05.異世界なら全て良し【Side彼】
俺だって魔族とは言え、ウヌディビティバルドゥを目覚めさせることには賛成だ。現魔王は賢いし、神と対立しようとする気は起こしていない……はず。
ディーにその眠りから目覚めさせる役割をさせるのも、まぁ、いいことにしておく。
でも、あの子のことだけは知っておきたい。
いつもはうまく頭が働かなくて、アズラスに怒られてばっかだったけど、今は妙に頭が冴え渡ってる気がする。
一つの、仮定が思い浮かんだ。
「お前が会った、黒髪の女の子。どこに消えた? いや、どこに帰った?」
「え、何。ビスってロリコンだったの!?」
「……空気を読めよな、ディー」
「いや、つい。ちなみに、ロリコンって、幼女趣味って言う意味ね」
「って、そうなのかっ!? いや、俺はそんなんじゃないぞっ!?」
なんて爆弾発言。ついでそんなこと言うなよ。ビックリするだろ、俺が。
張り詰めていたようなシリアスな雰囲気が一気に壊れたような音が聞こえた気がした。いやまぁ、この話でシリアス続けられる気はしなかったけど。
「その“ちきゅう”に、だ」
「!?」
スバルが不思議そうに言った。しっぽがゆらりと揺れている。
「ウヌディビティバルドゥが、責任を持って“ちきゅう”に還すと言って、還された」
自然と視線がディーに向いた。
「地球に……帰れる?」
惚けた顔のまま、それでも喜びが滲みだすディー。
やっぱりな、とどこかで納得した俺がいた。あの子に似ていたディーが異邦人なら、きっとあの子もそうだったんだろうって、なんとなくそんな気はしてた。
ずっとこの世界を捜し回ってても見つからなかったあの子。
名前も知らないけれど、どんな歌だったのか分からないけど……きっともう会えないんだろうけど。
「じゃ、じゃあ、あたしが神さま起こしたら……起こせたらあたしも帰れるかもしれないんだよね?」
「おそらくは」
「やるっ!」
力いっぱいディーは言い切った。
「神様だろうが、力いっぱい殴って叩き起こしてみせる! あたしは、あたしのいた世界に帰る!」
せっかくみつけた契約者に、あっさり帰られると間違いなくアズラスからネチネチ言われるんだろうな、とか。
そんなんで躊躇してたら男が廃るよな。
情けないへたれからは脱出してぇし、ここは協力するか。ディー喜んでるし。
人が喜ぶ感情は、ディーの素直な喜びが直接胸に響いて暖かい。
「よし、あの変な顔まで運べばいいんだろ。任せとけって」
「力加減間違えちゃ駄目だからね」
「大丈夫だって。今のディーのコンディションなら間違えねぇし」
「あぁ、そう言えばプライバシーってもんがないんだよね。筒抜けだったんだっけ」
どこか投げやりに言うディーだけど、本当に落ち込んでるわけでもないみてぇだ。
それだけ帰れるってことが嬉しいらしい。
……別にいいけど。
「いつでもいいのか?」
「あぁ。今すぐでも構わない」
「ビス、お願い」
「了解」
ディーと獣魔を近くに待機させて、俺はゆっくり魔力を集め始めた。
ざわざわと魔力が体中を駆け巡る。
強気で嬉しそうなディーの感情がよりその流れをスムーズにさせる。いつも以上に、流れをつかみやすい気がする。いや、手に取るように分かる。
《我が身に力を与えるもの。オルドビスの名において、我らを望む場所まで運べ!》
ごうと、風が渦を巻くように集まり始めた。
それを凝縮して、足元に空気の層を作る。そしてそれらをまとめて、持ち上げさせる。
《風魔法・飛翼上昇》
ぐんと、体が地面から離れる感覚がする。それでも、足場が内容に思う不安定さはない。
風も力加減を間違えないよう、急に持ち上がらないよう加減しながら徐々にあの顔の元まで近付いていった。
こんなにスムーズにできたの始めてかもしれねぇ。ちょっと感動。
「未知の体験! すごい、浮いてる! でも恐い!」
「恐いのか?」
「足場が見えないから、いつ落ちるか不安で」
「おいこら。俺を信用してねぇのかよ!?」
「今までの魔法経験でどう信用しろと!?」
がっしりと獣魔の腕にしがみついて主張されてもな……。
こう見えてもアズラスに叩き込まれたから、割と魔法は得意な方なんだぜ?
……まぁ、ディーと契約してからまともな魔法の威力の加減はできなかったけど。
「マスター、そう掴まなくても落ちはしない。魔族の腕は本物だ」
「いや、あの、でもね」
「マスターに気を使って、己の力をちゃんと制御している。相当腕の立つ者らしい」
「そりゃどうも」
そう手放しで褒められると、反応に困るんだけどな。
ディーは、やっぱりどこか釈然としない様子で額を押さえてた。なんだよ、何か言いたいのか?
「ディー、言いたいことあんなら言っちまったほうがいいぜ?」
「……いや、いいよ。きっと世界観とか価値観の違いなんだから。うん、きっとそう」
「よくわかんねぇけど、納得したみてぇなら放っとくぞ?」
「ぜひともそうしてくれると嬉しいよ、うん」
何だかどこか投げやりだけど、まぁいっか。俺細かい事はよくわかんねぇし。
風を制御している右手に意識を集中させて、あの顔の位置を確認する。あんまり近付くと風がぶつかってバランス崩すからな。
白い塔が間近に見えて、顔の位置までもうちょっとってところで俺はあることに気がついた。
「なぁ獣魔」
「スバルだ魔族。何か不都合でもあるのか?」
「不都合って言うか、ディーにとって不都合って言うか……」
「あたし?」
きょとんと、ディーは突然自分に話題を振られたことにビックリしたみてぇだ。
「なんで、顔の近くに足場がねぇんだ?」
「は?」
はじゃねぇよ、は? じゃ。
重力じゃなくて風の力を利用しているから、塔の間近までは寄れない。
なんでって、そう言うもんだからだよ。詳しいことを説明できるような頭はもってねぇ。
で、ディーはこれからあの顔を一発殴らなくちゃいけねぇ。
どうやってあの顔まで近付くんだってことだよ、要するに。
「なるほど、言われてみればそうだ。だが、問題はない」
「いやいやいや、説明してよねお願いだから!」
ディーはやけに説明を求めすぎる気がするんだけどな。
まぁ、今は獣魔もいるし俺やらなくていいから丸投げするけど。
「平たく言えば、このまま近くに行くのは危険だ。だから、マスターには直接ぶつかってもらおうと思う」
「すみません、だからの意味が分からないのですが」
「なら、理解する前にやった方が早い」
魔族、と呼ばれた俺はなんとなくこいつのやろうとしてることがわかった気がした。
そんでもって、それをやるのは俺らしいって言うことも。
強行軍って言うか、ただの荒業じゃねぇか。って言う気がすんだけど、まぁ、いっか。それ以外の方法考えんの面倒くせぇし。
「ディー、本当にごめんな」
「……何? なんで謝るの?」
「ぜってぇ後で怒るだろうから。先に謝っとこうと思って」
俺が真面目にそういうと、ディーもこれからやろうとしていることがなんとなく分かったような顔になって……
「いや、まさかのまさかのまさかのことする気じゃないよね?」
「すまないマスター。その、まさかだ」
「ちょっ!?」
これ以上何か言われる前に、俺はさっと右手を振り上げて、風を呼んだ。
強風ともいえる風が、ディーの身体を吹き飛ばす。
……なんとなく分かっただろ? 俺がやったことの意味。
「ビスのばかあああああああああっ!!」
「悪ぃな、ディー」
「目覚めよ、ウヌディビティバルドゥ」
ディーは突風に後押しされて、ウヌディビティバルドゥを目覚めさせるために、顔に体ごとぶつかった。
がつぅっ!! と、痛そうな音が響いた。
……これは後でまた愚痴愚痴言われるのは、間違いねぇな。俺はひそかにため息をつく他なかった。
ディーが途中で言いたかった言葉は、
「空から落ちたりドラゴンに乗ったりのとんでも異世界経験しても、そんなに動じないあたしのキャパシティ凄い。けど、うん。魔法なんてファンタジーを信用しろとか、そんな無茶振りさすがに勘弁して欲しいかなぁ……」
とかそんな感じです。
なんと言ったって、ディーが意識を失っている間に一日二日は経っているとは思いますが、彼女の中ではまだ一日が過ぎてません。
いい加減布団の中にもぐって夢落ちを待ちたいとか思ってるんじゃないかな。
そんなに逃避をしない子だから、結構柔軟に対応してますが。




