第8話 「卒業式の朝――“家族として来る人”と、“本当の家族”の交差」
朝は、いつもより早く目が覚めた。
柿沼榮助(18)は、天井を見上げたまましばらく動かなかった。
制服はすでにハンガーにかかっている。
ネクタイだけが、まだ手を付けられていない。
(今日か)
卒業式。
終わりと始まりが同時に来る日。
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玄関を開けると、隣の部屋のドアもすぐに開いた。
「おはようございます」
柊木菫(29)は、いつもより少しだけ落ち着いた声だった。
髪は整えられ、控えめな服装。
“母親として来る人”の顔をしている。
その後ろから、柊木桜(5)が顔を出す。
「おにいちゃん、そつぎょうしき?」
「そうだ」
「すごいね!」
桜は何も分かっていないようで、ただ嬉しそうだった。
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エレベーターの中。
沈黙が少しだけ続く。
桜がその空気を壊すように言う。
「ママもいくの?」
菫は少しだけ頷く。
「うん、今日はね」
桜は満足そうに笑う。
「じゃあ、みんなでいっしょだね!」
その言葉に、菫の表情が一瞬だけ揺れる。
“みんなで”
その言葉は、軽いのに重い。
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校門前。
すでに多くの生徒と保護者が集まっている。
その中に、榮助は立っていた。
そこへ、友人たちが次々に集まる。
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■男子友人グループ
・高橋蓮
・伊藤翔
・松本悠斗
・大西颯太
・木村拓也
・中野陸
・佐藤悠真
・藤井康介
・長谷川蓮斗
・山田隼人
「柿沼ー!最後だな!」
高橋が笑う。
松本が肩を叩く。
「マジで終わるんだな」
伊藤は少しだけ静かだった。
「……終わるな」
その言葉に、少しだけ空気が変わる。
榮助は軽く頷く。
「そうだな」
それだけだった。
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少し離れた場所では、女子グループが集まっている。
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■女子友人グループ
・水島結菜
・橘美咲
・小泉彩音
・遠藤里奈
・佐伯雫
・藤堂奈央
・宮本優花
・白石芽衣
・西野紗良
・片岡莉子
結菜が榮助を見つけて手を振る。
「柿沼ー!」
だが、里奈はじっと見ている。
「……ほんとに今日で終わり?」
誰に向けたとも分からない言葉。
榮助は軽く手を上げただけだった。
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体育館。
卒業式が始まる。
名前が呼ばれるたびに、空気が少しずつ“終わり”に近づいていく。
柿沼榮助。
その名前が呼ばれた瞬間、少しだけ時間が止まった気がした。
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式は進む。
校長の言葉、来賓の挨拶、在校生代表。
そして卒業証書授与。
一人ずつ、確実に“終わっていく”。
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そして——
保護者席に、菫は座っていた。
少しだけ緊張した顔。
その隣には、別の席に柿沼美枝子(榮助の母)がいる。
二人の視線はまだ交わっていない。
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式の終盤。
退場前の静かな時間。
菫はふと横を見る。
そこにいる女性と、目が合う。
柿沼美枝子(40代)。
その目は落ち着いていて、少しだけ鋭い。
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「……お母様ですか?」
先に菫が頭を下げる。
美枝子は軽く頷く。
「ええ」
短い沈黙。
菫は丁寧に続ける。
「柊木と申します。本日は……」
言いかけた瞬間、美枝子が口を開く。
「柿沼の彼女さん?」
一瞬、空気が止まる。
菫は少しだけ言葉を選ぶ。
「いえ……その」
その時、榮助が間に入る。
「母さん」
短い一言。
それだけで空気が少し戻る。
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式後。
体育館の外。
人が溢れる中で、三人は自然と集まる。
榮助、美枝子、菫。
そして少し離れた場所に桜がいる。
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美枝子が菫を見る。
「……あなた、どこかで会ったことある気がするわね」
菫は少しだけ驚く。
「そう、ですか?」
その瞬間、美枝子の目が細くなる。
「龍雷神……?」
その言葉に、菫の表情が固まる。
榮助が小さく息を止める。
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「やっぱり」
美枝子は静かに言う。
「秘書課の柿沼美枝子です」
その一言で、空気が変わる。
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菫はゆっくり頭を下げる。
「……お世話になっております」
美枝子は少しだけ笑う。
「まさか息子の“隣の人”がうちの会社の人とはね」
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榮助はその会話を黙って聞いている。
“学校の母”
“会社の上司”
“隣の妻”
すべてが同じ空間に重なる。
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桜が遠くから走ってくる。
「おにいちゃん!」
その声で空気が少しだけ柔らかくなる。
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美枝子は桜を見て、少しだけ表情を緩める。
「……賑やかね」
菫は小さく笑う。
「はい、いつもこうなんです」
榮助はその横で、何も言わない。
ただ、静かにその場を見ていた。
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卒業式は終わった。
だが、その日から“別の物語”が重なり始めていた。
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