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第86話 「朝の余韻――旅の終わりと、戻る日常」


夜が完全に明けきる前、ホテルの部屋にはまだわずかな暗さが残っていた。


カーテンの隙間から差し込む光は細く、白い線のように床へ落ちている。


その光の中で、三人の呼吸だけがゆっくりと重なっていた。


⸻


桜が最初に目を覚ましたのは、朝の気配が部屋に広がり始めた頃だった。


「……ん……」


小さく声を出し、目をこする。


すぐ隣には菫がいて、静かに寝息を立てている。


少し離れた場所に、榮助。


彼はすでに目を開けていた。


⸻


「おはようございます」


榮助は小さな声で言う。


⸻


桜は布団の中から顔だけ出して笑う。


「おはよう!」


⸻


その声で、菫もゆっくりと目を開ける。


「……おはよう」


⸻


旅先の朝は、いつもより少しだけ遅い。


しかし空気は不思議なほど静かで、穏やかだった。


⸻


⸻


身支度を整えた後、三人は朝食へ向かう。


ホテルのレストランはすでに朝食ビュッフェが並んでいた。


⸻


・焼き魚(鮭・鯖)

・卵料理(スクランブルエッグ・ゆで卵)

・ウインナー・ベーコン

・味噌汁(豆腐・ねぎ)

・白米・おかゆ

・パン(トースト・クロワッサン)

・ヨーグルト・フルーツ

・サラダバー


⸻


桜はすぐにプレートを持って駆け出す。


「これも食べる!これも!」


⸻


・パンケーキ

・スクランブルエッグ

・ウインナー

・ヨーグルト

・オレンジジュース


⸻


「朝から元気ですね」


榮助が淡々と言う。


⸻


菫は軽く笑う。


「昨日よく寝たからでしょうね」


⸻


⸻


食事の時間は静かだった。


だが、昨日よりも“終わりに近い空気”があった。


旅が終わる前の、少しだけ寂しい時間。


⸻


桜はパンケーキを食べながら言う。


「また来たいね」


⸻


菫は少しだけ目を細める。


「そうね」


⸻


榮助は一拍置いてから言う。


「次は別の場所でもいいかもしれません」


⸻


その言葉に、桜は嬉しそうに頷く。


「じゃあ次も行く!」


⸻


⸻


食事を終えた後、部屋に戻るとチェックアウトの準備が始まる。


荷物をまとめる音。


服を畳む音。


静かな動きだけが部屋に残る。


⸻


菫はバッグを閉じながら、ふと窓の外を見る。


昨日とは違う明るさ。


完全に朝になっていた。


⸻


(終わるんですね)


⸻


そう思った瞬間、少しだけ胸の奥が静かに動く。


⸻


⸻


ロビーでチェックアウトを済ませると、三人はホテルを出る。


外はもう日常の空気だった。


車の音、人の声、朝の街の流れ。


⸻


桜は手をつなぎながら歩く。


「おうち帰るの?」


⸻


菫は頷く。


「そうよ」


⸻


榮助は少し前を歩きながら答える。


「通常の生活に戻ります」


⸻


桜は少しだけ残念そうにするが、すぐに笑う。


「また行こうね!」


⸻


⸻


電車、もしくは車での帰路。


窓の外は流れていく景色だけが続く。


田んぼ、住宅街、ビルの影。


旅の時間がゆっくりと後ろへ流れていく。


⸻


菫は静かに目を閉じる。


桜は隣でうとうとし始める。


榮助は窓の外を見続けている。


⸻


(戻っていく)


⸻


誰も口には出さないが、同じ感覚を持っていた。


⸻


⸻


柿沼家のマンションに戻ったのは昼前だった。


玄関の扉を開けると、いつもの空気が迎える。


⸻


「ただいま」


菫が言う。


⸻


「ただいま戻りました」


榮助も続ける。


⸻


桜は元気よく叫ぶ。


「ただいまー!」


⸻


⸻


荷物を置いた瞬間、部屋は一気に“日常”に戻る。


ホテルの非日常はもう遠い。


⸻


菫はキッチンに向かいながら小さく呟く。


「……やっぱり家ですね」


⸻


榮助は静かに答える。


「安定しています」


⸻


桜はソファに飛び込む。


「おうちも好き!」


⸻


⸻


その言葉に、菫は少しだけ笑う。


榮助はほんのわずかに目を細める。


⸻


旅は終わった。


しかし生活は続いていく。


それぞれの場所で、同じリズムで。


⸻


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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