ep.18 俺はゲイじゃない!
土日開催された文化祭の振替休日を新作スマホゲームで潰す男。そう、俺だ。
今日リリースのケットモンGO。普段部屋から出ない俺にとって、位置情報ゲーム(位置情報RPG)は貴重。外に出ることでゲームが成立するという新感覚。
ゲームに臨むために髪をセットして眉を整える。俺はさっそく初心者ログインボーナスを受け取ってケツモンを捕まえる旅に出るのであった。
今日は同じゲーム仲間の石井との協力プレイ。
伝説のケツモンを捕まえるために気合を入れて、石井と共に歩き出すのであった。
「よし、行くぞ明月洸夜」
石井は真っ直ぐ目的地を捉える。
「任せろ、まずはウォーミングアップとして二、三体捕まえよう」
俺たちは最初の目的地の大型ショッピングモールへ向かった。ゲーセンの音やスピーカーから流れてくる音楽が高揚感を高める。
「おっ、いたぞ石井、ケツザルクスだ」
「よし俺が獲る、ボール、ボール……よし!」
画面の中でボールがくるくると回転して静止する。捕獲成功のファンファーレが鳴り響き、石井は握りこぶしを天に突き上げた。
「見たか明月洸夜、これが漢の捕獲率だ」
「お前さっき三連続で逃げられてただろ」
「あれはノーカンだ、通信環境が悪かった」
都合のいい脳みそしてんな、こいつ。
俺たちはフードコートのベンチに座り、スマホを片手に画面と睨めっこを続けた。噴水広場に湧いたレアモンスターを求めて子供連れの家族に混じり、二人の高校生男子がスマホを掲げて右往左往する光景は、傍から見たらそこそこ気持ち悪いだろう。
「次、公園行こうぜ。あそこ水辺モンスターの巣らしい」
「了解、荷物持ちご苦労」
「誰が荷物持ちだ」
文句を言いながらも俺たちは自転車を漕ぎ出した。翡翠川中央公園に着く頃には、すでに午後の日差しが傾き始めている。噴水のほとりでスマホをかざすと、水面にモンスターのシルエットが重なって表示された。
「うお、レアだこれ」
「落ち着け石井、逃すなよ」
「分かってる、分かってるって……よっしゃぁぁ!」
石井が雄叫びを上げて周囲の親子連れから盛大に注目を浴びる。俺は素知らぬ顔で視線を逸らし、母親譲りの気配遮断スキルを発動させた。友情には限界がある。
夕方まで公園、神社の境内、商店街のアーケードとひたすら歩き回り、俺たちの図鑑はそれなりに埋まってきていた。汗だくになりながらベンチで水分補給していると、石井が急に真剣な顔でスマホを覗き込んだ。
「おい明月洸夜、これ見ろ」
「なんだよ」
差し出された画面には、SNSの投稿がずらりと並んでいる。『翡翠川で伝説のケツモン目撃!!』『激レア個体、討伐班求む』『場所は……』
「伝説のケツモン……マジか」
ケットモンGO最大の目玉、出現率〇.〇〇一パーセントとも言われる幻の個体。俺の中の収集欲が音を立てて疼いた。アニメを見る時間を削ってでも捕まえたい、そう思わせる何かがある。
「場所は……」
石井が投稿の位置情報タグを拡大する。
「……ラブホテル街?」
俺たちは同時に顔を見合わせた。
翡翠川の駅裏、ネオンがちらほら灯り始めた通り。俺たちは自転車を降り、なんとも言えない緊張感を抱えたままその一角へと足を踏み入れた。
「な、なぁ石井。俺ら高校生だぞ、ここ入っていいのか」
「入るわけじゃない、外からゲームやるだけだ。健全だろ」
「その理屈で押し通すのか」
周囲を歩く人影はまばらで、たまにすれ違うカップルが俺たちを見て気まずそうに視線を逸らす。分かってる、俺たちだって気まずい。だがケツモンのためだ、仕方ない。
「あった、これだ、投稿にあった建物」
石井が指差した先には、やけに派手な外観のホテルが建っていた。ハートのネオンサインが点滅し、看板には『HOTEL LUNA』の文字。
「ここか……」
スマホをかざすと、画面の中央にでかでかと反応があった。
「い、いた……! 石井、いたぞ、伝説のケツモン……!」
「マジか、どこにいる」
「たぶん、この建物の中……いや、看板の真下くらいだ」
俺たちは互いに顔を見合わせ、無言で頷いた。ここまで来て引き返す選択肢はない。男には、時に伝説と向き合わねばならない瞬間がある。
「よし、行くぞ石井」
「おう」
俺たちはホテルの敷地に足を踏み入れた。植え込みの陰、駐車場の車止め、自動精算機の裏、あらゆる場所にスマホをかざしながら歩き回る。傍から見たら完全に不審者だ。俺たちが何をしているか説明できる大人はこの世に存在しないだろう。
「反応強くなってる、こっちだ」
石井が指し示したのは――なんと、ホテルのフロントだった。
「フロントて……」
「行くしかないだろ」
俺たちは覚悟を決めてフロントの自動ドアをくぐった。薄暗い照明、間接照明で照らされた無人精算機のようなカウンター。奥から気配を感じて振り返ると、中年の女性スタッフがぬっと顔を出し、俺たちを上から下まで眺め回した。
「あら、お二人さん? お部屋は休憩ですか、宿泊ですか」
「ち、違います、俺たちゲームで……!」
しどろもどろになる俺の隣で、石井は微動だにせずスマホの画面に集中していた。集中力だけは無駄に高い男だ。
「反応、真上にある、明月洸夜、あれ見ろ」
石井が指差した先、フロントの天井の隅、監視カメラに擬態するようにケツモンのシルエットが浮かんでいた。
「マジかよ、あんなとこに……」
「今しかない、捕まえるぞ」
俺たちはスタッフの怪訝な視線を全身に浴びながら、スマホを高々と天井に向けて掲げた。
「お客さん、あの、うちのお部屋の話は……」
「すみません今それどころじゃなくて」
画面の中でモンスターボールが宙を舞う。一回、二回、三回目でようやく捕獲の光が弾けた。
「やった、捕まえたぞ石井!」
「マジか、見せろ見せろ!」
俺たちはフロントのど真ん中でハイタッチを交わし、雄叫びを上げた。伝説のケツモン、図鑑コンプリートまでもう一息。この達成感の前では羞恥心なんてゴミのようなものだ。
「お客さん……えっと、ご利用は?」
「あ、いえ、大丈夫です、失礼しました!」
俺たちは興奮冷めやらぬまま、逃げるようにフロントを飛び出した。
自動ドアを抜けて外の空気を吸い込んだ瞬間、俺の視界に見覚えのあるツインテールが飛び込んできた。
「……あれ?」
通りの向こう、コンビニ袋を提げて立っていた琴吹有栖が、こちらを見て完全に固まっていた。
最悪のタイミングだ。
「あ、有栖……」
「……洸夜? と、石井くん?」
有栖の視線が、俺と石井を交互に往復する。そして、俺たちの背後にそびえるホテルの派手な看板へ。
「え……」
その一瞬で、有栖の中で何かが完全に組み上がってしまったのが、表情の変化だけで分かった。耳が赤くなってる。
「わ、私、なにも見てない、なにも見てないから……!」
「いや待て有栖、何を勘違いしてるか知らないが」
「大丈夫、大丈夫だよ洸夜、そういう人もいるよね、うん、多様性の時代だもんね」
「話聞けよ!」
「石井くんも、その、幸せにね……」
石井が「はい?」と間の抜けた声を上げる。有栖はコンビニ袋を抱きしめるようにして後ずさり、明らかに俺たちから距離を取ろうとしていた。
「まて、琴吹!」
石井が必死に声を出してなんとか有栖を呼び止める。こいつもやる時はやるんだな。
「なに…」
「いやその…琴吹も一緒にやりたいのか?」
俺は思わず石井の口を塞ぐ。この野郎余計なことしやがって。
「黙れ二度としゃべるなこの馬鹿タレ」
有栖の顔から血の気が引き、袋を握りしめる力が強くなる。
「ヤるわけないでしょ!死ね!」
琴吹は背を向けて一瞬にして走り出す。
俺はこの誤解だけは解いておきたいと思い精一杯声を振り絞った。どうか届いてくれこの思い。
「待て有栖!俺はゲイじゃないんだ!これだけは信じてくれ!」
そんな俺の主張も虚しく有栖は走り去ってしまった。叫ぶ俺を見る通行人からなにやら複雑な視線が投げかけられる。俺は膝から崩れ落ち地面に手をついた。
まさか、こんな悲劇が待ってるなんて。
そんな俺を石井は怪訝そうな顔で見つめる。
「立てよ明月洸夜、お前の行動でこっちまで恥ずかしくなるだろ」
「このやろ他人事だと思いやがって…」
俺は立ち上がり、真っ直ぐ石井を見据えて無言で見つめる。
「俺はお前を一生恨む」
「なんで…?」
帰宅後、俺はすぐに自分の部屋に篭って有栖のやろうにメッセージを送った。『あれは誤解だ』なにがなんでも俺が同性愛者だと思われるのは死んでも嫌だ。この出来事が神楽坂にでも知れ渡ったら絶対気まずい雰囲気になってしまう。なんとしてでも阻止せねば。
送信した瞬間、既読がついた。早すぎるだろ、暇なのか。
『は?なにが誤解なのさ』
『ラブホの前でハイタッチしてた男が言う台詞じゃないでしょ』
『あれは違う』
『否定してるのに事実は否定してないじゃん』
鋭い。正論すぎて何も言い返せない。
『位置情報ゲームでレアなモンスターがあそこにいただけだ、フロントまで入って捕まえた、それだけだ』
『説明すればするほど怪しいんだけど』
『マジだって、フロントのお姉さんにも聞いてくれ!』
『まさかの目撃者を売る男』
俺は証拠を出すことにした。捕まえたばかりの伝説のケツモンのスクリーンショットを、図鑑の埋まり具合ごと送りつける。これで信じるしかないだろう。
数秒後、既読。
『……マジで捕まえてる』
『だから言っただろ』
『でもこれのためだけにラブホ突入した方が意味わかんないよ』
『否定できない』
しばらく沈黙が続いたあと、また通知が鳴った。
『まあ、洸夜がゲイじゃないのは信じてあげる』
『助かる』
『でも今日のこと写真撮っときゃよかったな、一生のネタになったのに』
『撮ってなかったのかよ』
『撮っておけばよかったって、今めちゃくちゃ後悔してる』
こいつ、俺の危機よりネタを逃したことの方が悔しいらしい。俺は一番聞きたかったことを、恐る恐る打ち込んだ。
『……神楽坂には言うなよ、絶対』
『なんで?別に言っても減るもんじゃないでしょ』
『減るんだよ色々と。頼む』
『……ふーん』
既読のまま、しばらく返信が止まった。嫌な間だった。
『まあ、今回は黙っといてあげる』
『マジで助かる』
『その代わり、貸し一つね』
『……了解した』
この幼馴染に借りを作るのは精神衛生上よろしくないと分かっていながら、選択肢はなかった。
「お兄ちゃん、さっきから百面相しすぎ。気持ち悪いんだけど」
ノックもなしに扉が開き、由紀が顔を覗かせる。ノックしろ。
「な、なんでもない」
「その顔で『なんでもない』は通用しないから。何やらかしたの」
「言いたくない」
「言いたくないなら別にいいけど……有栖さんに誤解されて、必死に挽回しようとしてる空気だけは伝わってくるよ」
由紀の観察眼、一体どういう構造をしてるんだこいつ。
「べ、別にそんなんじゃ」
「ふーん。まあ、彼女できる前に彼氏できたって聞いたら、私は全力で応援するけどね」
「その話もう広まってんのかよ!?」
「今のかまかけ。反応早すぎ」
まんまと引っかかった。この家の女どもは全員探偵の才能を持って生まれてきたに違いない。俺は自分の迂闊さを呪いながら布団に突っ伏した。
結局、有栖の誤解はどうにか解けた……はずだ。だが「貸し一つ」がどんな形で回収されるのか、想像するだけで胃が痛い。ケツモン捕獲数十体、ラブホ突入、そして幼馴染からの謎の借金一件。俺の振替休日は、平穏とは程遠い戦績とともに幕を閉じたのだった。
来週、学校で有栖と顔を合わせたら、一体どんな顔をされるのか。それだけが、今から地味に憂鬱だった。




