第69話「変わらない日常と、それぞれの夕方」
夕方の龍雷神本社。
窓の外は少しだけ橙色に傾き始め、ビル群の影が長く伸びていた。
営業サポート課――秘書課へ異動してからも、榮助の業務リズムは大きくは変わらない。
むしろ“誰かを支える仕事”から、“誰かを支える仕事”へと重なっただけだった。
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榮助はデスクで資料を整理しながら、静かに息をつく。
(今日も問題なし……)
画面に並ぶ数字と契約書を確認し、最後の承認チェックを終える。
そのとき、ポケットのスマホが震えた。
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「……菫さんからだ」
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通話ボタンを押す。
「もしもし」
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電話の向こうは、少しだけ疲れた声。
『榮助さん、お仕事終わりましたか?』
「はい、今ちょうど一区切りです」
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少し間を置いてから、榮助は続ける。
「今日は桜ちゃんを迎えに行きますので、そのまま夕飯も作っておきます」
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受話器の向こうで、菫が小さく息をのむ気配。
『……ありがとうございます』
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榮助は淡々と続ける。
「今日は軽めにしておきますね。胃に優しいものにします」
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少しだけ料理の内容を頭の中で組み立てながら言った。
「鶏の豆腐つくねと、ほうれん草のおひたし、あとはじゃがいもと玉ねぎの味噌汁。それと、桜ちゃん用に甘めの卵焼きも作っておきます」
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『……ほんとに全部やるんですね』
菫の声には、呆れと安心が混ざっていた。
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「できる範囲です」
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短くそう返すと、通話は穏やかに終わった。
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その後、榮助は定時でデスクを離れる。
スーツ姿のまま保育園へ向かい、門の前で待っていた桜を見つけると、自然にしゃがむ。
「おかえり」
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「お兄ちゃん!」
桜は勢いよく飛びつき、そのまま抱き上げられる。
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「今日はスーパー行きたい!」
「了解です」
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まるで日常の延長のように、二人はそのまま歩き出した。
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スーパーの店内。
榮助は桜を片腕で抱えたまま、もう片方の手で買い物かごを持つ。
「今日は何にする?」
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桜は楽しそうに指を折る。
「お肉!卵!あと……プリン!」
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「プリンはデザートですね」
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榮助は静かにうなずきながら、必要な食材をカゴに入れていく。
・鶏ひき肉
・豆腐
・ほうれん草
・じゃがいも
・玉ねぎ
・卵
・味噌
・プリン(桜用)
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桜は抱っこされたまま、嬉しそうに揺れていた。
「お兄ちゃんのご飯、好き!」
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「ありがとうございます」
榮助は淡々と返しながらも、ほんの少しだけ目を細めた。
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同じ頃。
龍雷神本社・秘書課。
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菫はまだデスクに残っていた。
美枝子と並んで、翌日の資料を確認している。
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「この案件、明日の朝までに役員確認ね」
美枝子が淡々と指示する。
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「はい」
菫は即座にメモを取る。
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美枝子は少しだけ横目で見る。
「あなた、ほんとに働く時は真面目ね」
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菫は小さく笑う。
「榮助さんもそうですから」
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その一言に、美枝子はふっと息を吐いた。
「……あの子ね」
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一方、スーパーを出た榮助は、桜を抱えたまま帰路につく。
空はすでに夕暮れから夜へと変わり始めていた。
ビルの光が一つ、また一つと灯っていく。
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桜が小さく呟く。
「今日も、いい日だね」
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榮助は少し間を置いて答えた。
「そうですね」
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その言葉は、誰に向けたものでもなく、
それでも確かに“家族”の中にあった。
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夜。
菫の帰りを待つ部屋には、すでに夕飯の下準備の気配が満ちていた。
小さな鍋、切られた野菜、整えられた皿。
それは“生活”というより、“誰かのために作られた時間”だった。
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今日もまた、
それぞれがそれぞれの場所で、
同じ一日を積み重ねていく。
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