ep.3 新しい居場所
Pm十時、アニメを見返しながら帰り道での神楽坂の笑顔が脳から離れない。
帰り道、隣の席の女子に見惚れてしまったかもしれない男、そう、俺だ。
「ラブコメアニメって付き合った後見せられてもイライラするだけなのは俺だけか…?」
誰に言うでもなく部屋で独り言を呟く。
少しイライラしながらアニメを見終えて、ふと神楽坂の笑顔が脳裏をチラつく。
ていうかあんな笑顔見せられたら男である以上ドキっとしないのは不可能だ。俺は至って普通の反応をしただけであって特別な気持ちなどは一切ない。
朝、窓から日差しが差し込み俺は少しずつ目を覚ます。まぶたの向こうに人の気配を感じて薄目を開けると、腕を組んでベッド脇に仁王立ちしている由紀と目が合った。
「いつまで寝てるつもり?もう七時半よ」
起き抜けに至近距離で怒られるのはなかなか堪える。
「お、おう…おはよう」
「おはようじゃないでしょ。何度起こしても全然起きないんだから」
由紀は腰に手を当てながらため息をつき、俺の掛け布団を勢いよく引き剥がす。
「おい、寒いんだが」
「起きないあんたが悪いの。ほら、さっさと着替える」
有無を言わさぬ口調でカーテンを開け放つ由紀。朝の光が容赦なく部屋に差し込む。
「まったく…お兄ちゃんは私がいないと本当に何もできないんだから」
ぶつぶつ言いながらも部屋を出ていく足取りは軽い。世話を焼くこと自体は嫌いじゃないんだろうな、こいつ。
「さてと、朝ごはん作ってくるから、ちゃんと起きときなさいよ」
振り返って念を押してくる由紀に俺は片手を上げて答える。
「わかったわかった」
「その返事、絶対わかってないやつじゃない」
由紀は疑わしそうな目を俺に向けたあと、諦めたように階段を降りていった。
俺は毛布を押し上げベッドから起き上がる。
「前世でどんだけ苦労したんだ俺は…?」
しっかり者の妹がいることには感謝してるが、この過保護っぷりはいつまで続くんだろうか。
俺が身支度を終えて朝食を食べてると向かいに座ってる妹が言った。
「ねぇお兄ちゃん、今日一緒に学校行こ?」
「え、あぁ…構わないけど」
「決まりね。てかお兄ちゃん、毎日いつの間にか先に行っちゃってるでしょ。一言くらい声かけなさいよ」
由紀は茶碗を片手に、じとっとした目を俺に向けてくる。
「早く行ってやることがあるからな」
嘘ではない、寝て睡眠時間を確保しなければならない、たまに七時に着いたこともあるしな。
「ふーん、それは私より大事なやつ?」
「それはない」
妹より睡眠の方が大事という兄がいてたまるか。
「なら、いいけど」
由紀はそっぽを向きながらも、心なしか声が弾んでいる。
「じゃあ今日一緒に学校行くから、ちゃんと待ってなさいよ」
「お、おう」
たまには妹と登校するのも悪くないか。やつらに見つからなければ良いが。
ちなみに由紀が通う翡翠川学園中等部は、俺が通う高等部と同じ敷地内にある系列校だ。校舎こそ分かれているものの正門は共通で、休み時間に顔を出すことくらいはできてしまう距離感である。
俺は食器を片付けすぐに出ようとした。
「え、ちょちょ早くない?!まだ食べたばっかじゃん」
「今出ないと誰かに見つかって大変なことになってしまうぞ」
由紀はその瞬間、何かに納得したように頷いた。そしてささっと鞄を持って玄関へ歩いて行く。
「はいはい、女子に絡まれたくないってことね。まあ、あんたが変に目立つと私も面倒だから、それでいいけど」
「…助かる」
由紀の解釈は微妙にずれている気がしたが、訂正する気力もなく俺はそのまま頷いた。
「良いから良いから、さっ早く行こ?」
背を向けて扉を開ける由紀。
いつもより少し登校する時間は遅れたもののまだ人気はない。これなら歩いても大丈夫そうだ。
人気のない通路を、由紀は俺の一歩前を仕切るように歩く。まるで保護者が子供を先導するみたいな歩き方だ。
「そういやお兄ちゃん、来週新入生歓迎球技大会あるらしいよ」
スマホの画面をスクロールしながら由紀が話題を出した。
「へー、面白そうだな」
新入生歓迎会か、陽キャのやつらが先輩に好かれるためだけにあるやる意味のないイベント…まぁ普通にやれば目立たずに済むだろう。
「全学年全学級が競い合うみたいだね、競技は決まってないらしいけど」
「大規模な企画だな」
「競技も決まってないのにそう決めつけるのは早いぜお兄ちゃんよ」
なにこいつ。
数分経って学校付近まで歩くと他に登校してる生徒もちらほら。
「てかお前、さっきからめっちゃ見られてね」
「え?なんで?」
すれ違った社会人が「俺もあんな彼女欲しい」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
そんなに似てないか俺ら。
銀白色の長髪を風に靡かせながら歩く美少女、スマホをいじってるだけでも絵になる。
「いや、気にしてないならいいんだが」
由紀は首を傾げながら目を瞬かせる。
鏡を見て自分の姿を確認したことがないのかお前。
他愛のない会話をしていると巨大な校舎が見えてきた。
「じゃあねお兄ちゃん、昼休みにまた会おうね」
「あ、昼休みは予定が」
由紀はその言葉を咀嚼するように考え込み、指を鳴らした。
「……もしかして、お友達と約束?」
「…まぁそういう感じだ」
「そう。なら、いいけど」
由紀はつんと澄ました顔を作ったが、口角が抑えきれずに上がっているのを俺は見逃さなかった。
「ちゃんと楽しんでくるのよ。困ったら連絡しなさい」
「…はい」
実は俺、今日の昼休みに全員が神楽坂に笑顔を向けられたらどのような反応をするのか、調査を開始することに決めた。
昼休み。
一人で昼飯を食べた俺は周囲の喧騒を気にせず、顔を下に向けながらスマホをいじってる石井の元へ向かった。ちなみに石井は今日は自作のキャラ弁を桜井と中村に自慢したらしい。
俺はまず友人たちに聞くことにした。
「なぁ石井」
顔を上げ俺を見上げる石井、わざとらしく目を擦って口を開く。
「お、どうした明月洸夜、また良いアニメが見つかったのか?」
「いやそうじゃなくて…」
「アニメ以外の話を持ちかけてくるなんて珍しいな」
たしかに、こいつとアニメ以外の話で盛り上がったことないな。
「お前さ、神楽坂澪さんから満面の笑顔で感謝されたらどうなる」
「眩し過ぎて失明してしまうな」
そうだった、こいつはこういう奴だった。続け様に石井は話を続ける。
「あぁ早く席替え来ねえかな俺も神楽坂様と隣になりたいぜ」
「てかお前大袈裟すぎだろ、失明て」
「いや男子全員に聞いてみろ、全員同じ回答に決まってる」
「んなバカなことあるわけないだろ」
その日の昼休み、俺は石井の言葉に多少不安になりつつも俺が行動できる範囲で同じ質問を男子生徒にし続けた。
「眩しすぎて失明するでござるな」
なぜか時代がかった口調で答えたのは桜井だった。
「失明するに決まってる」
別のクラスの男子も即答する。
「死ぬなぁ」
もはや誰の言葉かもわからないくらい、聞いた男子全員が似たような反応を返してくる。
中庭のベンチに座り尽くす俺、ここの学校の男子全員やばい。いや、俺が異常なのか?見惚れるだけで終わってしまう俺の感性がおかしいのか?
頭を抱えながら考えているとなにやら隣に気配を感じる。
隣にはいつのまにか琴吹が座っていた。スマホを弄っている。いやマジでいつの間に。
「なんでいるんだ…」
「中庭で一人座ってるだけの変な人がいるって噂になってたから多分あんただろうなーって」
「え、まじか。つら」
自分の評判の暴落っぷりに思わず肩を落とす。
「私も友達にそんなヤバい奴と絡んでるって思われたくないから」
「さらっと俺をヤバい奴扱いすんじゃねぇ…」
「だから、二人で座ってるならおかしくないでしょ?」
「協力感謝する…」
まぁ俺もこいつのことは結構信用してるので本当に俺がヤバい奴だと思われてると言われても驚きはしない。中庭にベンチ一つ、そこで座りながら俯いて頭を抱えてる男。怪しいと言われるのは無理はない。
「で、洸夜くんは最近うまくやってる〜?」
「親戚のおじちゃんみたいな質問だな、まぁ高校生活の滑り出しとしては上出来だ、友達もいるし」
「へ〜、私がいなくてもちゃんとやってけるんだね、偉い偉い」
「なんだその上から目線は…まぁお前がいた方が安心するのは確かだが」
「あんたは私がいないと困っちゃうんだね〜」
やっぱりこいつうざい。
いつものように不敵な笑みを浮かべる琴吹。
「で、さっき頭抱えてたけど悩み事?どしたん話聞こか?」
ふっと笑い、耳に髪をかけながら気味の悪いドヤ顔を浮かべる。
その言葉は普通、男が女に使うものだぞ有栖。
某サイト発祥のネタみたいなセリフを言う琴吹にツッコミを入れる気力すら起きない。
悩みって言われてもな、なんでこんなことしてんだっけ。
「まぁ悩みというか、どうも俺と価値観が合わないやつばっかで少々困惑してるとこだ」
琴吹は多少引き気味に俺を見下す。言葉選びを間違ったか。
「そりゃあんたと違う考えを持つ人がいて当たり前でしょ」
「いやそういうことじゃ…まぁいいや」
有栖は足をぶらぶらさせながら空を見上げる。ツインテールが風に揺れた。
「そういやあんたさ、この前放課後なんで神楽坂さん探してたの〜?」
「……なんのことかさっぱりだ」
見られてたのか、あの時必死だったから、つけられてたことに全然気づかなかった。
ニヤリと笑みを浮かべながら顔を向けてくる有栖。獲物を見つけたような顔で面白そうに目を細めた。
「え〜でも写真撮っちゃったしなぁ」
「な…、盗撮だぞ!」
震える声で俺はつい冷静さを失ってしまった。
キャハハと笑いながら有栖はわずかに眉を上げ、楽しそうに俺を見つめる。
「え、撮ってないよ?嘘ついた甲斐があったー」
「くそ。まぁ探してたのは本当だが大した事はしてないぞ」
「チッ…つまんないな〜。でも焦ってる洸夜を見るのはいつ見ても面白い」
「性格悪いぞ」
こいつと話してると精神がすり減る。
「それで、あんなに必死になって探して神楽坂ちゃんになんの用があったのかな?」
「あぁ、あれは借りてた教科書を返し忘れてたからそれを返しに」
有栖は思わず瞬きを繰り返した。
「え……?」
声は出たものの、その先が続かなかった。
「だから、教科書返してた」
「それだけ…?」
え、そんなに驚くことか?借りた物は返すだろ普通。
「言ったはずだぞ、大した事ないって」
「いやいやいや、え?翌日でいいじゃんそんなの」
「俺の寝覚めが悪くなってしまうし、借りたものは返すのが普通だろ」
我ながら真面目か、と思わなくもない。
「ふーん、まぁいいや。あんたはそういう奴だったよね」
「褒め言葉として受け取っておく」
結局こいつに相談した結果、特になにも得られなかった。一応こいつにも聞いてみようと思ったが「神楽坂の笑顔に見惚れるのと失明するのはどっちが普通か」、なんて琴吹に聞いたらきっとドン引きされるに違いない。そして俺はそれを一生いじられて生きづらくなるんだ。
「おーい琴吹ー、なにしてんだよー」
声の先には女子生徒が二、三人、きっと有栖の友達だろう。ハイテンションな彼女たちに俺の存在なんて気づくはずもなく…いや、気づかない方が助かるわ、さっさと教室に戻ろう。
琴吹はスカートの埃を払いながら立ち上がる。
そして振り返り俺に小声で言った。
「さっきの話だけど、価値観とか深く気にしなくても良いと思うけどね」
そう言い残して琴吹は中庭を後にする。友人たちが「あの人彼氏?」と若干盛り上がっていた。琴吹がなんと返したかは聞こえなかったがなにやら女子達の甲高い声が聞こえた。
あいつの事だ、思わせぶりなことを言ったに違いない。
「気にしなくて良い、か」
たしかに他人の価値観という変えられないものに無駄なエネルギーを使うのはもったいないということか。
結局、この調査でなにも得られなかった。
俺が教室に戻ると男子達からものすごい目で睨まれる。明らかに悪意と妬みに満ちている。なぜかと考えると、心当たりとしてさっきの有栖との会話がすぐに脳裏に浮かんだ。
「なぁ明月ぃ、これは一体全体どういうことだぁ?」
中村は俺の肩を掴み、奥歯をかみしめ、拳に力が入る。中村の後ろで腕を組み俺を見てくる石井と桜井。
「落ち着け恒一、あれは業務的な会話だ」
「ほうほう業務的か」
「当たり前だ」
中村は俺の言葉を疑うように目を細める。
「幼馴染と?」
「そう…ん?」
なぜだ、なぜこいつらに有栖と幼馴染だということがバレている。俺から情報を漏らすことはない、だとしたら…やつの仕業だ。
この学校、情報伝達が早過ぎる。というより有栖が異常だ。俺とあいつが幼馴染って事を拡散してどうするつもりだ。
「まぁまぁ落ち着けよ恒一」
石井が中村の手を取って落ち着かせる。石井は俺に微笑みながら距離を縮める。
「俺、お前が裏切らないって信じてるから」
「当たり前だ、非リア最高」
なんとか修羅場を潜り抜けた俺だったが、席に座ると、隣の神楽坂は指をソワソワと動かしながら窓の外に目を向けたかと思えば、すぐに俺へと視線を戻す、というのを繰り返していた。
どうしたんだろ、珍しく挙動不審だ。
「あの」
「ん?」
「明月くんと琴吹さんって、仲良いの?」
「まぁ、仲良いというか、腐れ縁」
「そ、そっか。ごめんねプライベートな事聞いて」
いやこれくらいはただの雑談だと思うんだが。
そう言うとすぐに前へ向き直って勉強を始める神楽坂。
なんだったんだ今のは、俺と琴吹が仲良くしてると神楽坂に何か不都合が?まぁ無いと思うが。
放課後、俺は前に自称新聞部アイドルの人に言われた通り、重い足取りでパソコン室に向かう。
正直行きたくない。初対面の年上の人怖いし。
「あれ、パソコン室どこだ…この学校広すぎて全くわからん」
俺が校舎を彷徨っていると後ろから背中を押された。振り返ってみるとそこにいたのは琴吹有栖。
道に迷ってたから丁度良かった。
「あんたなにしてんの?」
「実は俺最近新聞部に入部してな、パソコン室が活動場所らしいんだが、どこにあるかわからなくて」
「へー、新聞部か。似合ってるじゃん」
なんか今ディスられてね?まぁ否定はしないが。
「てかまだ道覚えてないの?」
「いやこの校舎がデカすぎるんだよ」
「まぁ私が案内してやってもいいけど?」
「俺もそう頼みたい所だった。案内お願いします」
やはり俺が言わなくてもわかってくれる有栖。話が早くて助かる。
「じゃあついて来なさーい」
「へいへい」
有栖についていくこと数分、だんだんと見覚えのない場所が俺の視界に映る。校舎の地図を完璧に把握するのは割り箸を綺麗に割るくらい難しいといった所だ。
「なんか暗いねー。人気全然ないし。女子を前に歩かせて洸夜怖がってんの〜?」
人気のない階段には、遠くから部活動の声だけがかすかに届いていた。
もうどこかもわからない。週四でこんなとこに通うやつがいるとは考えられない。
「俺からしてみればお前の方が怖い」
「は?」
「すいません」
氷点下のような冷え切った眼差しで睨まれたような気もしなくもないが、有栖をイタズラに弄るのはよした方がよさそうだ。
有栖は迷うことなく歩みを進める。四階の奥、ほとんど人の来ない教室へ向かう。特別教室が並ぶ廊下の一番奥に、その部屋はあった。
「ここよ」
「ありがとう有栖。それじゃここd」
有栖は扉をノックした。え、なんで?案内だけで良かったのに。
「はいはーい!」
扉の奥から響き渡る明るい声、間違いなく自称アイドル先輩だ。扉を勢いよく開けて有栖の姿を確認してパチクリと瞬きを繰り返す。
「あ、琴吹さんいらっしゃい」
「どもー」
あれ、二人って知り合いなのか、意外だ。
「俺もいます」
影に飲まれていた俺の姿を確認できなかったらしい。有栖の横に並んで御手洗の姿を捉える。
「あぁ、明月くんいたんだ。もしかして二人知り合い?」
有栖はピースをしながらウインク。
「付き合ってまーす」
「付き合ってねぇよ!?」
全く、神楽坂といい有栖といい、どうして女子はこんなに恋愛沙汰に発展させたがるんだ。
有栖はニヤリと笑いながら俺を見つめ、御手洗の方へ向き直る。
「冗談ですよー。ただの幼馴染ですね」
御手洗は含みのある笑みを浮かべながら俺に視線を向ける。
「へー、君たちって幼馴染だったんだ、明月くん贅沢者だねぇ」
俺はこれ以上話を発展させると碌なことにならないと確信して話題を切り替える。
「そんなことより早く教室いれてください」
「あ、そうだった、二人とも入って入って」
御手洗は促すように俺らを手招きした。有栖が先に教室に入り俺がその後を追う。
二人とも?有栖入る必要なくね?入部希望俺だけだし。
「おい有栖、なんでお前まで…」
俺は小声で有栖に耳打ちする。
「私も勧誘されたからね」
へーそうなんだ。運命の糸がここで繋がった…って、いやいやそんなわけがあるか。え?
「え?」
有栖は何事もなかったように「涼し〜」と言いながら席に着く。
思考が追いつかない。俺は目の前の光景を見つめたまま、しばらく動けなかった。
御手洗は怪訝そうな顔をして振り返り、俺に視線を向けた。
「明月くんなにやってんのー?はやく席着いて」
「あっはい」
来年廃部の危機だったらしいし、きっと自称アイドル先輩も必死に部員集めを頑張ってたんだろう。それで有栖も新聞部に入ることを受け入れたと、納得だ。
ほんとに部員少ないな、有栖と俺含め全員で五人しかいないし。
巨大なパソコン室と見合わぬこの人数、過疎ってるな。新品っぽいものもある。
「それじゃ紹介しまーす、新入部員の二人でーす!」
「おー」
「すげー」
パラパラとした拍手と棒読みの歓声が広大なパソコン室に虚しく響き渡る。
なんだこれ今すぐこの場から消え去りたい。
「それじゃ自己紹介どうぞー!」
御手洗は周りを気にせずテンションを下げずに声の明るさは変わらない。自称アイドル先輩がいなかったらこの部活回らないと思う。
「一年二組の琴吹有栖です。御手洗先輩に誘われて新聞部入りました、これからよろしくお願いします」
意外と礼儀正しい自己紹介に俺は内心ほっこりした。こいつのことだからなにか余計なことを言うと思ったが。
「ありがとーございまーす!それじゃ次、明月洸夜くん!」
先に名前言っちゃったら自己紹介の意味ないだろうが。
俺は席を立ってできるだけ笑顔を作って自己紹介することにしてみた。第一印象が大事なのは常識だ。
「一年ニ組の明月洸夜です。同じく御手洗先輩に誘われて入りました。よろしくお願いします」
マニュアル通り自己紹介することができた。スマイルもしっかりとできたはず。満足げに席に着き、辺りを見渡す。俺の視界に映ったのは筆舌に尽くし難い顔を浮かべる新聞部一同。
御手洗が引きつった笑で口を開く。
「あはは、明月くん、笑顔キモー…」
御手洗は口に手を当てながら引き気味に笑う、そしてそれ以上自己紹介に触れることはなく、中央のモニターの方へと向かっていく。
俺は御手洗が放った言葉を理解するのに時間がかかった、というより理解するのを脳が拒否していた。思わず瞬きを繰り返した。その言葉をどう受け止めればいいのか、すぐには答えが出ない。
やばい、女子に「キモー…」て、死にたい。
なにか不快感を感じて隣を見てみるとこちらに指を指して、口を押さえ、肩をぷるぷる震わせてこちらを見てくる琴吹有栖の姿があった。
「有栖、頼むから笑うな」
有栖は吹き出しそうになるのをこらえながら笑いを含んだ声を漏らした。
「いや…むりむり…」
「死にたくなるからやめろ」
殴りたい、その笑顔。
「それじゃ注目ー!」
助け舟が来た。御手洗先輩がモニターの方へと手をやって見せびらかすような仕草。モニターに映し出された文字には、『新入生歓迎球技大会・号外大作戦!』と、やたらと勢いのあるフォントで書かれていた。
「……なんですかこれ」
俺が呆れた声を出すと、御手洗先輩は待ってましたとばかりに胸を張る。
「ふふん、よくぞ聞いてくれました! 我が新聞部が廃部を回避するためには、直近の一大イベントである球技大会で、全校生徒が飛びつくような大スクープを叩き出す必要があるのよ!」
「スクープって……ただの球技大会ですよ?」
「甘い、甘いわ明月くん! イベントの裏には必ずドラマがある。特に新入生の可愛い女の子のスクープなら、男子生徒がこぞって新聞を買って……じゃなくて、読んでくれるはず!」
先輩はビシッと俺に指を突きつけた。
「というわけで明月くんには、今大会の『最注目ヒロイン』の密着取材を担当してもらいます!」
「えー…別に良いですけど」
金もらってるし。
最注目のヒロインか、多分神楽坂さんのことだろうな。まぁ隣の席でそこそこ話すから取材はしやすいか。助かった。
俺は安堵したように息を吐く。
隣で有栖が、またしてもニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべて俺を見ていた。人差し指で俺の肩をツンツンとつつく。
「ねぇねぇ、私も一緒に行って良い?」
「無理」
俺に即答されても有栖は諦める様子はない。
「えー、ケチ。多分神楽坂さんの取材なんでしょ? 私、話した事ないから神楽坂さんともっと仲良くなりたいなーって思ってたんだよね。だからついていっても問題ないでしょ?」
こいつと仲良くしてる神楽坂の姿が全く想像できない。
「大ありだ。お前が来たら冷やかしになる未来しか見えない」
「心外だなあ。私は純粋に新聞部の初仕事をサポートしようと……」
「はいはーい、そこまで!」
パン、と勢いよく手を叩いたのは御手洗先輩だった。
「琴吹ちゃん、明月くんの言う通りよ。今回はあくまで『密着取材』。男の子が一人で……じゃなくて、真摯に突撃するからこそ、普段は見せない高嶺の花の『素の表情』が引き出せるの! 二人で行ったらただの雑談になっちゃうでしょ?」
「ちぇー、先輩までそっちの味方ですかー」
有栖はつまらなそうに頬を膨らませたが、それ以上は追及してこなかった。
神楽坂澪。
成績も常にトップクラス。一挙手一投足に無駄がなく、どこからどう見てもお近づきになりがたい『高嶺の花』。
たまたま席が隣同士だから最低限の会話はするものの、彼女がクラスの男子と親しげに話しているところなんて一度も見たことがない。どこか作ったような態度で愛想を振り撒いてるように見える。
「というわけで明月くん、これを持っていきなさい!」
御手洗先輩から手渡されたのは、少し型落ちした一眼レフカメラと、一冊の取材ノートだった。
「今からですか…?」
御手洗先輩は有無を言わさないようなにっこり笑顔で俺を見つめてくる。不自然なほどに口角が上がって気味が悪い。
「球技大会の練習は今日の放課後から本格化するわ。まずは練習風景の撮影と、本人への事前インタビュー! 期待してるわよ、我が新聞部のルーキー!」
「頼むぞー」
先輩たちから気の抜けた応援が俺の耳に届く。
──こうして俺は、入部初日から重大な任務を背負わされることになった。




