05.ツッコんだ奴が負け【Side彼女】
「いい、スバル。腕一本分の距離から中には近付いちゃいけません」
腕を前に突き出して、これくらいの距離、と実際に示すと、スバルはちょっと不服そうに金色の瞳を細めた。
「何故?」
ぱたぱた、と不機嫌そうに猫耳が動いている。
ま、負けるものか。そんなちょっと可愛いかもしれない、とか思ってほだされそうになってなんかない! えぇ、負けてたまるもんですか!
「これが普通の人と話すときの適正距離だからですっ!」
「マスター、敬語」
「っ、距離だから、スバルはこの距離を守って!」
「……マスター、それは命令なのか?」
ぺたり、と耳を下げて、しゅんとしたように顔を伏せる。
ぐっ、負けない。負けるものか。負けになんかならないわ!
「め、命令とかじゃなくて常識なの!」
「それなら」
「だからこそ、一番そばにいるスバルには守ってもらわないと困るの!」
主にあたしの心臓が!
「……本当に、ダメなのか?」
捨てられた子猫のように、すがるような視線で、見上げてくる。距離が遠いからこそ、全身で落ち込んでいる様子がよくわかるよ。
負けない、負けちゃダメ!
こんな初歩的な教育で負けてどうするの。こんな、猫耳青年の、現代地球の一般常識から考えて、イカレタ姿をしているスバルにほだされてどうするの!
「……ダメ、です!」
「マスター、敬語」
「あぁ、もぅ! だめったらだめなのっ!」
あたしは子どもか。そんなツッコミを心の中で入れつつ、なんでスバルは頷かないんだとちょっとイライラしてきた。
かたくなにうん、と言ってくれないのは、あれですか。今までのこの距離がわざとだからですかそうですか。
あたしの反応を見て楽しんでいたってことですか。
どうせ慣れてないですよ!
「とにもかくにも、適正距離は守って!」
「まぁまぁ、そこまでにして差し上げてくださいなご主人様」
「ミモザもそのご主人様呼びはそこまでにして下さい」
「うふ、ごめんあそばせ?」
うわぁ、それを素で言った人初めて見たよ。
それでもって、ミモザも頷いてくれないのね。二人してなんなの? 嫌がらせなの?
「それにしても、とても有意義な調教時間でしたわぁ」
「そのちょっといかがわしい言い方やめて下さいませんか」
再びごめんあそばせと微笑みながら、あ、訂正。ニヤニヤしなら言ったミモザの言葉に、いい加減疲れてきた。
えーと、ウヌディさまの落し物にはもう、色々と言いたいこととかツッコミたいことがいっぱいあったんだけど、それらはもうあえてスルーしようと思う。
それよりも最優先で、スバルの適正距離を教えよう講座を始めたほうがいのかなって思って、行動に移した。で、今ここ。
優雅にソファーに座るミモザの傍には、相変わらずドライヤーとかフライパンとかあるけど、それらは視界にいれないようにします、えぇ。
「うふふ、ご主人様が従者さまを調教しているように見えて、実は、というパターンですわよね。わたくしには分かりますわ!」
そんな力強く拳を掲げて言い切らないで。いたたまれない。あたしがいたたまれない!
「スバル」
「どうした、マスター」
「適正距離は保つこと。これ、ちゃんと実行してね」
「……どうしてもか、マスター」
「どうしても」
揺らぐな揺らぐな。揺らいでなんかない、あたしは揺らがない!
戸惑ったように瞳を揺らすスバルなんか見てない。視界に映ってませんーっ!
「……スバルは嫌なの?」
「嫌だ」
「即答!?」
そんなに即答で断言しなくてもいいじゃないかって思うのは、あたしだけですかっ!?
「適正距離を定められてしまうと、マスターを守れない」
……キュンとなんかしてないよ。してないってばしてませんっ!
そう、これはちょっと、なんだこの可愛い生き物とか思った反面、あたしの柄じゃなさすぎて反応に困っただけ!
「マスターは、俺が、守るべき相手だから、適正距離は必要ない」
「あたしにとっては必要なんですっ!」
「マスター、敬語」
「っ、必要なの!」
あたしが律儀に言い直しているんだから、スバルも折れてくれ。
じぃっと見つめ合っているのも疲れてきた。でも負けない。ここで負けたらきっとあたしの心臓に平穏は訪れない気がするから!
負けるものか……。
「マスター」
負け、るものか……!
「マスター、ダメか?」
ぐっ、負け、な……
「マスター…」
「……て、適正距離の半分までの譲歩で許して」
ごめんなさい。あたしの心臓。
やっぱり、スバルのこの見捨てられたのかとでも言うかのように揺れる瞳に、あたしは勝てないようです。
くそぅ、完敗だぁ……。
反動。これは反動だったのです。
シリアス展開書いていると、やっぱり書きたくなるよね、くだらないこと。
きっとディーの心の叫びが聞こえていたら
「マスターに、俺は生涯勝てる日はこない。マスターには連敗中だ」
とかなんとかさらっと言ってしまうのがスバルさんだと思います、はい。
前回のビスが感じ取っていた心の動きは、大体この部分の動きです、きっと。
8月6日誤字修正




