02.出口がない迷路は不良品【Side彼】
「……んぅ、むがっ」
「はーい、二十秒経過―」
「んんっ、……やめ、ろよ……」
また、兄貴が変なことやったな。鼻呼吸ができないだろーが、苦しいっつーの。
ぺしっと鼻をつまんだ手を振り払って、ぼんやりとする頭で起き上がる。息苦しさに目覚めると、そこには何故だか目を座らせたディーが俺を見下ろしていた。
「おはようございます、こんばんは。ご機嫌いかがですか?」
「うぇあ、あぁ……うん。おはよう?」
あれ? ディー……? 俺が来たとき、ディーは続き部屋で寝てなかったか?
ていうか、あれ? 怒ってる?
「ん……。でぃー、怒ってる?」
「怒ってませんよ、えぇこれっぽっちも微塵も怒ってなんかいるはずないじゃないですかアハハハハ」
「……本当にか?」
ぼんやりとする頭で、こてんと首を傾げてディーを見上げた。
正直、まだ寝足りない……。
「怒ってないから、その女としてなにか負けたような気がする仕草とか色気とかその他もろもろ出すのやめてくれませんかかなり真面目に本気で」
一息で言い切ったその雰囲気が、どうしてか怒ってるように見えて仕方ないんだけどなぁ……。いや、でも伝わってくる感情が激しい感情じゃないから、きっと怒ってはいないんだろうとは思うけどさ。
……あぁ、分かった。
「ディー」
「な、にぃっ!?」
眠いんだろ、ディーも。
窓の外はまだ暗いまま。ぼんやりと射してくる月明かりは高い位置にあるから、きっとまだ深夜だ。
だから眠くて機嫌が悪いってことだろ?
ぐい、とディーの腕を引いて俺が寝そべっているソファーへと引っ張り込んだ。まぁ、場所がないから俺の上になったけど。
「ちょっと、ビス!」
夜中だからって小声で怒るディー。
……あれ? 違ったか?
でも、まぁいいや。こうして掴んでいれば、ディーは逃げないだろうし。
「離して」
「やだ」
「やだじゃなくて、重いでしょ? ていうか、近いから!」
「だめ」
「駄々こねる子どもか、あんたは」
ぺし、と軽く額を叩かれた。痛くないけど、抵抗されても離さないからな、もう。
「少し目を離すと、ディーは勝手に消えちまうから……だめ」
「だから、それは」
「もう、会えなくなるのは嫌だ」
……あの子みたいに。
果たした約束の報告ですら自分で出来ないくらい、そんな遠い世界に消えてしまうなんて。またあの何十年も寂しい思いをしないといけないなんて。
そんなの、嫌だ。
まして、ディーは契約者だ。
一番近いもの。一番守らないといけないもの。一番、そばにいて欲しいもの。
前よりも繋がりが濃いんだ。
一度は手放せた。みっともなく引き止めて還すことができた。
でも、二度目は?
また、ディーが消えてしまったら?
ウヌディビティバルドゥがいない今、誰もディーを還すことなんかできない。だからずっとディーはここにいる。
そのことに安心していた。のに、ディー消えた。
……思った以上に、俺精神的に弱いな。
「……あー、スミマセン。その儚さそうな雰囲気出すのやめてもらえませんか。なんか、こう、似合いすぎて洒落にならないから」
「……ディーって、本当にシリアスな場面ぶち壊すの得意だよな」
「シリアス嫌いだもん」
しれっと“だもん”とか言われても可愛げがねぇぞ。
てい、とお返しにディーの鼻先を押し上げた。
「豚鼻」
「やめいっ!」
「お返しだっつーの。今度はもっと普通に起こせよな」
「そこでビスが寝ていたのが悪い」
「何その理不尽な理由!?」
意味わかんないんだけど!
寝室入るのはさすがにまずいよなーとか思って、気配だけ確認して起きるまで待ってようとか、こっちで待ってただけなのに!
ディーに常識的に考えての措置なんだよ! と抗議したら、何言ってんの? と体を起こしながら、呆れた目で見下ろされた。
「普通の女の子だったら妥当な判断だったと思うけど、よく考えてみなよ」
「何が?」
「あたし、ビスに寝顔見られてるし。ついでに見てるから今更だよね」
「いつ!?」
「砂嵐に飛ばされたとき」
……そう言えば、そんなこともあったっけなぁ。
「それに、あっちにはスバルもいるしね、問題ないでしょ」
「いやいやいや! 問題大アリだから! 何一緒に寝てんだよ!?」
「猫と一緒に寝て何が悪いの!? もふもふは正義でしょっ!?」
意外と暖かいんだよっ!? と力説してくるディー。
いや、そうじゃねぇ。そう言う問題じゃねぇんだよっ!
あいつ、獣魔の野郎だからなっ!? いくら猫の姿がとれたって、オスだからなっ!?
「……ディー、とりあえず、世界の良識からきっちり勉強しなおそうぜ?」
「うわ、その言葉ビスにだけは言われたくなかったかも」
「俺も、誰かに『勉強しろ』なんて言う日が来るとは思わなかった……」
うわぁ、となんとも言えないような顔をして、それから笑った。
二人で、顔を付き合わせながら。
もう、眠気だってどこかへ消えた。
ディーが離して、と再び言った時には、おとなしく手を離した。
大丈夫。今のディーなら、勝手に消えたりしない。
「レモン水でもいい?」
「おう」
チェストの脇にあるサイドテーブルの上に乗せられた水差しから、グラス二つに注がれる水。それをコトンと目の前のテーブルに置いて、ディーは俺の目の前に座った。
くしゃくしゃと前髪をかきあげて、俺もきちんと座りなおす。
「話したいことも、聞きたいことも、たくさんあるんだけど」
「あたしも知りたいことあるから、交互に質問って形でいい?」
「構わねぇぜ。そんじゃ、ディーからどーぞ」
逃げるつもりも、逃がすつもりもない。
だから、全部話してもらおうか。何を考えて、何を思っていたのか。
夜はまだまだ明けそうにねぇしな。時間はたっぷりある。
甘くなりかけたり、シリアスになりかけたりするけど、でもこの二人って絡むと結局はグダグダるよねって。
そんな女子力が明らかにディーよりも高いビスとのターンのはじまりはじまり!
そしてすみません、前回連日更新云々言ってましたが、稲刈りしてたためできませんでした……!
執筆する時間をくだs……




