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【第19話:山羊の「メリーさん」入社】

いつもお読みいただき感謝です!

今回は黒谷ベースの「除草問題」を解決します。

桐生が連れてきた一頭の可愛い山羊が、

高台の警備員たちを恐怖のどん底に叩き落とすことに!?

手作りの野天風呂に、環境に優しい手作り黒谷無公害石鹸。

あらゆる生活基盤が無償で整い、

もはや一つの豊かな村のようになりつつあった谷底の「黒谷ベース」。


 しかし、敷地が急速に広がり、

温泉の周辺や手作りの温室の周りに入り組んだ土地が増えたことで、

桐生はまた新たな、しかし平和的な問題に頭を悩ませていた。


冬の終わりが近づき、地面から一斉に顔を出し始めた

生命力溢れる雑草たちの存在である。


これをすべて人力で刈り取るのは、さすがに骨が折れる作業だった。


「うーん、温泉の周りの草刈り、

毎日やってるけど追いつかないなぁ」


 桐生が腰を叩きながら呟くと、その様子を見ていた鉄蔵が、

煙管をトントンと叩きながら不敵に笑った。


「相変わらず手際の悪い奴だ。

おい桐生、そんなもん、人間の手でいちいち付き合ってやる必要はねえよ。

ちょうど知り合いの農家が、もてあましてる奴がいるってんでな。

俺が話を付けておいてやった」


 翌日、鉄蔵が黒谷ベースへと連れてきたのは、一頭の山羊だった。 

絹のように白く柔らかな毛並みを持ち、

くりくりとした愛らしい瞳をした、とても人懐っこい雌の山羊。


桐生はその愛くるしい姿を一目で気に入り、

ぽんとお腹を撫でながら微笑んだ。


「わあ、可愛い!

今日から君の名前は『メリーさん』ね。黒谷ベースの

『草刈り担当・主任』として、これからよろしく頼みます」


 主任に就任したメリーさんは、驚くほど優秀な働き手だった。 

機械のように騒音を立てることもなく、ガソリンを要求することもない。


ただ敷地内を気ままに歩き回りながら、

桐生たちが困り果てていた頑固な雑草を、

小気味よい音を立ててバリバリ、モグモグと片端から平らげて、

地面を綺麗に整えていく。 


桐生は、黒谷の鬱蒼とした深い森の境界線付近でメリーさんが

迷子にならないよう、ちょっとした工夫を施した。


鉄蔵のガレージに転がっていた廃品の自転車から取り外した、

赤く輝く大きな反射板。それを頑丈な紐に通し、

位置がいつでも音で分かるようにと、

小さな真鍮の鈴と一緒にメリーさんの首へと結びつけた。


「よし、これで暗くなってもどこにいるかすぐ分かるね」


 桐生は何気ない迷子防止のつもりで、その白い首を優しく叩き、

境界線の草むらへと放牧した。


 しかし。このお人好しな親切心から生まれたささやかな工夫が、

高台の闇で神経を尖らせていた帝都アーバニティの警備員たちにとって、

夜の静寂の中で牙を剥く「恐るべき精神的罠」として

作用することになろうとは、桐生は夢にも思っていなかった。

     *

 その夜。漆黒の闇に包まれた、

高台の『青葉の森ニュータウン』と谷底の境界線。 


帝都アーバニティから派遣され、住民の逃亡や

黒谷の動向を監視するために重警戒にあたっていた警備員は、

寒風の中で懐中電灯を握りしめ、極限の緊張感の中にいた。


 カサリ、と草木が揺れるかすかな音がした。 

警備員が息を呑んで耳を澄ますと、

深い闇の奥から、冷たく金属質な音が響いてきた。


 ――チリン……、チリン……。

 それは、どこか規則正しく、

しかし生き物の気配を感じさせない不気味な鈴の音だった。


「だ、誰だ……! 誰かいるのか!」


 恐怖に震える手で、警備員が音のした方向へ

猛然とライトの強力な光線を放った。


 その瞬間、ライトの白い光の中に浮かび上がったのは、

この世のものとは思えない光景だった。 


暗闇の奥、光を浴びてギラリと不自然に、

まるで血のように赤く静かに発光する二つの不気味な巨眼。


そして、一切の足音を立てることなく、

夜の闇に同化するようにして草むらを異常な速度で滑るように

移動していく、奇妙な白い影。


「う、うわあああ! なんだあれは!」


 警備員は腰を抜かし、極限の恐怖から狂ったように

無線機のボタンを押し込んだ。


「緊急事態! 金剛寺支社長、聞こえますか!

黒谷の防衛境界線に、夜間戦闘用に高度に訓練された

『生物兵器(警戒生物)』が配置されています!!」


「何だと!? 詳しく報告しろ!」


 暗黒のオフィスの無線機から、

金剛寺の焦燥しきった声が跳ね返る。

警備員は涙を流し、取り乱しながら叫び続けた。


「奴らは、こちらの夜間探知や接近を完全に感知すると、

首の特殊な通信音(鈴の音)で、瞬時に地下の要塞へ

警告を送る防衛システムを構築しています!


ライトを当てても怯むどころか、

不気味に目を光らせて威嚇してくるんです!

恐ろしくて、これ以上は一歩も近づけません、退却許可を!」


 無線を通じてその悲痛な叫びを聞いた金剛寺は、

冷え切った支社長室でガタガタと全身を激しく震わせ、

受話器を握りしめたまま呆然と立ち尽くした。


彼の脳内で、底知れぬ天才・桐生への恐怖のパズルが

またしても完璧に組み合わさっていく。


「番犬ならぬ、番山羊(バン・ヤギ)だと……!?

侵入者を音と光学反射で迎撃する、

生体を用いた特殊な警戒網を敷いていたというのか……。


桐生, お前という男は、

どこまで冷徹に我が社を包囲すれば気が済むんだ……っ!」 


金剛寺は悔し涙を流しながら、

机に突っ伏して己の無力さに咽び泣いた。

     *

 その頃、高台の防衛線が一頭の白い影によって

完全に恐怖マヒに陥っているとは露知らず。 


月明かりに照らされた谷底の黒谷ベースでは、

草刈り主任のメリーさんが「メェ〜」と

何とも呑気で気の抜けた声を上げながら、


桐生が器に盛ってくれた大好物の小松菜を、

実に美味そうにシャキシャキと咀嚼していた。


「いやぁ、メリーさんが来てくれてから、

本当に温室の周りが綺麗になって助かりますね、鉄蔵さん」


 桐生が白湯をすすりながらメリーさんの頭を優しく撫でると、

鉄蔵は高台の境界線の方を遠巻きに見つめ、

ずずっとお茶をすすりながら意地の悪い笑みを浮かべた。


「おう、最高の主任殿だな。

……おい桐生, 上の情けない連中、今頃あの首の反射板を見て、

黒谷の秘密兵器が攻めてきたって震え上がってるぜ」


「ええ? 何を言ってるんですか、ただの迷子防止ですよ?」


 桐生は相変わらず不思議そうに首を傾げるばかりだったが、

その純粋無垢な優しさが、今夜もまた大企業のプライドを底底から粉砕し、

黒谷の無敵の神話を強固なものにしていくのだった。

ただの可愛い山羊のメリーさんが、

高度に訓練された警戒生物(番山羊)として恐れられてしまいました。

次回、第2章の締めくくり!

谷底で毎夜開催される飲み会が、ついに歴史を動かします。

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