↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
80/97

第79話 「夜の静けさ――湯船に沈む鼓動と、同じ温度」


マンションに戻ったとき、夕方の名残はすでに薄れていた。


廊下の明かりはやや落ち着いた色に変わり、外の世界と切り離されたような静けさが部屋の中に広がっている。


三人はそれぞれの動きで、ゆっくりと“家の時間”へ戻っていった。


⸻


桜(さくら)は靴を脱いだ瞬間から眠気が勝っていた。


「……もう眠い……」


そのままリビングを横切り、ベッドに倒れ込むように横になる。


菫(すみれ)が慌てて毛布をかける。


「ちゃんと寝なさい」


⸻


「うん……」


桜はそれだけ言うと、すぐに目を閉じた。


⸻


その様子を見て、榮助(えいすけ)は静かに言う。


「今日はよく動いていましたからね」


⸻


菫は小さく頷く。


「公園、楽しかったみたい」


⸻


「それが一番です」


⸻


その会話は、もう“日常の締め”のように自然だった。


⸻


⸻


軽めの夕飯は、静かに終わった。


・うどん

・野菜の煮物

・おにぎり少し


派手さはないが、体に負担をかけない構成。


⸻


食器を片付けながら、菫は一度だけ榮助を見る。


「……お風呂、入りますか」


⸻


その言葉は少しだけ控えめだった。


⸻


榮助は一瞬だけ動きを止める。


そして短く頷く。


「はい」


⸻


⸻


菫の部屋。


その後ろで、桜の寝息がすでに安定している。


完全に眠りに落ちた音だけが、静かに部屋を満たしていた。


⸻


菫は榮助の部屋の前で立ち止まる。


「……じゃあ」


⸻


榮助は一歩近づく。


そして言葉の代わりに、軽く唇を重ねる。


⸻


最初は短く。


だがすぐに、少しだけ深くなる。


⸻


静かな夜に馴染むような、長すぎない“濃いめのキス”。


⸻


離れたあと、榮助は小さく言う。


「ありがとうございます」


⸻


菫は一瞬だけ視線を逸らす。


「……お礼を言うことじゃないです」


⸻


それでも、どこか柔らかい空気だった。


⸻


⸻


浴室。


湯気がゆっくりと立ち上る。


照明は少し落とされ、白い光が水面に揺れている。


⸻


湯船に並んで座る二人。


肩まで沈めると、外の音はほとんど消える。


⸻


榮助は自然に菫の方へ視線を向ける。


そして、何も言わずにそっと距離を詰める。


⸻


軽く唇を重ねる。


湯気の中で、温度だけが確かに交わる。


⸻


菫は一瞬だけ目を閉じる。


「……ん……」


⸻


離れたあと、榮助は視線を下げる。


菫のお腹へ。


ゆっくりと手を伸ばす。


⸻


そこに触れる動きは、乱れたものではなく、確認に近い静かなものだった。


⸻


「……大丈夫ですね」


⸻


菫は小さく息を吐く。


「ええ……今日は落ち着いてる気がします」


⸻


榮助はもう一度、軽くキスをする。


今度は先ほどより少しだけ長く。


⸻


菫の指先が、湯の中でわずかに動く。


拒むわけではないが、完全に慣れたわけでもない。


その境界が、まだ少しだけ残っている。


⸻


⸻


風呂を上がると、夜はさらに深くなっていた。


湿気を含んだ髪をタオルで押さえながら、菫は静かに言う。


「今日は……私の部屋で寝ませんか」


⸻


榮助はすぐには答えない。


少しだけ間を置いてから、頷く。


「分かりました」


⸻


⸻


菫の部屋。


桜はすでに完全に眠っている。


規則正しい寝息だけが、部屋の中心にある。


⸻


ベッドの横に座る二人。


電気は落とされ、窓の外の街灯がわずかにカーテンを透かしている。


⸻


菫は小さく息を吐く。


「今日は……よく動きましたね」


⸻


榮助は頷く。


「休日としては適切でした」


⸻


菫は少しだけ笑う。


「評価みたいですね」


⸻


榮助は視線を上げる。


「そういうつもりではありません」


⸻


その言葉のあと、静かに間が落ちる。


⸻


菫はゆっくりと榮助の方へ体を向ける。


そして、小さく距離を詰める。


⸻


唇が触れる。


今度は“おやすみ”に近い、静かなキス。


⸻


一度離れたあと、もう一度だけ。


今度は少しだけ長く。


⸻


菫は小さく言う。


「……おやすみなさい」


⸻


榮助は短く答える。


「おやすみなさい」


⸻


⸻


横になると、二人の距離はわずかに近いままだった。


だが、それ以上は動かない。


⸻


天井の暗さの中で、菫が静かに呟く。


「ねえ……」


⸻


榮助は目を閉じたまま応える。


「はい」


⸻


菫は少しだけ間を置く。


「……このままで、いいんですよね」


⸻


榮助はすぐには答えない。


そして、ゆっくりと言う。


「今は、それで問題ありません」


⸻


その返事に、菫は小さく息を吐く。


「……そうですか」


⸻


少しだけ沈黙。


⸻


そして榮助が、もう一度だけ短く言う。


「隣にいる限り」


⸻


菫は目を閉じる。


その言葉の意味を、ゆっくり受け止めるように。


⸻


「……おやすみなさい」


⸻


「おやすみなさい」


⸻


⸻


夜は、完全に静かになる。


呼吸だけが重なり合いながら、同じ時間の中に溶けていく。


⸻


それはまだ“完成”ではないが、


確かに“続いている関係”だった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。