第78話 「夕方の公園――揺れる時間と帰り道」
夕方の光は、昼のそれよりもずっと柔らかい。
公園の砂場や遊具の輪郭を、ゆっくりとオレンジ色に染めていく。
風は少しだけ涼しくなり、子どもたちの声もどこか穏やかになっていた。
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ブランコの軋む音。
滑り台を滑る小さな歓声。
砂場で型を作っては崩す、繰り返しの遊び。
その中心にいるのは桜だった。
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「見て見て!できた!」
桜は砂で作った小さな山を誇らしげに見せる。
菫はベンチから少し身を乗り出す。
「上手にできたわね」
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榮助はその横で静かに頷く。
「形が安定していますね」
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桜は褒められるたびに、また走り出す。
滑り台へ。
ブランコへ。
砂場へ。
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その姿を、二人はほとんど同じように目で追っていた。
言葉は少ない。
だが視線はずっと桜の方向に向いている。
それが自然な距離になっていた。
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少しだけ風が強くなる。
桜がブランコを降りたタイミングで、榮助が小さく立ち上がる。
「少し失礼します」
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菫が振り向く前に、榮助は隣へ一歩近づく。
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そして、ほんの短く距離を詰めた。
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菫の肩にかかる髪が、わずかに揺れる。
次の瞬間、榮助は軽く唇を重ねる。
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短いが、はっきりとした“濃いめのキス”。
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菫は一瞬で目を見開く。
「……っ、ちょっ……!」
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だが声を出しきる前に、榮助は一度だけ離れる。
そして何事もなかったように桜の方へ視線を戻す。
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その数秒後。
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「ママとお兄ちゃん、キスしてる!」
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桜の声が公園に響く。
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菫は一気に顔を赤くする。
「さ、桜……!」
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立ち上がろうとする菫の手を、榮助が軽く制するように握る。
そしてもう一度、短く距離を詰める。
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今度は先ほどよりも少しだけ長い。
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菫の呼吸が一瞬止まる。
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ようやく離れたとき、榮助は静かに菫の方を見る。
そして何も言わず、視線だけを菫のお腹へ落とす。
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確認するように、そっと。
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「……問題ありませんね」
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菫は小さく息を整える。
「あなたは本当に……」
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言葉にならないまま、視線を逸らす。
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榮助は淡々と続ける。
「では、そろそろ帰りましょうか」
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ベンチから立ち上がる。
夕方の光が三人の影を長く伸ばす。
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桜はまだ少し興奮したまま駆け寄る。
「お兄ちゃん!もう帰るの?」
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榮助は自然に抱き上げる。
「はい。そろそろです」
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桜は抱っこされたまま、まだ少し笑っている。
「さっきのキス、びっくりした!」
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菫は後ろから小さくため息をつく。
「桜……忘れて」
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「えー、なんでー?」
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榮助はそのやり取りを見ながら、何も言わない。
ただ静かに歩き出す。
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公園の出口へ。
マンションへ続く道へ。
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夕方の光の中で、三人の影がゆっくりと重なっていく。
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桜は抱っこされたまま、少し眠そうに目を細める。
菫はその横を歩きながら、まだ少し顔の熱を引きずっている。
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榮助はただ前を見ている。
まるでそれが、最初から決まっていた帰り道であるかのように。
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夕方は静かに終わっていく。
何事もなかったように。
だが確かに、少しだけ距離の近い時間として。
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