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第77話 「昼の時間――何もしないという贅沢」


午前の光が部屋の中を満たしきった頃、土曜の空気はすっかり“休日の色”に変わっていた。


外から聞こえる車の音も、どこか遠く感じる。


急ぐ足音も、電話の呼び出し音も、この家の中には届かない。


⸻


リビングのソファには、桜(さくら)がクッションを抱えて座っている。


その隣で、菫(すみれ)は軽く毛布を膝にかけていた。


そして少し離れた位置に、榮助(えいすけ)がタブレットを持って座っている。


⸻


「今日はゲームの日ですね」


榮助が淡々と言う。


⸻


菫は少しだけ苦笑する。


「そんな予定でしたっけ」


⸻


「桜ちゃんが昨日そう言っていました」


⸻


桜はすぐに顔を上げる。


「うん!今日はゲームする日!」


⸻


その即答に、菫は小さく息を吐く。


「……決定事項みたいね」


⸻


⸻


テーブルの上には、簡単な昼食の準備が並ぶ。


・サンドイッチ(卵とハム)

・フルーツ(りんごとみかん)

・麦茶


キッチンに立つ時間を減らし、負担を軽くした“休日仕様”。


⸻


榮助はサンドイッチを一つ手に取りながら言う。


「今日は外出予定はありません」


⸻


菫は頷く。


「ええ、ゆっくりしましょう」


⸻


その言葉に、桜は嬉しそうに両手を上げる。


「やったー!」


⸻


⸻


午後。


リビングの空気はさらに緩くなる。


クッション、毛布、ゲーム機。


それぞれが思い思いの位置に落ち着いている。


⸻


桜は小さなコントローラーを握りながら言う。


「ママ、これどうやるの?」


⸻


菫は少し身を寄せる。


「ここを押して……こう」


⸻


桜は真剣な顔で操作する。


画面の中でキャラクターが動くたびに、声が上がる。


「動いた!」


⸻


その様子を見ながら、榮助は静かに隣に座る。


「順調ですね」


⸻


菫は軽く笑う。


「ゲームの才能はまだ分かりませんけどね」


⸻


⸻


しばらくして。


桜は集中しすぎて、だんだん静かになる。


コントローラーを握ったまま、まばたきがゆっくりになる。


⸻


菫はその様子に気付く。


「……そろそろ休憩しましょうか」


⸻


桜は小さく頷く。


「うん……ちょっと眠い」


⸻


そのまま、クッションに身体を預ける。


⸻


榮助は静かに毛布をかける。


「少し休んでください」


⸻


桜は目を閉じる前に、小さく笑う。


「おやすみ……」


⸻


⸻


リビングは一気に静かになる。


ゲームの画面だけが、淡く光っている。


⸻


菫はその様子を見て、小さく息を吐く。


「寝ちゃいましたね」


⸻


榮助は頷く。


「疲れたのでしょう」


⸻


その言葉に、菫は少しだけ視線を落とす。


「……私たちも、休んでるみたいですね」


⸻


榮助は少しだけ間を置く。


「休日ですから」


⸻


その答えは、あまりにも単純で、だからこそ正しかった。


⸻


⸻


午後の光が、少しずつ角度を変えていく。


リビングの空気は、さらに穏やかになる。


⸻


菫はソファに身体を預ける。


榮助はその隣でタブレットを閉じる。


⸻


何もしていない。


だが、何もしていないことに焦りもない。


⸻


それは、以前とは違う時間だった。


⸻


⸻


しばらくして。


榮助がふと口を開く。


「桜ちゃん、午後は少し公園に行きますか」


⸻


菫は少しだけ考えてから頷く。


「いいですね」


⸻


桜が起きる頃には、また外の時間が始まる。


⸻


⸻


それまでの間。


この家には、ただ静かな昼だけが流れていた。


何も起きないことが、自然に感じられる時間。


それが、今の“日常”だった。  



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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