍西方攻撃隊・第三小隊所属・第二分隊隊長、綾深キキョウと申します。」
今度は自己紹介も含め再度頭を下げる。
「これはこれは、その様に丁寧な挨拶を、わたしこそ申し遅れました、このサイカ村の村長、の様なモノをしております、カイ爺というものです」
カイ爺と名乗ったご老体もペコリと頭を下げる。
「さて、葵がこの中にご案内した、という事は、あなた方はお客人じゃ、そのご様子じゃさぞお疲れであろう、なんのおもてなしも出来ませんが、体を少しでも休めていってくだされ」
「ありがとうございます、ですが少し村長殿にお尋ねしたいことがあります。」
村長はフォッフォッと笑いながらこう言った
「ふむ、聞きたいことは"少し"では収まらなそうな顔をなされておる、一度汗や泥を流し、スッキリしたところで夕食でもつつきながらお話、というのはどうですかな?」
確かに今の私たちは、川を流され、森の中を歩いてきたため、お世辞にも綺麗な身なりとは言い難い。
これで話や夕食、というのは失礼極まるだろう。
「失礼いたしました。村長殿」
私は深々と頭を下げる。
「頭を上げてくだされ、さぁ葵、お客人たちを風呂にご案内して差し上げなさい」
「こっちだ」
葵がコクリと頷き、私たちを風呂場へと案内しようとする。
「ああそうじゃ、キキョウさん、と言いなされたな」
後ろから呼び止めるように、村長の声が聞こえた
私は少し足を止め振り返り、一言肯定の返答をする。
「わしの事は村長殿、などと仰々しい言い方ではなく、カイ爺と呼んでくだされ。」
そして何か暗い含みを持たせ言葉を続ける。
「わしはそれ以上でもそれ以下でもない。」
「はい善処いたします。」
私はそう答えるに留まった。
「引き留めてすまんかったのう、それではいってらっしゃい」
カイ爺が笑顔で私たちを見送る。
私はカイ爺の笑顔を背に、葵の後を追う
葵にも感じた違和感を、その老人にも感じながら
風呂場へ向かう道中、何か月も離れていたようにも感じるアルド姉弟とようやく話をした。
「2人とも無事で本当によかった!」
2人はぶっきらぼうに
「私たちが」
「死ぬわけないだろ」
この2人の会話法もなぜか新鮮に感じた。
「2人も川に流されたのね、そういえば高鹿索敵士は?」
忘れていたわけでは決してないが、先に2人と会えた喜びの方が勝ってしまったのも事実だ。
「ユウキの所在は」
「私たちも知らないわ」
「そうか・・・キク、まだリンクは繋がっているんだな?」
私は最後尾をきょろきょろしながらついてきているキクに確認する。
≪はい、リンクは今も健在です、通信もしようとすれば出来ます≫
「いや、通信は、やはりしないほうがいいだろう、この場所がもし敵にばれれば、サイカ村の人たちに多大な迷惑をかけてしまう」
その言葉にピクリと反応し、こちらを振り返る葵
「この村に被害を与えるようなことは断じて許さん」
「もちろんわかっているわ、そんな事は絶対にしないし、させないわ」
「そうか、ならいい」
葵はまた前に向き直る
「ところで、お前はさっき一体何と会話していたんだ」
「あ~そうか、あなたとキクはリンクしていないから会話は聞こえないのよね。あっ、リンクっていうのは、後ろの桃髪の女の子の能力で、お互いに頭の中で会話ができるのよ」
わたしは彼に説明をする。
「それは便利な能力だな、しかしなぜお前はそれを使わない」
「私はちょっと苦手なのよね、伝えたい相手に伝わらなかったり、あと心の声も聞こえちゃいそうだし」
そういえば昼間もこんな会話をしたような気がする・・・
「そうか、お前バカなんだな」
背中からバカ笑いが聞こえる。
その声の発生源に"事故"で蹴りを入れ、私は風呂場への道を急いだ。
「左が女湯で、右が男湯だ」
葵が暖簾を指し示す。
その暖簾に私は心奪われる。
「これは!この土地がまだ日本と呼ばれていた時代に旧人類が使っていたというあの暖簾なの!?あ~~初めて見ることができた!目に焼き付けておかねば!!」
私の情熱とは反対に空気が冷めていく気がしたが、そんな事はお構いなしに、私は暖簾と熱い抱擁を交わす。
「早く行くわよ」
ハルに首根っこを掴まれ私は脱衣所へと引きずり込まれていった。
「・・・俺たちもいくか、アキ」
私たち3人は水浸しの泥だらけになった軍服を乱雑に脱ぎ捨て風呂場へと我先に向かう。
その先に広がる光景に私は感極まった。
「これは!!」
浴場に広がる私の嬌声
「旧人類が好んだといわれる温泉じゃないか!!しかもその時代の姿をそのまま再現されている!!正に生きた化石!!!」
興奮する私をよそに湯船に浸かろうとする2人を全力で止める。
「ちょっっっっと待っっっっったぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
全く変貌してしまった私にボーゼンとする2人
「いきなり湯船につかろうとは何事よ!!」
「隊長こそ何事だ?」
いつものポーカーフェイスが崩れてしまっているハルに、私は心得を伝授する。
「ひとーつ、掛け湯をせずして浸かるなかれ!!」
私は一糸纏わぬ姿で両手を腰に当て絶叫する。
「≪ごめんなさい」≫
頭と耳に2人の声が届く。
その顔は驚きから憐みへと表情を映し変えていた。
すると聞き覚えのある声が少し離れた所から聞こえる。
「さっきからうるせぇんだよ!男湯と壁一枚で遮られてるだけで、上の隙間からてめーの声が全部筒抜けだ!!」
ショウゴの怒鳴り声がする。
「悪かったわね!あっ!!もしかしてあんたらもいきなり湯船に入ろうとかしてないわよね!!」
「こっちは葵が静かに丁寧に教えてくれたよ!」
そして女湯にまで聞こえる大きなため息をつき、ショウゴが続ける
「ったくもうちょっと『あ~ハル胸おっきくなったんじゃない?』とか『わたしももっと大きくなりたい』とかそういう色っぽい会話が聞けるかとゴボゴボゴボゴボ○o。.」
途中まで気色の悪い声色で、気色の悪い内容の話をしていたショウゴの声が水泡の音へと変わる。
ボソッと一言アキの声が聞こえた
「他はいいとしてハルをそんな気色の悪い妄想に登場させるな」
ハルの顔が歓喜と恥じらいに染まる。
他はいいのか、他は!
「ふぅ~~いいお湯だったわね♪」
私たちは村人が用意してくれた、これも旧人類の衣"浴衣"に袖を通し、上機嫌でまたも葵の後を付いていく。
「隊長がいなければ私たちもそういった感想を言っていたかもね」
ハルがうんざりしながらぼやく
≪あれから30分ずっと興奮し続けてましたからね≫
心ここにあらずといった風のキク
「だって暖簾に温泉に浴衣よ!?これが興奮せずにいられますか!!」
私は鼻息荒く力説する。
「はぁ~うちの隊長にこんな一面があったとはな・・・なぁアキ」
ショウゴもげんなりとしている
「もう二度とこの隊で一緒になど風呂には入らない」
後悔と反省を胸に刻むアキ
「さぁ着いたぞ」
重厚な、飾り気のない扉の前で立ち止まる葵
すると同時に軋む音を立てながら扉が開く。
その先には・・・
「畳だーーーー!!!♪♪」
私の記憶はそこで一度途切れた。
気づくと私は、畳の上で大の字になっていた。
みな食事をとりながら談笑しているようだ。
「あれ?えーっと私は・・・」
「おう起きたか隊長、いきなりぶっ倒れるからビックリしたぜ、多分温泉でのぼせちまったんだろ」
そうなのか・・・のぼせると後頭部に痛みが走るとは、これは新発見かもしれないな。
そう思い、頭をさすりながらテーブルの上に並ぶ料理を眺める。
そこには川の幸と山の幸が、今は亡き"和食"として、調理され溢れかえっている。
「これは・・・!!」
私のボルテージが最高潮に達しようとした、その瞬間
≪「「「「そこで止めろ」」」」≫
という多重攻撃に遭い収束してゆく。
「フォッフォッフォッ楽しそうで何よりだ、キキョウ殿は旧人類のモノには目がないようじゃな」
テーブルの一番奥に座しているカイ爺が笑いかける。
「はい!私は軍に配属されるまで、皇学校にて研究に没頭しておりました。軍に配属されなければ、今でも研究室で旧人類の遺した資料を読みふけっていたでしょう・・・あぁ~でも軍に配属されたからこそ、今私はこの貴重な生きた資料に出a・ガフっ」
隣にいたショウゴにまたも頭を叩かれる。
覚えておけよ・・・
「フォフォ、でキキョウ殿は聞きたいことが山ほど・・・いや"少しばかり"あるのじゃろう?」
いたずらな笑みを浮かべるご老体
自然と背筋を伸ばしてしまう
「はい、まずはこのサイカ村についてです」
私は軍人としての自分を取り戻した。
「ふむ、そうじゃなぁ、少し長くなるが・・・しかしこの村の成り立ちの話には、そなたらの聞きたいことの答えも多々含まれておるじゃろうから、まぁ気を張らず聞いてくだされ。」
カイ爺はどこか遠くを見つめるように宙空に語り掛ける。
「この村は1000年前に出来た、そう第三次世界大戦の終結から数年後といったところかの。みなさん放射能、という言葉はもちろん知っておるの?」
私たちへと視線を向ける。
「はい、私たち新人類を生み出したモノですから」
少しかすれた声でうむ、と呟くカイ爺
「今では人類は、その放射能に適応しておる、それは新人類への進化という形を取ってな」
どこか物悲しそうに
「しかし、旧人類にとってはそれは猛毒じゃ、更に目に見えず、今目の前に存在していても全く気付かぬ猛毒じゃ。第三次世界大戦により、その放射能は世界各地、ありとあらゆる場所に大変な濃度で存在し、核兵器の被害をかろうじて免れた人々をじわじわと苦しめていったと聞く」
「それも旧人類絶滅の一因として考えられていますね」
私は相槌を打つ。
「そうじゃな、その当時の人間の寿命は長くて30年程だったそうじゃ」
私もそれは、様々な資料に記載されている情報であるため知っている。
「しかし、その為に生命サイクルが早くなり、進化が急速に進んだという側面もあります。」
これも研究資料として有名なものだ。
「全く持ってその通りじゃ、そして放射能に耐性を持った人間同士が交配し、今の新人類が生まれた。」
私もそう聞いている。
「みな、そう教わったじゃろう」
一同に肯定の表情、しぐさ、言動をする
「それは間違いではない、間違いではないが抜けている情報がある」
「抜けている情報とは?」
私は半身を乗り出す
「放射能というのは極端に放射線量が高い場所が出来る、反面低い場所もできるという側面がある、放射線量の高い地域に暮らす人間は、毒に侵され極短命に終わる、10代前半で死ぬなどザラじゃ、しかし低い地域の人間はそんな時代でも50年生きた。」
確かにそういった話もあるが・・・
「それがどうしたというのですか」
「まぁまぁ、話は少し長くなると言うたじゃろ、短気は損気じゃぞ」
軽くたしなめられ、おとなしく話を聞こうと体を元の位置へと戻す。
「さてとどこまで話したか・・・あぁそうじゃ寿命の話じゃな、まぁ黙って聞いてるのも退屈じゃろうし、質問でもしてみるかの、あ~そこの青い髪の女の子」
アキと寄り添いあうように座っているハルが、私か、という表情を浮かべる。
「なんでしょうか?」
「寿命が長くなるという事は生命サイクルはどうなる?」
「もちろん遅くなります」
やれやれと言った感じの態度を前面に出す
「うむ、それでは生命サイクルが遅くなるという事は進化はどうじゃ?」
「もちろん進化速度も遅くなります。」
「それでは次はピンク色の髪の少女に聞こうかの」
≪わ、わたしですか!?≫
しかしその声はカイ爺には聞こえない。
「すみません、彼女は声を出すのが少し苦手で・・・私が彼女の声を伝えさせていただきます。」
私は挙手し、返答を待つ
「そういう事情があったとは、知らぬとはいえ失礼した」
心より申し訳なさそうに謝罪するカイ爺
「それでは問おう、進化速度が遅くなると言ったがそれはどの程度遅くなるかの」
≪寿命が2倍違うとしたら、その速度も2倍長くなると思います≫
私は一字一句違えず、キクの言葉を私の口で伝える。
「うむ、計算上はそうじゃな、だが生き物の進化、いや人間に限定しての進化ではそれは当てはまらない、とわしは考えておる。わしが考える人間の進化速度は、寿命が2倍長ければ、2乗長くなる」
私はなぜそうなるのか分からず、ただ押し黙っているしかなかった。
「進化というのは遺伝子の変化によって起きる、これは人間も変わりはない。」
私はこらえきれず口を開いてしまう
「ならばなぜ人間だけ進化速度が変わると」
うむ、と一つ頷きカイ爺は続ける。
「人間にあり、他の生物にないもの、意志の力じゃ。その意思の力が遺伝子の変化を生み、進化を促すとわしは考えた。」
「なにを・・・」
バカなことを、と言いそうになる口を必死に噤む
「放射能が溢れる世界において耐性もなくいつ死ぬか分からぬ恐怖と戦い、それでもなお生きたいと願い、自らの子を残すことだけに心血を注いだ人間、その意思の力が、新人類と呼ばれる新たなる種を生み出した、わしはそう考えておる」
私は我慢できなくなってしまった。
「なにをバカなことをおっしゃる、進化とは自然の摂理、偶然という名の必然、そこに人間の意思や感情が介在する余地などなにもない!それはあり得ないことだ!!」
私は強く断言した
「果たして本当にありえないといえるかの?」
「はい言えます!根拠も物的証拠もなにもない、居もしない神を崇めるジャニウェール教国人の言いそうな、戯言のようなものです」
「そこまで言い切るとは大した自身じゃ、ならば証拠があればどうじゃ?」
「証拠?・・・ですか?」
私は虚を突かれた、そんなもの存在するはずがない、私たちの遺伝子を調べる技術力があったとしても、意思の力が遺伝子に作用したかどうかなど、わかるはずもない。
「そんなものあるはずが・・・」
「あるんじゃよ」
自信満々に答える老骨
「どこに・・・」
「おぬしの目の前じゃ」
「私の目の前・・・?」
そこにはカイ爺がいる
「"わし"じゃよ」
「は?」
「"わし"というより"わしら"じゃな」
指さす先には葵がいる
「どういう意味ですか」
私はまだ頭の中の整理が追いつかない
他の者たちも話に付いていくのがやっと、といった様相である。
「わしらは旧人類じゃ」
私の脳はついに、活動を停止してしまった
「旧人類と新人類の大きな違いとはなんじゃ?そこの金色の髪の青年よ」
今度はショウゴへと質問の矛先を変える
「えっと・・・能力があるかないか?」
自信無さげな表情と語尾で答える
「惜しいのう、その能力の発生源はなんじゃ?」
あっ!と言った表情で気づいたショウゴは今度は自信満々に答える
「マナがあるか、ないかだ!」
「正解じゃ」
よし!っと嬉しそうなショウゴを放って、私はまた半身を乗り出す
「それではあなた方にはマナがないと!?」
「そうじゃ、この村でもマナが全くないのは、もうわしと葵だけになったがの」
そんな、信じられない
全ての人間・・・いや、新人類には差はあるものの、マナは必ず存在している。
マナの量が多い人間は能力を発現させる事ができ、少ないものは能力自体が使えない。
それでも能力が使えない人間にも、必ずマナは存在しているのだ。
それがない?
「ぬしら新人類、特に能力を使えるほどマナ量の多い人間は、他の人間のマナを少しばかりは感じられると聞いた。」
「はい、視認近距離であれば多少は・・・」
「ならわしを見て、葵を見てどう感じる。」
私はテーブルの向かいに座る葵をじっと見つめる。
・・・そうか、それが2人を初めて見た時に感じた違和感なのだ。
他の者たちも同様の違和感を感じていたのだろう、どこか納得しているように感じる。
「フォッフォッフォッ分かってくれたかの?」
「・・・はい」
2人からマナの気配は全く感じられなかった。
「さて、なぜ未だにわしらのような旧人類が存在しているか、それが一番最初の質問の答えじゃ」
「最初の方にわしは放射能について、放射線量が高い場所があれば低い場所もあるといったな」
私たちは頷く。
それを確認したカイ爺は話を続ける。
「結論からいうと、ここには放射能は存在しなかった。"存在しなかった"と過去形なのは、その後放射能が流れ込んできたからだが、流れ込んできたのは第三次世界大戦後、100年も後の事じゃ」
「そんな場所が・・・」
私はただただ驚くのみだ、いや先ほどから驚きっぱなしというほうが正しいか。
「流れ込んできた量も猛毒というには程遠いわずかなモノじゃった。わしらのご先祖様は、それはもうみな長寿で、天寿を全うしたという、そうする内に人が増え、集落を作り、村となった。そして争いに巻き込まれぬ様、砦を気づいた。それがこのサイカ村じゃ」
「また話は少し戻るが、進化を促すのは人の意思、生きたいという感情じゃと言った」
「はい。」
「天寿を全うできる人間がそんな切迫した感情を持ち合わせるかの?」
「そうとは思えません」
「その通りじゃ、そうしてご先祖様、そしてわしと葵は、進化から取り残された」
少しの沈黙ののち、カイ爺が口を開く
「さて他に聞きたいことはあるかの?」
私は考えていた質問をすっかり忘れていた。
口を突いて出たのは好奇心からの質問であった。
「どうして未だに刀や銃といった、旧人類の武器が現存しているのですか?」
「その質問には俺が答えます。」
葵が何かを話し始めようとするカイ爺を手で制する。
「このサイカ村はルート皇国と、ジャニウェール教国の支配地の境目近くに存在している。時に両国の兵士がお前たちの様に、迷い込み、偶然辿り着くことがある」
たしかに私たちも偶然ここに辿り着いたようなものだ。
「そして辿り着いた時に取る行動とは何か」
私は嫌な予感しか感じなかった。
「略奪だ。食料や、時には女子供を連れ去る」
葵は両手を握りしめ震わせている。
「そんな・・・戦争協定第三条に違反しているわ」
戦争協定第三条とは、要約すると民間人が戦争に巻き込まれないように、また巻き込まれたとしてもその生命や、財産を全ての軍人が最大限の力で守らなければいけないという条約である。
ただし、民間人が軍に危害を加え、軍人の生命の危機にある場合はこの条約は無効とされる。
なので葵との戦闘は第三条違反とは言い難い。
「第三条か、そんなものは俺達には適用されない、サイカ村は存在しない村だ。そこに住む俺たちもいるはずがない民間人だからな。それにその第三条を盾に抵抗したこともあったらしい」
「結果は?」
私は結果が目に見えているにも関わらず、軍人として一縷の望みをかけずにはいられなかった。
「結果か・・・『お前たちが拒否することによって我々の生命が危ぶまれた、よって第三条を無効とする』そんなことをいって、更にヒドイ仕打ちを受けたらしい」
私はどちらの軍かはわからないが、その暴漢に対しての怒りを禁じえなかった。
「そいつらに反撃は?」
私は素朴な疑問をぶつける。
「俺たちは進化から取り残された旧人類、今では俺とカイ爺以外はマナを持っているが、能力を発現するなど程遠い量のマナだ。」
葵は悲しみの表情を浮かべる。
「相手は軍人、みな能力を使える者たちばかりだ。俺たちはただ暴力の嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。」
そこに憎しみが入り混じる。
「俺の両親も殺されたよ」
私たちはなんと恵まれた世界で生きてきたのだろう。
「だがその時1人の男が現れた。」
彼の表情に希望と殺意が交差する。
「彼は敵を全て殺し尽した、そして彼はこう言った『君たちには技術がある、なぜそれを武器として戦わない』とな。」
葵が一度間をあける。
「俺達には超能力はない、だからこそ生き延びるために道具が必要だった。狩りに使うために鉄を打ち、猛獣を威嚇するために火薬を使った、他にも様々な旧人類の道具を使わないと我々は生き残ることはできなかった。それに伴って、それらを作成する技術やノウハウを、先祖代々受け継いできた、という事だ」
「そうだったのね」
「あぁ、これがお前の質問に対しての答えだ。」
私は質問など、すでにどうでもよく、葵の話の先が気になった。
「それで鉄を打つ技術を刀に、火薬の技術を銃へと転用したのね。でもどうしてあなただけが戦っているの?刀はともかく銃はどんな人間が使ってもそれなりの威力を発揮する武器よね?」
目を閉じる葵、そしてこう続ける。
「みな奪われることに慣れきってしまっていたんだ、疲れ切っていたと言ってもいい、戦う気力を失うほどに、しかし俺は両親を殺された憎しみや悲しみに慣れることなど出来なかった・・・そして俺は彼に教えを乞うた、彼は彼の全てを俺に叩き込んだ、すべての武器の使い方、戦い方、そして敵の殺し方を」
葵の目が力強く、まっすぐに私の目を見つめる。
「そして今、俺は戦うために村人たちに武器を作ってもらっている。」
見たところ幼い少年が、もうこんな目をしているなんて・・・戦争とはかくも悲惨な
またも沈黙が続いた後、ハルが口を開く
「そういえば隊長、第三分隊は?」
そうだ!
「それよ!私が聞きたかったのは!」
私は葵の方へ勢いよく顔を向ける
「外の森近くに、大量の、しかもまだ乾ききっていない血痕があった!あれはなに!?」
葵は私の勢いに少し気圧されながらも、すぐに平静を取り戻し返答する。
「あれか、あれはお前達の仲間と、ジャニウェール教国のやつらの血だ」
「まさかあなたが・・・」
首を横に振りつつ
「俺が戦闘に気づいたとき、お前達の仲間はジャニウェールのやつらに全滅させられそうになっていた、そして俺がその場に辿り着いたときには、すでにお前たちの仲間は全滅していた、その後俺がジャニウェール軍と戦闘を開始し、皆殺しにした」
淡々と、ただただ冷静に答える
「・・・遺体はどうしたの?」
「俺が全て埋葬した、なんなら明日、その場所へ案内しよう、ただ・・・」
「ただ?」
「その場所をお前達の本部などに連絡しないことが条件だ、その場所を教えるということはつまり、この村の場所を教えるということになるからな」
「わかったわ・・・上官には生死不明の戦死ということで伝える」
私はこの場にいる隊員の顔を見ながら
「わかったわね、この村の事や話した内容全て他言無用よ!」
各々が了承した
それを確認したカイ爺が口を開く
「さぁ話はここまでじゃ、せっかくの料理が冷めてしまう、腹一杯食べて今日は休みなされ」
そのしわくちゃの笑顔に心を少し洗われ、私たちは
空腹をただただ満たすことに集中した。




