↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
81/95

第80話 「朝の出発――小さな旅の始まり」


朝は、まだ少しだけ柔らかい光を残していた。


窓の外には淡い雲が広がり、街は休日特有のゆっくりとした呼吸をしている。


平日とは違う時間の流れ。


それが、今日という日の始まりだった。


⸻


菫(すみれ)はキッチンで荷物の最終確認をしていた。


小さなトートバッグの中には、必要最低限のものが整然と入っている。


・飲み物

・タオル

・簡単な薬

・桜の着替え

・母子手帳(念のため)


妊娠中ということもあり、自然と“準備の精度”が上がっていた。


無駄を削り、必要だけを残す。


それは仕事でも家庭でも変わらない癖だった。


⸻


「忘れ物は……ないわね」


小さく呟いた瞬間、後ろから足音が聞こえる。


⸻


榮助がリビングに入ってくる。


すでに軽装の私服。


仕事のときとは違い、少しだけ“人間らしい柔らかさ”がある。


⸻


「おはようございます」


榮助の声はいつも通り落ち着いている。


⸻


「おはようございます」


菫も自然に返す。


もう、このやり取りは生活の一部だった。


⸻


テーブルの方では桜(さくら)が椅子に座りながら足を揺らしている。


完全に目は覚めていないが、どこか楽しそうだった。


⸻


「今日はどこ行くの?」


⸻


桜の問いに、菫は優しく答える。


「少し遠くの場所よ。お出かけ」


⸻


「おでかけ!」


桜の声が一気に明るくなる。


その反応に、榮助はわずかに視線を落とす。


⸻


「移動時間は長くなりますか」


⸻


「二時間ほどかしら」


菫が答えると、榮助は短く頷いた。


⸻


「問題ありません」


⸻


その言い方は、いつも通り“仕事のような整理された判断”だった。


だが今日は、それが少しだけ違う意味を持っている。


⸻


“家族で出かける日”


それだけで、判断基準が少し変わっていた。


⸻


朝食は軽めだった。


・おにぎり(鮭・梅)

・卵焼き

・味噌汁

・水


桜の分は少しだけ甘めに調整されている。


⸻


「おいしい!」


桜が嬉しそうに言うと、菫は微笑む。


「よかったわ」


⸻


榮助は静かに食べながら、時折桜の様子を見る。


その視線は仕事の監視ではなく、単なる“確認”に近いものだった。


⸻


食事が終わると、出発準備に入る。


⸻


桜は小さなリュックを背負う。


中身はお菓子とおもちゃ。


それだけで満足そうだった。


⸻


「準備できたわね」


菫が確認すると、桜は元気よく頷く。


「できた!」


⸻


榮助は玄関で靴を整える。


そして一度だけ家の中を見渡す。


⸻


(問題なし)


⸻


その短い確認のあと、静かに言う。


「行きましょう」


⸻


菫が桜の手を取る。


そして三人は玄関を出た。


⸻


外の空気は少しだけ冷たく、しかし心地よかった。


朝の光が道路をゆっくりと照らしている。


⸻


桜は真ん中で歩きながら、楽しそうに言う。


「今日はずっと一緒?」


⸻


その問いに、菫は少しだけ間を置いて答える。


「ええ、今日はずっと一緒よ」


⸻


榮助はその言葉を聞きながら、前を見ている。


だが、その横顔はいつもよりわずかに緩んでいた。


⸻


(今日は移動日)


(業務はない)


(家庭だけの時間)


⸻


その事実は、彼にとってまだ完全には慣れていない領域だった。


⸻


駅へ向かう道。


車の音。


通り過ぎる人々。


それらすべてが、日常でありながら“非日常”に見える。


⸻


桜は途中で小さく跳ねる。


「たのしみ!」


⸻


菫はその姿を見て、静かに微笑む。


⸻


榮助はその二人の間を歩きながら、ふと一言だけ呟く。


「安全に進行します」


⸻


菫は少しだけ苦笑する。


「旅行よ、それ」


⸻


「理解しています」


⸻


短い会話。


それでも、そのやり取りが自然だった。


⸻


駅に着くと、人の流れが少し増える。


休日特有のざわめき。


⸻


切符を買い、ホームへ向かう。


電車を待つ時間。


⸻


桜はベンチに座りながら足を揺らしている。


⸻


菫はその隣に座り、少しだけ空を見上げる。


⸻


榮助は立ったまま周囲を確認している。


いつもの癖。


⸻


だが今日は、それが“守る”ための動きではなく、“一緒にいるための動き”になっていた。


⸻


電車がホームに入る。


風が少しだけ流れる。


⸻


桜が嬉しそうに立ち上がる。


「きた!」


⸻


菫は立ち上がり、軽く桜の手を握る。


榮助もその横に立つ。


⸻


三人は同時に電車へと乗り込んだ。


⸻


扉が閉まる音。


そしてゆっくりと動き出す車両。


⸻


窓の外に流れる街並み。


その中で、朝という時間は少しずつ“移動”していく。


⸻


菫は小さく息を吐く。


⸻


(今日は、少しだけ違う日になる)


⸻


その予感だけが、静かに胸の中に残っていた。


⸻ 


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。