ep.28 貸し会議室のクリスマスパーティ
「みんなでパーティ」という提案が、まさか本当に実現するとは思っていなかった男、そう、俺だ。
石井の一声から始まった企画は、驚くほどとんとん拍子に進んでいった。
「俺の親戚が、駅前のビルで貸し会議室やっててさ。クリスマスくらいなら、格安で貸してくれるって」
「石井、お前意外と顔が広いな」
「これでも人望はあるんだぜ、明月洸夜」
ないと思う、とは口に出さなかった。だが会場が確保できるなら、文句を言う筋合いもない。
予約や段取りの細かい部分は、結局いつも通り桜井が引き受けることになった。連絡先の一覧を作り、飲み物と軽食の予算を割り振り、会場の使用時間まできっちり調整する手際は、もはや実行委員顔負けだ。
「桜井、お前クラス委員でもないのに、なんでこんなに手際いいんだ」
「実家が客商売なもので。段取りだけは、体に染み付いているでござる」
和菓子屋の跡取り息子らしい、妙に堂に入った物腰で桜井はそう言った。
当日は十二月二十五日、冬休みに入って最初の週末だった。
澪から「二十四日は家の会食で埋まっているけど、二十五日なら」と申し出があった時、俺は密かに安堵した。開催日は迷わずそちらに決まった。
貸し会議室のドアを開けると既にフロアには二十人近い一年二組の面子が集まっていた。
長机をコの字に並べ、天井からは百円ショップで買ったらしい安っぽい紙モールが、これでもかというほど吊るされている。窓には切り絵のサンタとトナカイが貼られ、隅には誰かが持ち込んだ小さな卓上ツリーが、控えめに電飾を明滅させていた。
こういう集まりに顔を出すのは初めてだな。俺も陽キャの領域に片足を突っ込んだと言っても過言ではない。
「おー、明月来た!」
石井が手を振ってくる。その隣では中村が、コンビニのペットボトルを何本も並べて、いつものように得体の知れない配合実験を始めていた。
「中村、お前クリスマスまでそれやんのか」
「クリスマスだから、特製カクテルでも作ろうかと思って」
「未成年飲酒って言葉知ってる?」
俺は思わずため息をついてそう言う。そしてカバンから偉人伝を出して中村に渡すのであった。
「ほら、これあげるから読んでろ」
俺が中村にダグラス・マッカーサーの偉人伝を差し出す。
「へー…日本国憲法の原案ってアメリカが作成したんだ」
「そうだよ」
俺は中村の実験阻止に成功する。
教室ではあまり接点のないクラスメイトたちも、思い思いに輪を作っている。柊浄慈は、隅の方で密かに小型のカメラを構えており、まだ来てもいない誰かに向けてシャッターを切る練習をしているようだった。相変わらず信心深い。
「あ、明月くん」
振り返ると、私服姿の澪が立っていた。前回のイルミネーション取材の時よりも、幾分カジュアルな装いだ。柔らかいセーターに、控えめなアクセサリー。それでも、その場にいるだけで空気が変わる存在感は、変わらない。
「よう、久しぶりだな」
「この前会ったばかりでしょう」
澄まし顔で答える澪の後ろから、聞き覚えのある声が飛んできた。
「あ、澪ちゃん見っけ! こっちこっち、席空いてるよ!」
有栖が、手を振りながら駆け寄ってくる。今日は仕事も塾もないらしく、いつも以上に楽しそうだった。
「琴吹さんも来てたのね」
「当たり前じゃん、私こういう集まり好きだから」
二人は、当たり前のように並んで席に着く。中間や期末で削り合った仲だとは思えないほど、自然な距離感だった。
「あの、皆さん」
入り口の方から、少し遠慮がちな声がした。振り返ると、そこには制服姿の由紀が立っていた。
「由紀ちゃん、来たんだ!」
有栖がすぐに気づいて手招きする。
「お邪魔します。お兄ちゃんの友達の輪に、勝手についてきちゃってすみません」
丁寧にお辞儀をする姿は、学校で「氷の姫君」と呼ばれているという評判に相応しい、完璧な佇まいだった。教室にいる時とはまるで違う、よそ行きの顔だ。
石井が無音でこちらに近寄ってくるので俺は反射的に距離を取る。
「おい明月洸夜」
「ん?」
「お前、あんな可愛い妹が…いたのか…?、」
「お、おう。落ち着け」
柊も、澪と由紀を交互に見比べて、何やらぶつぶつと拝むような仕草をしていた。この学校の信仰対象は増える一方らしい。
「はじめまして、明月由紀です。お兄ちゃんがいつもお世話になってます」
澄んだ声で挨拶する由紀を見て、俺は内心、油断できないな、と身構えていた。家の中でのこいつを知っている人間からすれば、この完璧さは仮面でしかないことが、嫌というほど分かっている。石井にも教えてやりたいくらいだ。
*
簡単な乾杯の後、パーティは持ち寄った軽食を囲んでの歓談から始まった。コンビニのオードブル、桜井が実家から持ってきたという小さな和菓子の詰め合わせ、石井が張り切って買ってきた大量の唐揚げ――どれもこれも、決して豪華ではないが、賑やかで温かい食卓だった。
澪は、机に並んだ料理を前に、少しだけ戸惑った顔をしていた。
「……こういうの、あまり食べたことがなくて」
「取り分けるだけだから、気楽にやれよ」
「そうそう、澪ちゃんも遠慮しないで」
有栖に背中を押されて、澪はおずおずと紙皿に唐揚げを取り分けた。一口食べて、目を丸くする。
「……美味しい」
「だろ? 琴吹食堂の味付けは、俺のお墨付きだ」
石井が自慢げに胸を張る。有栖の実家の唐揚げは、この日も変わらず好評だった。
食事が一段落したところで、司会役を買って出た石井が、大きな箱を掲げて立ち上がった。
「では、恒例のプレゼント交換タイム! ルールは簡単、くじを引いて、書かれた紙を裏返す。中の名前の人に渡す仕組みだ!」
「石井、お前が仕切ると、変な罰ゲーム紛れ込ませそうで怖いんだが」
「失礼だな、そんなことしない!……多分」
中村が箱を回すと、順番に紙が引かれていく。俺の番が回ってきて、折り畳まれた紙を開く。
――『神楽坂澪』。
思わず、変な声が出そうになった。慌てて口を押さえる。
「明月くん、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
動揺を隠しながら横目で見ると、少し離れた席で澪もまた、自分が引いた紙を見て、何やら固まっているのが目に入った。
――まさか。
直接確認する術はない。だが、あの反応を見る限り、限りなく予感は的中している気がした。
やれやれ、当たってしまったからにはしょうがない。俺のとっておきのプレゼントを出すとしよう。
全員くじを引くと石井が再びマイクを握って仕切り出す。
「それじゃあプレゼント交換スタート!」
俺はカバンを持って神楽坂の元へ向かう。誰に渡っても大丈夫かつ実用的なものを俺は数時間かけて選んできた。これなら喜んでくれるはず。
各々が教室を歩き回る中、俺は神楽坂の隣の席に腰を下ろす。
「な、なにかしら。明月くん」
「くじの結果神楽坂にプレゼントを渡すことになった」
「そう。奇遇ね。私もあなたに渡すことになったのよ」
やっぱりか。有栖辺りがなにか仕込んでるに違いない。
ふと気になって有栖の方を見てみるとあいつは中村からプレゼントを受け取っていた。
死ぬほど気まずそうで見てられないな。南無。
「それじゃ俺から」
カバンからコンソメパンチ味のポテトチップスを取り出して澪に差し出す。
「はい、これ」
澪は差し出されたポテトチップスを受け取る。しばらく無言だから何事かなと思い俺は口を開く。
「大丈夫だ、安心しろ。それは二十四グラムしか入ってない」
「…ありがとう。そこ気にしてくれたのね」
「体重は俺も気にする」
「あなたは細すぎるのよ」
「うるさい」
俺の反応に澪は軽く笑う。
俺は細すぎると言われて自分の腕を見つめるがそうでもないと思う。反対側の手で手首を掴んで隙間が出るだけである。代謝が良いと言って欲しいものだ。
俺がそう考えてる間に澪はプレゼントボックス机の上に用意していた。
「さぁ、私のプレゼントも受け取って」
「有難う御座います」
俺は両手でプレゼントボックスを掴み丁寧に包装を解いていく。ここでビリって破ったらA型の俺が死ぬ。綺麗に開けてこそのプレゼントボックスなのだ。
「これは、マフラー」
「その通りよ明月くん。私が編んだの」
俺は口が緩むの必死に隠す。
「まじか…!うれしい。ありがとう」
令嬢が直々に作ったマフラー…これは一生分の運を使った気がするな。大事にしよう。尤も、俺が外出する時はかなり限られるが。
俺はマフラーを丁寧に折り畳み、カバンへとしまう。
「それ、早く食べた方が良いんじゃないか」
俺はコンソメパンチ味のポテトチップスに目配せする。神楽坂が家でポテトチップスを食べて両親にでも見られたら厄介事になるに違いない。
神楽坂はピタッと動きを止めて察したように頷く。
「そうね、食べましょう」
その微笑んでる神楽坂を見て俺は一瞬目を逸らす。こういう庶民的な物好きなのが可愛い。両親はこれくらい許してあげても良いのではないだろうか。
神楽坂は袋を開けてさっそくポテトチップスを口に放り込んでいた。こういう時に食い意地が張るのはいつ見ても面白くて可愛いと思ってしまう。
「あなたも食べる?」
「え」
「ほら、あーん」
「まだ袋にあるから!」
胸の奥が落ち着かない。鼓動ばかりがやけに大きく感じられた。
俺は予想外の出来事に慌てて袋からポテトチップスを取り出す。そして味わう暇もなく飲み込んでしまった。
全く、こんな大人数の集まりだというのに。誰かに見られたらどうするんだ。
慌てる俺の様子を見て神楽坂は口元を手で隠して悪戯っぽく笑う。
「ふふ、冗談に決まってるじゃない」
「なんだ冗談か」
「ほんとにやって欲しかった?」
「誰かに見られたら多分殺されるから拒否っときます」
「あらそう」
神楽坂はもう少し自分がどれだけ影響力がある人なのかを理解して欲しい。
*
プレゼント交換の熱気が落ち着いた頃、有栖が「じゃあ次はビンゴ大会!」と声を上げた。桜井が用意していたビンゴカードが配られ、中村がスマホの抽選アプリで番号を読み上げていく。
「はい、次、七!」
「よっしゃ、リーチ!」
石井が拳を突き上げる。だが結局、一番早くビンゴを完成させたのは、意外にも由紀だった。
「あ、ビンゴです」
「マジか!? 中学生に負けた……!」
石井が膝から崩れ落ちる横で、由紀は「運が良かっただけです」と、控えめな笑みを浮かべている。だが俺は知っていた。あの涼しい顔の下で、内心はガッツポーズを決めているに違いない。
景品として用意されていた駅前の洋菓子店のクッキー缶を受け取った由紀は、丁寧にお礼を言いながらも、ちらりとこちらを見て、口の端をわずかに上げた。
やれやれ、ビンゴくらいで自慢しちゃって。後で由紀にクッキー分けてもらお。
*
ビンゴが終わり、談笑タイムに入った頃、澪がそっと俺の隣に来て腰を下ろした。
「今日、来てよかったわ」
「そうか」
「こういう、賑やかなクリスマスの過ごし方、初めてだったから」
窓の外を見ると、いつの間にか小さな雪がちらつき始めていた。会議室の照明に照らされて、窓ガラスの向こうを、ふわふわと白い欠片が舞い落ちていく。
「あ、雪」
誰かの声で、部屋中の視線が一斉に窓へと向いた。
「うわ、ホワイトクリスマスじゃん!」
有栖がはしゃいだ声を上げる。石井はスマホで大慌てで写真を撮り始め、中村は「積雪量の統計的には今年は珍しい」と、誰も聞いていない解説を始めていた。
澪は、窓の外の雪をしばらく静かに見つめていた。その横顔に、会議室の暖色の光が柔らかく落ちている。
「……綺麗ね」
「あぁ」
俺もまた、雪よりもその横顔の方を、長く見つめていたのだけれど。
*
解散の時間になり、皆でぞろぞろと会議室を出ると、外はうっすらと雪化粧を始めていた。
「じゃあ、また学校でな!」
「メリークリスマス!」
口々に挨拶を交わしながら、クラスメイトたちは駅の方へと散っていく。石井と中村は「二次会だ!」と謎の張り切りを見せていたが、桜井に「予算オーバーだわ」と一蹴されて、大人しく解散に従っていた。
由紀は、有栖と何やら楽しそうに話しながら、少し先を歩いている。時折こちらを振り返っては、意味ありげな視線を寄越してくるのが、地味に落ち着かない。
「今日は、ありがとう」
澪が、隣に並んで小さく言った。
「別に、俺が企画したわけじゃないけどな」
「それでも。誘ってくれたのは、あなたでしょう」
「まぁ、な」
降り積もる雪の中、白い息を吐きながら、二人分の足跡が、静かに駅までの道を刻んでいく。




