↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
94/98

第93話 「確定――言葉にされた現実」


朝。


その日の空気は、いつもより少しだけ“重さ”を持っていた。


理由は誰にも説明できないが、確かに何かが変わり始めている朝だった。


⸻


柊木菫(すみれ)は出勤前、鏡の前で一度だけ自分の顔を見る。


⸻


(大丈夫)


⸻


そう言い聞かせるように呼吸を整える。


⸻


だが、手は無意識に腹部へと添えられる。


⸻


⸻


龍雷神本社。


秘書課。


⸻


向葵(あおい)はすでに出勤しており、資料を整えていた。


いつも通りの正確な動き。


しかし、その目は“いつも通りではない部分”を探している。


⸻


菫が入室した瞬間、向葵は一度だけ視線を止める。


⸻


「……おはよう」


⸻


「おはようございます」


⸻


返事は同じ。


だが空気は違う。


⸻


⸻


午前の業務。


電話、調整、会議準備。


すべてが通常通り進むはずだった。


⸻


だが、美枝子(みえこ)が静かに立ち上がる。


⸻


「菫さん」


⸻


その声に、フロアの空気が一瞬だけ引き締まる。


⸻


菫は顔を上げる。


⸻


「はい」


⸻


美枝子は短く言う。


⸻


「少し、来て」


⸻


⸻


会議室ではない。


小さな応接スペース。


窓から光が入る静かな場所。


⸻


向葵も同席する。


⸻


三人だけの空間。


⸻


⸻


美枝子は資料を開かない。


ただ菫を見る。


⸻


「確認するわ」


⸻


菫は小さく頷く。


⸻


「はい」


⸻


⸻


一拍。


⸻


そして、美枝子は言う。


⸻


「体調の変化はある?」


⸻


菫は少しだけ間を置く。


⸻


そして答える。


⸻


「あります」


⸻


⸻


その瞬間、向葵の表情がわずかに変わる。


⸻


だが言葉は出さない。


⸻


⸻


美枝子は続ける。


⸻


「それ、もう検査は?」


⸻


菫は視線を落とす。


⸻


「まだ確定は……」


⸻


⸻


そこまで言ったところで、美枝子が静かに遮る。


⸻


「じゃあ、行きましょう」


⸻


⸻


菫が顔を上げる。


⸻


「え?」


⸻


⸻


美枝子は淡々としている。


⸻


「今から」


⸻


⸻


⸻


午後前。


産婦人科。


⸻


鍋島香織(なべしま かおり)の診察室。


⸻


静かな白い部屋。


⸻


菫は椅子に座る。


手は少しだけ震えている。


⸻


榮助は隣にいる。


無言。


だが離れない距離。


⸻


⸻


香織は淡々と準備を進める。


⸻


「じゃあ、確認していきますね」


⸻


⸻


数分後。


⸻


画面に映るものを見た瞬間、部屋の空気が変わる。


⸻


香織は一度だけ息を吐く。


⸻


そして言う。


⸻


「妊娠しています」


⸻


⸻


沈黙。


⸻


⸻


菫は瞬きを一度だけする。


⸻


榮助は動かない。


⸻


だが、その視線だけがわずかに強くなる。


⸻


⸻


香織は続ける。


⸻


「週数的にも、初期ですね」


⸻


⸻


美枝子は静かに頷く。


⸻


「そう……」


⸻


⸻


菫は小さく息を吐く。


⸻


その音は、やっと現実に触れたような音だった。


⸻


⸻


帰り道。


⸻


誰も多くは話さない。


⸻


車内は静か。


⸻


桜は学校のため不在。


⸻


その静けさが、逆に重い。


⸻


⸻


菫が小さく言う。


⸻


「……本当に」


⸻


⸻


それ以上続かない。


⸻


榮助が短く答える。


⸻


「現実です」


⸻


⸻


その一言で、すべてが確定する。


⸻


⸻


美枝子は後部座席で静かに言う。


⸻


「これからが大事ね」


⸻


⸻


誰も否定しない。


⸻


誰も急がない。


⸻


⸻


午後。


龍雷神本社。


⸻


向葵はすでに情報を把握していた。


⸻


だが口には出さない。


⸻


代わりに、榮助へ一言だけ。


⸻


「どうするつもり?」


⸻


⸻


榮助は一瞬だけ考える。


⸻


そして答える。


⸻


「守ります」


⸻


⸻


それだけだった。


⸻


だが十分だった。


⸻


⸻


夕方。


菫はデスクに戻る。


⸻


だがもう“以前と同じ菫”ではない。


⸻


美枝子が横に来る。


⸻


「無理しないで」


⸻


⸻


向葵も言う。


⸻


「業務、調整する」


⸻


⸻


誰も大げさにはしない。


⸻


だが、確実に“扱い”が変わっている。


⸻


⸻


菫は小さく頷く。


⸻


「ありがとうございます」


⸻


⸻


その声は少しだけ弱く、そして少しだけ安心していた。


⸻


⸻


夜へ向かう窓の外。


⸻


空は静かに色を変える。


⸻


⸻


そしてこの瞬間から、この物語の“日常”は確実に変わり始めた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。