【第1話:バブルのあだ花と、地下組織のボス(?)】
新連載スタート!
バブル絶頂の平成元年、会社を理不尽にクビになった男が、
頑固なおっちゃんと出会うところから物語は始まります。
周囲の盛大な勘違いと、最高のDIYスローライフをぜひお楽しみください!
平成元年。
日本中が実体のない狂乱に沸き立ち、
金という名のあぶく銭が土地から土地へと右から左へ流れていく、
そんな地価高騰とバブル経済の真っ只中だった。
大手デベロッパー『帝都アーバニティ』の若手社員、
桐生は、冷たい雨の降る舗道にぽつんと突っ立っていた。
その手には、私物を乱雑に詰め込んだ段ボール箱が一つ。
「……ふざけんなよ」
絞り出した声は、
交差点をせわしなく行き交う高級外車の
重厚なエンジン音にかき消された。
桐生がしたのは、ごく当たり前の正義だった。
上司である金剛寺部長が、
ニュータウン開発の裏で進めていた利権絡みの不正と、
地上げを巡る不透明な資金の流れ。
それを会社に告発した途端、
待っていたのは賞賛ではなく「即日解雇」という理不尽な現実だった。
バブルの巨大利権の前では、
若手社員の正論など一瞬で握りつぶされる羽虫に過ぎなかったのだ。
絶望と、腹の底から湧き上がる激しい怒りに突き動かされるように、
桐生はあてもなく歩いた。
きらびやかな歓楽街のネオンを外れ、
開発の重機の手がまだ届いていない境界線の先へと足が向く。
辿り着いたのは、ニュータウン計画地の端っこ、
深い谷底に位置する古い集落「黒谷」だった。
高台には、最先端のプレハブ工法で競うように建てられた
モダンな住宅街が広がりつつある。
だが、この谷底だけは違った。
鬱蒼とした雑木林に囲まれた一軒の古い平屋の農家が、
まるで時代の濁流を拒むようにひっそりと佇んでいる。
ここには、帝都アーバニティがどれほど大金を積んでも、
どれほど不気味な脅しをかけても、
頑なに先祖代々の土地を手放さなかった頑固な地権者
――鉄蔵という老人が一人で暮らしていた。
「誰だ、おめえは」
不意に暗闇から声をかけられ、桐生は肩を震わせた。
軒下に立っていたのは、日に焼けた深い皺を顔に刻み、
古びた綿入れを着た老人だった。
鋭い眼光が桐生を射抜く。
行き場をなくした桐生は、
もうどうにでもなれという絶望感から、自嘲気味に笑った。
「元・帝都アーバニティの社員です。
さっき、クビになりました」
その一言が、鉄蔵の頑なな表情をわずかに緩めた。
老人はフンと鼻を鳴らすと、「上がるか」と短く言った。
囲炉裏に火が灯る古い居間で、
二人は鉄蔵が密かに自家醸造したという一升瓶の強い酒を酌み交わした。
冷え切った身体に、
自家製の強いアルコールが容赦なく染み渡る。
桐生は酒を煽りながら、
堰を切ったようにバブルの成金たちへの愚痴をぶちまけた。
「あいつらは土地の価値なんて見ていない!
金の生る木としか思ってないんだ!
真面目に働く人間を使い捨てにして、何がハイテク未来都市だ!」
熱弁する桐生を、鉄蔵は黙って見つめていた。
やがて、老人は一升瓶を畳に置くと、
不敵な笑みを浮かべた。
「あんな奴らのインフラやルールに頼らなくてもよ、
俺たちは自分の手で最高の暮らしができる。
水も電気も、その気になりゃこの谷底でいくらでも作れるさ」
「……え?」
「やるか、日曜大工の枠を超えた自給自足だ。
国にも会社にも一銭も払わねえ、最強の砦をここにつくるぞ」
鉄蔵の言葉に、桐生のエンジニアとしての血が騒いだ。
バブルのシステムから完全にドロップアウトし、
自分たちの手で無敵の城を築く。
これ以上の復讐があるだろうか。
「やります。
俺の持ってる都市工学の技術、全部ここに注ぎ込みますよ」
二人は力強く杯を交わした。
一方その頃、高台にそびえ立つ帝都アーバニティのきらびやかなオフィスでは、
金剛寺部長が猛烈な焦燥感に駆られていた。
デスクの黒電話がけたたましく鳴り響く。
「金剛寺部長!
大変です!
本日解雇した桐生が、あの黒谷の鉄蔵の自宅に潜入しました。
現在、二人は密談を交わしている模様です!」
報告を聞いた金剛寺の顔から血の気が引いた。
「何だと……!?」
金剛寺は、桐生の実務能力の広さをよく知っていた。
彼はただのサラリーマンではない。
都市工学や最先端のサバイバル技術に異常に精通した危険分子だ。
その桐生が、我が社が誇る最強の抵抗勢力、あの鉄蔵と手を組んだ。
「桐生め……
解雇を根に持って、土地を裏で牛耳る地元のボスと結託したか!
間違いない、あの谷底の古い農家はカモフラージュだ。
あそこに我が社のニュータウン開発を
根本から妨害するための、地下工作本部を築く気だ!」
金剛寺は恐怖でガタガタと震えながら、
最悪のシナリオを脳内で組み立てていた。
「あのジジイの農家は、ただの木造じゃねえ……!
桐生の技術で大改造された、最新の対ハイテク防衛要塞だ……!」
谷底の囲炉裏で「タダで飲む酒は最高だな!」と
ゲラゲラ笑い合う桐生と鉄蔵。
高台のオフィスで「奴らのハイテク電子ゲリラ戦が始まるぞ……」と
夜も眠れぬパニックに陥る金剛寺。
当人たちの気ままな手作り自給自足生活と、
周囲の過剰なまでの深読みが織りなす、壮大なすれ違いコメディの幕が、
今ここに切って落とされたのである。
第1話をお読みいただきありがとうございます!
クビになった桐生ですが、頑固な鉄蔵さんと出会って第二の人生(?)が始まります。
次回、ただの廃車パーツからとんでもない「ハッキング兵器」が誕生します!?




