ep.2 最悪の行事
窓から朝の日差しが差し込み、寝ている俺の黒髪を照らす。
入学してから数週間、いつも通り朝早めに登校して睡眠時間を確保する男、そう、俺だ。
今日は日直だが、朝掃除した風を装って朝のホームルームギリギリまで机に突っ伏して寝る予定だ、睡眠不足をこれで補うことで夜更かししても授業中に寝ることはなかろう。ふふ、我ながら完璧な作戦だ。机に突っ伏して数秒が経った頃、ゆっくりと瞼が落ちていき眠りに落ちてきた頃に・・・
朝、澪が教室に入って来ると、クラスの生徒たちの視線が澪に向く。
そして唯一、澪に視線を向けていないのは....深夜アニメで寝不足で眠っている俺だ。
澪は俺を見ながら
「...明月くん、おはよう。」
だが寝ている俺は挨拶にも反応しない。少しイラッとしたのか澪は軽く俺の椅子を蹴る。
「うわ…!びっくりしたぁ」
未体験の出来事に体が異常反応を起こして少しビクッとなり慌てて体を起こす。
学校一の美女に椅子を蹴られたことに俺は心底驚きながらも対応してみせたと自分では思っていた。
「あぁ・・・おはよう…」
「入学してから毎日朝寝てない?寝不足?」
「それは、深夜までアニメを見てるからだ。朝早く登校して、学校で寝れば問題ない」
「いやいや、・・・授業中寝てるし」
「ぐッ・・・」
痛いところを突かれてしまった、さすがと言ったところだ。・・・そういや神楽坂もアニメ好きって言ってたよな…?話しが合うならワンチャン付き合っ…おっと、良くない方向へ妄想してしまった。
神楽坂はため息をつきながら隣で授業の準備を進める。相変わらずクソ真面目だ。
さて、俺も準備をしなければ・・・
机の中をガサガサと漁るが数学の教科書が見当たらない
しまった、昨日勉強する予定で持ち帰ってそのまま家に忘れてきてしまった、まぁ勉強してないが。迷惑だがここは数学の時間だけ神楽坂に一緒に見せてもらうしかないか。
「神楽坂、少し頼みがあるんだが」
ビクッと肩を震わせて反応する神楽坂。どうやらこの凡庸に話しかけられて驚いてるのか・・・まぁ無理もない。
神楽坂はすぐにいつもの調子を取り戻して笑顔で俺の方へ向く。
「な、なにかな?明月くん」
「教科書わすれちゃってさ、一限目だけ一緒に見せてくれない?」
俺は椅子に座ったまま神楽坂の方へ向け両膝に両手をついて熱い眼差しを向けて本気で頼んだ。ここで教科書を忘れて授業中ぼーっとするしかないのは避けたい。
俺の熱いに眼差しに圧倒され、神楽坂は一瞬たじろぐ。
「教科書ないの?」
「家に忘れてきてしまって、」
「あぁそういうことね。良いわよ」
神楽坂は躊躇うことなく教科書を差し出す。優しい。
「サンキュ、助かった」
「明月くんって教科書持ち帰って勉強するんだ」
「当たり前のことだ」
持って帰ったのは良いが勉強してないのはここだけの話。
「授業中は寝てるのに?」
「あれはしょうがない、アニメを見ないといけないし勉強もしないといけない」
神楽坂は怪訝な顔をして問いかけた。
「そんなに大事なの?アニメって」
「な…お前も好きだって言ってたじゃないか」
「え、?」
何を言ってるんだこの人は、そう言いたげな顔をする神楽坂。
「初日に言ってたじゃん、アニメ好きって」
神楽坂の脳裏の片隅で、しばらく眠っていたエピソードが目を覚ます。
「あれは嘘よ」
「は…、なんで嘘ついた」
学年一の美少女と同じ趣味っていうラノベ的な展開を期待していたが、現実はそうはいかないようだ。
「別に趣味なんてないわ、あるとしたら家業を継ぐために生きていくことね」
まぁそういう家系もあるか、家業のために生きていくって偉いな神楽坂。
「そりゃまた極端な趣味だ、」
俺は人の家のことにあれこれ言うのもどうかと思い、机に突っ伏して寝ようとした。
授業が始まると澪と俺の机に横たわる教科書。なんかこうして一緒に見てると男子から憎しみの目で見られそうだ。幸い俺たちは窓際だったためバレなかったが。
授業が終わると神楽坂に軽く礼を言って教科書をカバンに突っ込んで寝た。
そんな感じで俺の『教科書見せてくれ大作戦』が無事成功に終わりその日はなんとか神楽坂のおかげで凌ぐことができた。
——昼休み——
俺は別にぼっちというわけでもなく、必要最低限友達はいる。高校生活に友達は必須だ。作る以外の選択肢はない。
同じクラスの友達の桜井和也、中村恒一、そして石井結衣と共に学食へと向かっている。こいつらは彼女いない歴=年齢。俺の親友、全員曲者だ。
俺たちは注文した料理を机に運び四人で向かい合わせになる形で椅子に座る。俺の隣に中村だ。
「なぁお前ら、」
話題を出したのは石井結衣、女子みたいな名前だが立派な男。茶髪でイケメンの見た目は爽やか系男子。教室では口数は少ないが友達だけの空間になると話は別。実家は元プロサッカー選手の父親が営むスポーツジムらしく、スポーツ推薦でこの学園に入ったという噂だが、本人はそれをやたら隠したがる。
「なんで俺に彼女ができないと思う…?」
全員が箸を勧めながら次々と口を挟み石井の質問へと受け応える。
「性格が悪い」
「潔癖症だからじゃね」
「シンプルに変態」
石井が机をたたきコップの水が跳ねる。そうすると反論するように声を上げた。
「いやいや、潔癖症はむしろプラスで、性格が悪いんじゃなくて俺は割に合わないことはしないだけ」
「それが冷たく見えるんだろう」
俺は遮るようにそう言って沖縄そばを食べ続ける。言い忘れたがここの学食、相当うまい。この紅生姜が良い味を出してて最高だ。
「まぁまぁ、潔癖症なのは時にプラスになることもあるから」
桜井が慰めるように石井の肩をポンポンと優しく叩く。この中では常識人の方だ。実家は代々続く老舗の和菓子屋らしく、時々妙に丁寧な言葉遣いになるのはその影響らしい。
「だろ?清潔感あふれる男だからな俺は」
「ありすぎてモテないって言ってんだよバカチンコ」
俺は一部終始を見ながら思った、桜井和也、意外と毒舌。穏やか風を装って普通に罵声を浴びせてきやがった。
ふと、コップの水とコーヒーで何かやっている恒一が俺の目に入った。こいつが会話に入ってこないとは珍しい。
「ところで恒一、お前何してんだ」
「え、あぁ…このジュースを水で薄めて水にしてるんだ。味が強すぎる」
あ、この人頭おかしい。
全員が沈黙した。そうだった、この宇宙1頭がおかしい薄毛の学生、中村恒一は誰にも止められやしない。実家が研究者一家らしく、この妙な実験癖もそこから来てるんじゃないかと俺は密かに疑っている。
「ま、まぁいいさ…ておい見ろ…あそこに神楽坂さんが…!」
石井が手に口をあてて声を興奮気味に抑えて神楽坂の方へと熱い眼差しを当てる。
石井の声を聞き俺の沖縄そばを食べてる手が止まった、顔あげると確かに席を探してる神楽坂の姿があった。
なにやら羨ましそうに俺を見つめてくる三人、視線を向けられてる理由がわかった気がする。
「お前羨ましすぎるぜ、神楽坂さんの隣の席なんて、神は二物も三物も与えるのか…」
石井は不平等を訴える。
俺としてはもう少し普通の環境で高校生活を送りたかったよこのデコ助が。
「まぁまぁ、落ち着け、お前らが思ってるほど良いもんじゃないぞ?特に隣の席とk」
中村が立ち上がって俺の胸ぐらを掴む。
「お前がそう言うと嫌味にしか聞こえねぇよ!?」
やめろ、苦しい。あと口臭い。
中村は肩をプルプルと震わせながら鬼のような形相で俺を睨む。頼むから離してくれ。
そんな俺の心の声が聞こえたように桜井が中村を引っ剥がす。感謝を申し上げるカンパチ。
そんなことも気にせず昼食を食べてる神楽坂を遠目で乙女のような瞳でみつめる石井が俺の視界に入った。石井は一人でぶつぶつと言ってる。まるで神を崇めるようだ。
「あぁ、尊い…すべての所作が美しい、まるで妖精だ。」
「あの人美人だよな」
「反応薄!もっとこうなんかあるだろ!胸がちっさくて可愛いとか…」
一瞬、背筋にゾワっとしたものが走った。間違いなく殺気だ。神楽坂が冷めた目をしてこちらの席、というより石井を見つめてる。あいつ死んだな。てか地獄耳すぎだろ。
「おい声抑えろ」
桜井が石井の首を絞めることによってなんとか暴走は止められた。呆れたように中村が首を横に振る。
「やれやれ、なんで俺の周りにはこんな変人ばかり」
ここにいる全員の気持ちを俺が代弁します。
「お前が言うかこの薄毛」
「キィぃー!」
奇声を上げる中村を俺は若干引き気味に見下した。神楽坂は遠目で見ててもわかるほどやはり一挙手一投足が美しい。お嬢様だ。
桜井の拘束から抜け出した石井が咳き込みながら俺の肩に手を置き話しかけてくる。
「まぁ当然だろ、あの人は学校で一番の美少女なんだから」
石井は迷いなく言い切った。
「一番?他と比べてどうなんだよ」
「決まってんだろ、翡翠川広しと言えど神楽坂さんの美しさに並ぶ奴なんていやしないさ」
力説する石井に若干引き気味になりながらも、まぁ否定はできないなと俺は思った。
席が隣なだけの俺と、幼馴染の有栖。この関係がこいつらに公になれば男子生徒たちから目の敵にされそうだ。
「誰と付き合いたいか議論しようぜ」
石井がこの世で最も無駄な議論を始めようとしていた。付き合ってもどうせ別れるだけなのに。
「悪いが無駄な時間を過ごすつもりはないんで教室に戻らせてもらう」
俺は嫌な予感がすると同時に食器をもって席を立つ。足早で食堂から出て行った。
「なんか洸夜って恋バナになると逃げるよな」
中村が希釈し終えたジュースを飲み、あまりの不味さに水を勢いよく吹き出しながらアホ面でそう言った。
「まぁ俺らが気にしてもしょうがないことだろ」
桜井が二人に早く立つよう促し、三人は食堂から出て行く。
——
この学校で掲示板の内容を一言一句覚えてるものはおそらく俺以外いない。一日に一回はある一人の時間、これをどう使うかで周りとの差が出ると俺は考える。
「へー、サッカー部が夏のインターハイ出場決定…すごいな」
掲示板を見ながら廊下で独り言を呟く。目をスライドさせながら見ていると見覚えのある名前を見つけた。
「地区予選最優秀選手賞…」
「あ、石井じゃん」
新聞部の記事には「一年にして早くもレギュラーを獲得した神童。他を寄せ付けないほどの快速で敵陣を切り裂く」
あいつってサッカー部だったのか、しかもなんかエースっぽいし。父親譲りの脚なんだろうな。
写真に写ってる石井と普段の石井の姿を見比べるとなんというか、とても同一人物とは思えない。
「なんでモテないんだあいつ」
掲示板を見てると桜井と中村も空手同好会に入ってることがわかった。
あいつらの中で帰宅部は俺だけか。
俺が掲示板を一通り読み終えると後ろから聞き覚えのない声が響き渡る。
「君!」
「……」
「君の事だよー!」
丸めた新聞紙で後頭部を思い切り叩かれた。ジンジンとくる痛みに顔を顰めながら俺は振り向いた。
そこには長く艶のある髪はふんわりと揺れていた。深紅色の前髪は程よく目元にかかり、大きく澄んだ赤い瞳が明るく生き生きとしている少女の姿があった。
あれ、まじで誰。
「君一年だよね、毎日うちの新聞読んでくれてて話題になっているんだ」
あ、新聞部の人か。そらわからない訳だ。でもなんで新聞部の人が俺に話しかけてきたんだ。
「もしかして新聞部の人ですか?」
「ほう、よくわかったね暇人少年」
俺の人生で滅多にないあだ名をつけられたことに内心ガッツポーズ。
「おっとまだ名乗ってなかったね、私の名は御手洗友梨奈、二年生にして新聞部のアイドルだよ」
実家は小さな出版社を営んでいるらしく、新聞部への異様な情熱はどうやらそこから来ているという話を、俺は後になって知ることになる。
「それで何の用です?」
「興味なさそうだな」
腰に手を当てながら小さく息を吐く御手洗。
「まぁそう急かすな暇人少年よ、私は君にお礼を言いに来たんだ」
お礼?なんのことだろ。貰えるものでもあるのかな。
「別に俺は大した事はしてないですよ」
得意げな顔をしながらなにかやった感をだした俺に御手洗はコクコクと頷く。
「君は毎日熱心にうちの新聞を読んでくれたんだ。さぞ新聞部に興味があるに違いないだろ?」
「いえそれは」
「そう謙虚しなくても大丈夫、そういや今年新入部員が一人も入ってこなくて困ってるんだ」
話の繋げ方が無理やり過ぎるぞこの人。間違いない、これは…
「どうだい?ぜひうちの部に入部しないか?」
やっぱりだ。
御手洗は両手を合わせ、目をキラキラとさせて俺を見つめる。普通に可愛い。
「俺忙しいんで部活なんて無理です」
「毎日来いとは言わないさ!時々顔を出せばいいだけだ」
「それだと俺絶対めんどくさくて来なくなるので、それじゃ先輩達に迷惑かけちゃいますよ、それじゃ俺はここで」
背を向けて立ち去ろうとする俺を泣き顔で後ろから抱きついて止める御手洗。俺は頭を抱えたくなる衝動をこらえながらも振り解こうとした。
普通に鬱陶しい。
「頼むよー!君がいないと来年廃部になっちゃうんだよ!」
さっきの飄々とした態度はどこへいったのやら、声色が一変した。
「知らないですよ、離してください…!」
あれ、この状況なにかと誤解されないか。
自称新聞部アイドルに泣きながら抱きつかれるパッしない一年男子、見られたら恐喝かなにかと勘違いされるに違いない。
「わかった!君が入部してくれたら君の言うことをなんでも聞いてやろう!」
俺は振り解こうとする腕の動きをピタリと止める。意味ありげに目を細め、御手洗の身体を観察した。
「なんでも、ですか?」
「う、うん。私にできることなら」
御手洗は抱きつくのをやめてじっと俺を見上げる。
ここは無難なことを頼むか、いや、それだとリスクリターンがあってなさ過ぎる。そこで俺は最適解を導き出すことに成功した。
「じゃあ入部するので毎月五百円俺に払ってください」
御手洗の動きがピタリと止まって瞬きを繰り返す。
「え、お金?」
「はい、」
「なんで?」
「Nextflixの月額料金の半額です。節約したいと思って」
アニメを見るための動画配信サービスの半額を節約することができる。全額払ってもらうのは気が引けるのでこうした。
「まぁ月五百円くらい良いけど…君が入部するなら」
「まじすか、じゃあ入部します。」
「…まぁいっか。じゃあこの入部届けに署名して」
俺は差し出された用紙を受け取り、言われるがままいろいろ記入して先輩に渡した。
活動内容見たけど結構めんどくさそうだったな。校内行事の取材、生徒や先生へのインタビュー、社会問題の調査などを行い、定期的に新聞や速報(号外)を発行するらしい。ちなみに週四だ。
「よし新人ゲット…それじゃ来週からホームルーム終わったらパソコン室来てね」
「わかりました」
こんな感じで俺の学校での新しい場所ができたし、ネトフリの料金も半額にすることができたし、リターンの方が多かったような気もしなくもなくもない。
——放課後——
一人帰路に着く神楽坂、気持ちの調査も何も進まなかった。おそらく他者に聞いて当然のように即答されてもそれを認めたくないのが神楽坂だ。自分で見つけて納得しないと神楽坂自身気が済まないと言うもの。
しばらく歩いていると後ろからバタバタと走ってくる音がする。振り向くと明月洸夜の姿が見えた。澪は目を見開き頬が自然とゆるむ。
「明月くん…?どうして…」
俺は息を切らしながらカバンの中身をガサゴソと漁り数学の教科書を取り出す。あの時間違えて自分の教科書に入れていたようだ。
「商店街の人たちに水色の髪の女子通りませんでしたかって…聞きまくったよ、ッはぁ…」
「なんで、そこまでして」
「きょ、教科書…返すの忘れてた…ッ…」
澪が家で数学の教科書を使うかどうかは別として、澪自身も洸夜と一緒に見てたことで頭がいっぱいになっていたようなので忘れていたようだ。
神楽坂は数学の教科書を受け取りながら心配そうに俺に視線を向ける。
「別に、明日でも良かったのに…」
「神楽坂が…家で勉強する時…困るかと思って」
夕日に伸びる二人の影、一人は膝に手をつき、一人は顔を夕陽のせいか赤く染めている。
「そう、ありがとう。あなた意外と律儀ね」
「意外ととはなんだ」
「…でもほんとにありがとね」
俺が顔を上げると夕日をバックに両手で教科書を持ちながら口を隠して、微笑んでいる神楽坂の姿があった。その笑顔はいつもの愛想笑いではなく、年相応の少女の可愛さがそこにある。
『見惚れてしまった』




