第61話 「名前――まだ見ぬ三つの命へ」
長谷寺へ向かう道。
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海からの風が、少しだけ涼しく感じられる午後。
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家族たちはゆっくりと歩きながら、それぞれの距離で会話をしていた。
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その中で――
柊木斗真が、ふと足を緩める。
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「……そういえば」
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自然な声だった。
だが、その一言で空気が少しだけ変わる。
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斗真は、菫と榮助の方を見る。
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「三人の子供の名前は、もう決めたのか?」
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その言葉に、
周囲の会話が一瞬止まる。
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菫は少しだけ目を伏せる。
「……まだ、です」
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榮助も頷く。
「これから考えようと…」
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その時――
元気な声が割り込んだ。
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「あるよ!!」
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桜だった。
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全員の視線が一斉に集まる。
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桜は胸を張るように言う。
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「さくらね、いっぱい考えたの!」
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そして指を折りながら――
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「えっとね!」
「ひかる!」
「そら!」
「ゆい!」
「はる!」
「みな!」
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一気に五つ。
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その無邪気さに――
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「ふふっ……」
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鳴海が笑う。
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美枝子も口元を押さえる。
「可愛いわね……」
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智恵子も思わず笑う。
「ちゃんと考えてるじゃない」
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燈子と玲子も笑いながら頷く。
「センスある〜」
「どれもいいね」
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桜は満足そうに胸を張る。
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そして、ふと榮助を見る。
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「お兄ちゃん……」
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「なにかいい名前あった?」
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その一言で――
空気が変わる。
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榮助は少しだけ目を伏せる。
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考える。
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すると――
健二郎が静かに口を開く。
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「桜ちゃんは、どれがいいんだ?」
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桜は少し悩んで――
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「どれでもいいの!」
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そして、続ける。
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「でもね……」
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「まず榮助お兄ちゃんに決めてもらわないと!」
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その瞬間――
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全員の視線が、
一斉に榮助へ向く。
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鳴海。
美枝子。
智恵子。
燈子。
玲子。
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そして――
斗真と健二郎も。
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無言の圧。
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榮助は小さく息を吐く。
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(……これは、逃げられないな)
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ゆっくりと顔を上げる。
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そして、桜を見る。
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「……そうだな」
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少しだけ考えて――
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言葉を選ぶ。
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「三人だから……」
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「“光・空・結”にする」
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静寂。
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榮助は続ける。
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「光――明るく、まっすぐに」
「空――自由に、広く」
「結――人と人を繋ぐ」
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「この三つなら……」
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「三人とも、それぞれ違う意味を持てる」
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数秒の沈黙。
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最初に反応したのは――
桜だった。
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「いい!!」
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満面の笑み。
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「さくら、それ好き!!」
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その言葉で――
空気が一気に緩む。
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鳴海が微笑む。
「素敵ね」
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美枝子も頷く。
「榮助らしいわ」
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智恵子は軽く息を吐く。
「ちゃんと考えてるじゃない」
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燈子と玲子も顔を見合わせる。
「いい名前だね」
「バランスもいいし」
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斗真は静かに頷く。
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「……いいと思う」
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健二郎も短く言う。
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「決まりだな」
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その言葉で――
“名前”が現実になる。
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菫は、少しだけ目を潤ませていた。
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「……ありがとう」
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その声は、とても小さかった。
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だが確かに届いていた。
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榮助は、何も言わずに頷く。
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三つの名前。
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まだ見ぬ三つの命に、
初めて与えられた“形”。
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鎌倉の空の下で――
それは、静かに確定した。
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そして物語は、
さらに深く“家族”へと進んでいく。
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