↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
86/96

第85話 「夜の湯――貸切という小さな世界」


ホテルの案内に従って向かった先は、館内の奥まった場所にある貸切露天風呂だった。


木の廊下を進むと、静かな灯りに照らされた個室の入口が並んでいる。


「貸切露天風呂・一時間三千円〜四千円」


事前に説明されていた通り、家族単位で使える小さな空間だった。


⸻


「ここですね」


榮助が淡々と言う。


菫は少しだけ周囲を見回す。


「……本当に貸切なんですね」


⸻


桜はすでに楽しそうに入口を見上げている。


「おふろー!」


⸻


三人はそのまま更衣室へと入る。


木の香りがする落ち着いた空間だった。


⸻


着替えが始まる。


桜は慣れたように自分で服を脱いでいく。


菫は少しだけ視線を気にしながら動きを止める。


⸻


「……男の人がいると、なんか恥ずかしいですね」


⸻


ぽつりと漏れたその言葉に、榮助は一瞬だけ動きを止める。


だがすぐに平常の声で返す。


⸻


「もう何回も見ていますし、特に問題はありません」


⸻


あまりにも事実ベースの返答だった。


⸻


菫は顔を真っ赤にする。


「そういう意味じゃなくて……!」


⸻


榮助は少しだけ視線を上げる。


「体調は大丈夫ですか」


⸻


その一言で、空気が少しだけ切り替わる。


⸻


菫は一瞬固まり、それから慌てて答える。


「だ、大丈夫ですよ……!」


⸻


桜はそのやり取りを気にせず、すでにタオルを持って走り回っている。


「早くおふろ入ろー!」


⸻


⸻


露天風呂は外に開かれた岩風呂だった。


夜風がわずかに肌に触れ、湯気がゆっくりと立ち上る。


星が少しだけ見える空。


静かだが、完全に閉じた世界だった。


⸻


「温度、問題なし」


榮助が湯に手を入れて確認する。


⸻


「もう仕事じゃないんですから……」


菫が小さく言う。


⸻


⸻


まずは三人で体を流す。


桜は楽しそうにシャワーを使い、


「ママ見てー!」


と何度も呼ぶ。


⸻


菫はそのたびに優しく対応しながら、自分の髪を濡らしていく。


⸻


榮助は淡々と動きながらも、桜の安全と菫の体調を同時に確認していた。


⸻


「滑りやすいので気を付けてください」


⸻


「わかってます」


菫が軽く返す。


⸻


⸻


湯船に入る。


「はぁ……」


桜がすぐに声を漏らす。


「気持ちいい!」


⸻


菫もゆっくりと肩まで浸かる。


「……落ち着きますね」


⸻


榮助は隣で静かに座る。


⸻


しばらくの間、誰も多くは話さない。


ただ湯の音だけが響く。


⸻


⸻


やがて、菫が少しだけ榮助の方を見る。


⸻


榮助も視線を返す。


⸻


次の瞬間。


ごく自然に距離が縮まる。


⸻


軽いキス。


湯気の中で、静かに交わされる短い接触。


⸻


桜は少し離れた場所で遊んでいる。


⸻


菫は小さく息を吐く。


「……ここでもするんですね」


⸻


榮助は淡々と答える。


「距離が近いため、自然です」


⸻


⸻


その後も何度か。


軽いキスと、ほんの少し濃いめの接触。


⸻


会話はほとんどない。


ただ、空気が少しずつ“慣れたもの”になっていく。


⸻


湯から上がる頃には、三人ともゆっくりと温まっていた。


⸻


体を洗い直し、シャンプーでもう一度髪を整える。


泡と湯気の中で、日常の延長のように時間が過ぎる。


⸻


⸻


風呂から上がると、脱衣所で身体を拭く。


木の床が少し冷たい。


⸻


菫が髪を拭いていると、榮助がタオルを取る。


⸻


そして何も言わず、菫の髪をドライヤーで乾かし始める。


⸻


「……自分でできますけど」


⸻


「効率的です」


⸻


機械的な返答。


しかしその手は丁寧だった。


⸻


温風の音だけが響く中。


菫は少しだけ目を閉じる。


⸻


その瞬間だった。


⸻


榮助が少しだけ顔を近づける。


そして短く、濃いめのキス。


⸻


ドライヤーの音の中で、静かに重なる時間。


⸻


菫は驚きながらも、すぐには離れなかった。


⸻


「……今、それ必要ですか?」


⸻


榮助は少しだけ考えてから言う。


「必要ではありませんが、自然でした」


⸻


菫は小さくため息をつく。


「もういいです……」


⸻


⸻


全てを終えた後。


三人は売店へ向かう。


⸻


自動販売機で牛乳を買う。


「お風呂上がりはこれ」


桜が嬉しそうに言う。


⸻


菫も一本手に取る。


榮助も無言で受け取る。


⸻


⸻


部屋に戻ると、夜は完全に深くなっていた。


テレビは消され、灯りも落ちる。


⸻


桜はすぐにベッドへ。


「もう眠い……」


⸻


菫が布団をかける。


「おやすみ」


⸻


榮助は静かに一言。


「おやすみなさい」


⸻


⸻


そして三人は、それぞれの呼吸の中で眠りに落ちていく。


⸻


夜は静かに閉じていく。


貸切露天風呂で始まった小さな時間は、そのまま家族の夜へと溶けていった。


⸻  


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。