03.裏切らない展開予想図【Side彼女2】
この世界は、あたしにとっては異世界。
つまり右も左も分からない世界であって、魔法とか契約とか魔族とか、そんなものはただの空想かゲームの中の存在だったものが、いきなり目の前に現れたようなもの。それに対応した自分を褒めてあげたい。むしろ誰か褒めて。
それで、この世界の神さまに地球へと戻して頂いたんだけど、何故か再びあたしはこの世界にいる。何故でまたここにいるのかは、むしろあたしが聞きたい。
それからは、あたしとよく分からない契約を結んだ魔族のビスの家にお邪魔していたんだけど……。
「だめだ、このままじゃ絶対に堕落する」
ある日そのことにあたしは気がついた。
「いや、むしろもうマダオだわあたし」
「まだお?」
「まるで、だめな、おんな、の頭文字を合わせた造語―」
あぁ、駄目だ。自分で言うのもあれだけど、ものすごく駄目な人間だ。人間失格だ、太宰だ。太宰読まんと! あれ? 思考ですらおかしいぞなんでだ。
「……マスターは全然駄目なんかじゃない」
「うん、気休めの言葉をありがとうスバル」
「気休めなんかじゃなく、マスターは不慣れな土地で頑張っていると思う」
「……スバル」
真顔でそんなことを言ってくれるスバルの肩をがしっと掴んだ。
「このっ、自分で動く必要が無いくらい至れり尽くせりの状態のあたしを見て! 何も頑張ってないから! むしろ、少しくらいお前動けよ高慢すぎるだろ! とかそうやって戒められてもおかしくないから!」
うっわ、なんて嫌な人間! と頭をわしわしと掻き毟った。
なんかもう、美味しい料理ばかり出されて、三時間ごとにホッペが落ちるようなお菓子を出されて……あ、やばい太りそう。それから身体が沈むようなふかふかのベッドで寝て、ごろごろして、高級エステばりのサービスを受けて、目がくらみそうなほど着飾られて……ここはどこぞのスイートルームですか。
「いつか靴下ですら履かせなさい! とか言いそうな自分が嫌あああっ!」
「靴下くらいなら、いつでもやるが」
「ごめんなさい謹んで遠慮させてください」
だからなんてことないような顔で言わないでください。
どうしてこんな状態になったのか、誰か教えてほしいくらいです、わりかし本気で!
竜人族のアズラスさんに相談したら、
「まぁ、オルドビスの契約者なので、これくらいの扱いは当然ですよ」
とさも当たり前のように言われ、じゃあ頼りないけどビスに相談しよう! と思ってビスの元に行ったら、
「ごめんね、オルドビスは今修羅場中なんだ。代わりに僕でよければ君の相手をしようか?」
なんて本当に同じ顔したオルドビスの双子のお兄さんにでくわして、うん。なんか逆に申し訳なくて、丁重に謝って大人しく戻ってきた。
ふふふ、まともな感覚を持っている人なんか、ここにはいないんだよねきっと。
「スバルや」
「ここに」
「あたしちょっと着替えてくるから、何か書くものと、一番地味なコート借りてきてもらえる?」
「分かった」
うなだれたあたしの言葉に素直に従うスバル。うん、ごめんねパシらせちゃって。
ひらひらした、ゴスロリか! とでも言いたくなるようなドレスをえっちらおっちらと脱いで、あたしは着慣れた制服に着替えた。
あぁ、うん。やっぱりこっちの方が落ち着くよね。綺麗に整えてもらった髪も解いて、適当に流す。化粧は、元から軽いからいっか。
「マスター」
「どーぞー」
「羊皮紙と羽根ペ……マスター?」
きょとん、と目を見開いたスバルなんかちょっと新鮮? いつも真顔だもんね、今度から意表をついてみようかな、癖になりそう。
「おぉ、ありがとありがと」
「いや、マスター」
「はいよー?」
スバルが訝しげな顔でこっち見てる。
おぉ、今日だけで二種類の表情を見れたよ! なんかすごいぞ!
「何を」
「散歩です」
「その格好で?」
「散歩です」
「本当に?」
「散歩です」
「散歩なんだな」
「散歩です」
秘儀ごり押し、なんちゃって。
スバルの腕からコート……いや、これはローブ? を受け取って、制服の上から羽織る。よしよし、これで中に何を着てるかは分からないね。
「さーて、あーとーはー」
「マスター、これは?」
「そうそう、って、うん羽根ペンとか使える気がしないんだけど」
「そもそもマスターは文字を知っているのか?」
「しまった! 根本的問題発覚!!」
そうでした! 文字が読めないなら文字も書けないよね!
書けないのに書置き残そうとか、何考えてるんだあたしってばなんてうっかりさん!
「代筆するぞ、マスター」
「いや、あの、それは、いい、です」
「マスター?」
いやいや、内容をね、書いてもらうのは申し訳ないって言うか、それしたらスバルに迷惑を掛けちゃうって言うか……。せっかくここまでごり押しでごまかしてきたのに、それも無意味になっちゃうじゃない。
「マスター、何を考えている?」
ほーら、スバルがちょっと眉を寄せて覗き込んで……いやいやいやいや、近い! 近いから! 顔近いから!
「い、いやあのねスバル! 近いと思うんだよ!」
「近づけているのだからそれは当然だ」
「当たり前のように言わないで!」
そうじゃなくて、あのね!
あたしが言いたいのは、近いから今すぐ離れて! ってことなんだけど!
「俺はマスターと契約している。だからマスターに従属を誓っている」
「いや、そうらしいけどでもそれは不可抗力ってやつで!」
「不可抗力だろうが、それは事実だ。だからマスター」
「なっ、なんでしょう!?」
「マスターの言葉には全て従う。全て必ず実行させる。……隠し事されると、悲しい」
「そこで悲しいとか繋いじゃうんだ!」
いや、言葉の選び方違うと思うんだけど! て言うか、なんであたしスバルにそんなこと言われてるの!?
あっれ、なんかこれおかしくない? 従属しているとか言われてるのに、なんであたしが責められているような気分になるんだあっれー?
「マスターは、これから何をしようとしているんだ?」
ひいいいいっ! あの、ちょっと、頼むからお願いするから! 離れて欲しいんですがっ!
「あのっ、ちょっと! 離れ」
「マスター」
「うわあああああごめんなさいごめんなさいちょっと家出を実行しようかと!」
……あ。
「家出?」
い、言っちゃった。
「マスターはここから出たいのか?」
「いや、あの、ですね。このままじゃ、色々駄目な気がするんですよ、本当に」
何もやらないってことが、一番駄目なんだと思う。
あっちでは、あたしは嫌でも学校に行って勉強をするってことをしていたけど、ここでは何もやることが無い。
何かを手伝おうとしたけれど、種族の違いか魔力ってものがないと話にならないそうで、困った何も手伝えない! な状態。
だから、手っ取り早くこの至れり尽くせりな状況から脱せる手段として、ここから出ると言う選択肢を選んだ。自分のことだけれど、一回くらい辛い思いした方がいいんじゃないかってね。
「さきほども、マダオだとも言っていたな」
「うん、それ他の人から言われるとなんか嫌」
「すまない。だが、マスターはこの状況から脱却したいのだな」
「簡単に言ってしまえば、うん。そう」
スバルはようやくあたしから離れてくれて、それから羽根ペンですらすらと羊皮紙に何かを書き込んでくれた。
「マスター、署名を」
「えっ? あ、うんえっと……」
読めない字が一文。その下に書けってことなんだろうけれど、これなんて書けばいいんだろう?
困ったようにスバルを見上げたら、その首元にあたしとスバルの契約の証である首輪が目に入った。そこにぶらさがるDの字。
……それでいっか。
大文字のDを刻むように書き込むと、スバルは軽くそれを折りたたんで、扉の外にいた誰かに手渡していた。
「では、行くぞマスター」
「え、ちょ!? 行くって、あのスバル!?」
「近くの街までは上手く誤魔化すことくらいはできるが、そこから先は……」
「だからちょっと待って!」
「マスター?」
マスター? じゃないでしょ!
ようやく振り返ってくれたスバルを見上げる。誰かどうしてこうなったのか教えて欲しい。
「スバルも来る必要はないんだよ?」
「……駄目なのか?」
ぺ、ぺたんって! ぺたんって耳が伏せた……!
猫耳がぺたんって!なんだこの心臓を打ち抜かれたような衝動はっ!?
「だ、駄目って言うか、だってこれはあたしのわがままみたいなものだし」
「マスターの滅多に無いわがままに、付き合いたいと思うのも、駄目か?」
だから、その、捨てられた子猫のような雰囲気だすのやめて……!
きゅんて、きゅんってする。拾ってあげたくなる……っ!
「えぇと、だってほら! スバルまで苦労させたくないし!」
「マスターの苦労は半分背負いたい」
「何さらっとこっぱずかしいこと言ってんのこの人!?」
駄目だ全部こんな調子で返されるような気がする。スバルとしばらく一緒にいたから、なんだかそんなことを悟ってきたぞ自分。
「……分かった、スバルの好きにすればいいよ」
「ならば、マスターの傍にいる。常にマスターの傍にあることが、従属しているものの喜びだから」
「だから何さらっとマゾ発言してんのこの人!?」
駄目だ、これ以上まともに相手していると出発する前に疲れ果ててしまう気がする。なんてこったい!
分けるのもどうかと思ったけれど、まぁいっかと分けました。すぐに続き上げます。
そして、あの文面を書いたのはディーじゃなくてスバルでした。
スバルくん今回大活躍? してもらいました。ごめんなさい個人的に大満足です。
今度はアズラスにも別の意味で活躍してもらいたいなぁとか思う今日この頃。




