第83話 「夕食の席――未来という名前の話」
ホテルのバイキング会場は、夕方の柔らかい照明に包まれていた。
大きな窓の外には、少しずつ夜へと変わっていく空。
オレンジから群青へと溶けていくグラデーションが、ガラス越しに静かに広がっている。
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料理台には、色とりどりの料理が並んでいた。
焼きたての肉料理、魚料理、温野菜、スープ、和食、デザート。
観光ホテルらしい華やかさと落ち着きが同居している空間だった。
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桜はすでに子ども用プレートを手にして、嬉しそうに席に戻っている。
「これおいしい!」
「これも好き!」
小さな幸せを全部言葉にしていくような食べ方だった。
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菫はその様子を見ながら、少し安心したように微笑む。
「よく食べてるわね」
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榮助は桜の皿を一度だけ確認し、静かに頷く。
「問題ありません」
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菫はすぐに返す。
「今日は評価しなくていいんですよ」
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榮助は少し間を置く。
「……習慣です」
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そのやり取りに、菫は軽く笑う。
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三人は窓際の席に座っていた。
外の光はすでに夜へと移り始めている。
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食事が少し落ち着いた頃だった。
榮助が、ふと視線を上げる。
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「菫さん」
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その声はいつもより少しだけ柔らかかった。
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「はい?」
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菫が顔を上げると、榮助は一瞬だけ視線を料理から外し、彼女を見る。
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そして、静かに言った。
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「三人の子供は、どのような形がいいと考えていますか?」
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その言葉に、菫は少しだけ瞬きをする。
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「……子供、ですか?」
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榮助は頷く。
「将来的な話です」
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彼の声は淡々としているのに、そこには“現実の未来”が含まれていた。
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少し間を置いてから、榮助は続ける。
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「私は、男の子二人と女の子一人が良いと考えています」
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そう言いながら、自然に菫の手を取る。
恋人繋ぎ。
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その動きに迷いはなかった。
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「理由は、家族構成として安定しやすいと判断したためです」
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榮助はあくまで理屈の延長として語る。
だがその手は、確かに温かいままだった。
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菫は少しだけ目を伏せる。
そして小さく息を吐く。
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「……偶然ですね」
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榮助が視線を向ける。
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菫は静かに続ける。
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「私も同じです」
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その言葉に、榮助の表情がほんのわずかに変わる。
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菫は続ける。
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「桜がいるので、男の子は二人くらい欲しいと思っていました」
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少しだけ照れたように視線を外しながら。
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「女の子が一人増えたら……2人ずつでバランスも良いですし、楽しそうです」
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その言葉は、理屈ではなく“想像”だった。
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榮助は一瞬だけ黙る。
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そして、静かに言う。
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「一致しています」
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その一言に、わずかな温度が混ざる。
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菫は小さく笑う。
「そうですね」
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次の瞬間だった。
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榮助は恋人繋ぎのまま、少しだけ距離を縮める。
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そして菫の唇に軽く触れる。
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一瞬。
しかし確かに“濃さ”を含んだキス。
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菫は驚く間もなく、そのまま受け止めてしまう。
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桜はその向こうでデザートを食べながら気づかないふりをしているようで、時々ちらっと見ている。
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やがて榮助はゆっくりと離れる。
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菫は小さく息を整えながら言う。
「……今は食事中です」
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榮助は短く答える。
「理解しています」
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しかし手は離さないままだった。
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そのまま、三人の夕食は続いていく。
桜の笑い声。
料理の匂い。
窓の外に広がる夜。
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そして菫はふと気づく。
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(この人の“未来”の話は、全部“現実”として置かれている)
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その事実が、少しだけ胸に残る。
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バイキングの時間はゆっくりと過ぎていく。
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