06.ツッコんだ奴が負け【Side彼?】
《月薔薇の悪魔》。
その言葉を聞いたときは、驚きましたよ。何故人間がこの存在を知っているのか。それだけではなく、それがどのようなことを考えていて、どのように自分たちに恩恵を与えるのか、ということもしっかりと理解している。
珍しく、云十年ぶりに本気で考え始めたオルドビスの言葉から、そうなのだと思わされるのでしたからね。人間の娘……そう、あの地域を治めていると自負しているでしょうあの娘は、決して愚かではない。
そこに集う人間たちの思考がまともで、万全の調子でいたら、きっとその知略で魔族の領地を一つ攻め落としそうな、そんな予感がします。まぁ、あくまでも予感は予感。
それを阻止するのが私たちの役目ですが。
「本当に、手のかかる困った子ですよ」
ふふ、と人型に姿を変え、コツコツと靴音を響かせて長い廊下を進む。ここに住む主は、きっと私が訪れたことに気づいているのでしょう。
そう言うお方ですからね、彼は。
「……あぁ、お前か」
「えぇ、ご機嫌いかがでしょうか」
「そこそこ、いいよ」
きっとね。ぼんやりとした声で、続けられたソレに覇気がないなんて。
……だいぶ見ないうちに弱りましたね、彼の方も。
「弱ってるって、考えているだろう?」
「えぇ。以前見た貴方の姿からは、想像できないくらい小さくなられましたね」
「お前が最後に来たのは、どれくらい前だったか……」
「数十年、数百年前くらいでしょうか」
「あぁ、それなら、間違いなく弱ったよ。あの頃と比べれば、だいぶ、ね」
ほら、と伸ばされた手は、骨と皮ばかりとなり、手を挙げているのも億劫だとでも言うかのように震えている。
……寿命、ですかね。
「死期が近い」
「でしょうね。死の影が強い」
疲れ果てた顔。生気のないうつろな瞳。細く、小さくなった体。
人間ほどではないとしても、私たち竜人族に比べたら、早い寿命。ついこの間、ようやく手を離れて独り立ちしたように感じたのですが……、年の経つのは早い。
「……やっと、と言ったら、お前は怒るかい?」
「怒りはしませんが、あなたのような子どもにやっとなんて言葉を使われたくないですね」
「竜人族のお前からみたら、私は何時まで経っても子どもでしかあるまいよ」
ふぅ、と深く息をついたその様子は、長くないと感じさせられますね。貴方も、また、別れを告げなければいけない相手になるのでしょう。
それは予感ではなく、近い未来確実に起こるであろうソレ。
何度経験したとしても、慣れるようなものではありませんけれどね。
「それで、お前は私の最後を看取りに来たわけではないのだろう? 要件はなんだい?」
「では、簡潔に述べさせていただきましょうか」
「あぁ」
そうは言っても、この方には全てお見通しなのだと思いますけれど。
「貴方、人間に何をさせたいのですか?」
あぁ、失敬。この言い方だと正確ではありませんね。
「正しくは、人間に何を吹き込みました?」
うつろな目が、私を見つめる。落ちる沈黙。
何を考えています?
あなたは、そんな力なき小さな老人の姿となってまで、何をしようとしているのですか?
いくつか、予想はしています。貴方のことだから。
他でもない、私が。魔族を嫌う竜人族の私が“嫌いではない”貴方のことだから、きっとそうなんだろうという答えはありますけれども。
「……それは」
貴方は、薄らと、力なく微笑んだ。
「お前の新しい教え子と関係あるのかい?」
「えぇ。貴方よりも手のかかる、愚直すぎて呆れてしまいそうになる私の教え子が、おおいに関係していますよ」
「そうか。それは、よかった」
泣きそうになりながら、貴方は笑う。
ふふ、とかすれた声で。顔中にしわを刻みながら、笑った。
「お前は、私よりもその子の方が“嫌いではない”だろう?」
「……まぁ、嫌いではないですね」
「それなら、私がやったことも無駄にはならないだろう」
ほぅ、と深く安堵の息をもらすと、疲れたようにからだから力を抜く。そのまま永遠の眠りについてしまうんじゃないかと錯覚させられてしまいそうになるくらい、穏やかで、満ち足りたような表情をしていた。
本当に、貴方は……。
「私は、約束を果たしたいだけ」
「知っています」
「だからこそ、今回の騒動は、利用させてもらった」
「……理解っています」
昔の貴方を知っているからこそ、そうだろうという道筋は見てている。そうだろうという予測は、外れないだろうという確信につながってくる。
……私は、その結果が嫌いではない。
だからこそ、私は昔、貴方の教育者なんていう立場になったのですがね。そうでなければ、貴方のような立場の魔族の下になどいることなど、ありませんでしたからね。
「お前はきっと、分かっているのだろう?」
「八割方の予想は、外れていないと思いますよ」
「なら、一つ。後押しをしてやろう」
お前が動きやすいように。お前の予想を、確信に導けるように。
「私の想いは、お前のもう一人の、嫌いではない方が引き継いでいるよ」
ゆっくりと、紡がれる言葉。
あぁ、やはりそうでしたか。後押しどころか、ただの結論じゃないですかそれ。
そんな言葉を飲み込んで、私は小さな老人となった貴方に感謝の念を込めて、言葉を告げて去りましょう。これ以上、強がらせないように。
「助言、感謝します。言葉を受けたからには、私も一役買わせていただきますよ」
「あぁ、そうしてやってくれ」
「では、これにて。私に最後は看取らせないでくださいよ? 私は、貴方も嫌いではないのですから」
「……あぁ」
背を向け、来た道を引き返す。コツコツと響く靴音が、やけに大きく反響して聞こえるのが気のせいではないのなら、この言葉はきっと聞こえない。
「おやすみなさい、《月薔薇の悪魔》。……前魔王陛下」
ただの独り言は、らしくもない感傷とともに押し出して、姿を変える。青々と広がるこの雄大な大海原のような空に向かって、己の銀翼を広げる。
「……私も、お前が嫌いじゃなかったよ」
風を受けて飛び立つ時に聞こえたような気がしたのも、きっと、この湿っぽい感傷を引きずっていたからだと、そういうことにしておいてあげます。
そうでもしないと、きっと天気雨が降ってしまうでしょうから。
書けども書けども、第二章表題の部分までたどり着けませんナンテコッタイ!
今節ラストはアズラス視点でした。
次節はまたいつもの調子に戻ります、はい。
グダグダとツッコんだりディーの心臓のために(距離感的な意味で)戦います。
そんな感じになるので、でっかいシリアスっぽいのです。
アズラスのこの過去エピソードだけは色々と考えすぎて大きくなりすぎて、削るのが大変でした(むしろ削りすぎたかも←
もちろん「嫌いじゃない」の本当の意味は、わかりますよね(*´∀`*)




