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第57話「昼の距離と、変わる立ち位置」


昼は、朝よりも少しだけ現実的な時間になる。


光も人の声も増え、仕事という“役割”が一気に濃くなる時間帯だった。


⸻


龍雷神・秘書課フロア。


榮助(えいすけ)は、すでに営業サポート課ではなく秘書課所属として動いていた。


以前とは違い、机の位置も業務内容も、明確に変わっている。


・取締役のスケジュール管理

・会議資料の最終調整

・社内外連絡の一次対応

・健二郎(けんじろう)の第二秘書業務


「……これ、午後の会議分です」


榮助は淡々と資料を島津向葵(しまず あおい)に渡す。


向葵はそれを受け取りながら軽く笑う。


「もう完全に慣れてきたね、柿沼くん」


「まだです」


即答。


その短さに、向葵は少しだけ肩をすくめる。


「謙遜というより、事実確認タイプだね」


⸻


秘書課の空気は、営業サポート課とは違う。


“速さ”よりも“正確さ”と“沈黙の共有”が重視される。


誰も大きな声を出さない。


けれど情報は常に動いている。


⸻


その頃、菫(すみれ)も同じフロアにいた。


美枝子(みえこ)の横で資料を確認している。


「午後の会議、これで大丈夫ね」


「はい」


短いやり取り。


だがその間にも、別部署から次々と連絡が入る。


・役員予定変更

・旅行関連の最終調整

・社内警備確認


“ただの昼休み”という概念は、この会社では薄い。


⸻


廊下を通りかかった社員がひそひそと話す。


「最近、秘書課やたら人増えてない?」


「旅行とかあるからじゃない?」


「それにしても統括系全部動いてるよな」


誰も真相までは知らない。


だが、“何か大きなものが動いている”空気だけは全員が感じていた。


⸻


榮助は健二郎(けんじろう)の書類を確認しながら、軽くメモを取る。


そこへ向葵が声をかける。


「午後、社外との調整入るけど大丈夫?」


「問題ありません」


「ほんと返事早いよね」


「遅れる理由がないので」


向葵は少し笑う。


「秘書向きだね、それ」


榮助は特に反応しない。


ただ仕事を続ける。


⸻


同じ頃、菫のデスク。


美枝子がふと声をかける。


「榮助くん、もう完全に秘書課の動きになってるわね」


菫は少しだけ視線を落とす。


「そうですね……」


「あなたもね。もう“会計課の人”って感じじゃないわ」


菫は軽く頷く。


(もう、戻れないのかもしれない)


そんな感覚が少しだけよぎる。


⸻


昼食時間。


榮助は簡易的な昼食を取っていた。


・雑穀おにぎり

・味噌汁(保温)

・卵焼き


向葵が横を見る。


「それ、毎日自作?」


「はい」


「すごいね」


「普通です」


その会話は淡々としているが、周囲は少しだけ気づく。


(あの新人、異常に安定してる)


(しかも秘書課に馴染むの早い)


⸻


菫の方では、美枝子が資料を閉じる。


「午後は少し早めに切り上げるわよ」


「旅行準備ですか?」


「ええ、“家族の予定”だから」


その言葉に、菫は小さく頷く。


“家族の予定”。


その言葉が、まだ少しだけ慣れない。


⸻


午後前。


榮助の端末が震える。


菫から。


『午後は少し遅くなります』


榮助はすぐに返信する。


『桜は迎えに行きます』


それだけが、その短いやり取りで全てが成立している。


⸻


向葵がふと呟く。


「ほんと、無駄がない関係だね」


榮助は一瞬だけ止まる。


「無駄は必要ないので」


向葵は軽く笑う。


「それ、上司が言うやつだよ」


⸻


秘書課の昼は終わり、午後へ移る。


会社はまた少しだけ忙しくなる。


だがその中心にいる彼らは、まだ気づいていない。


この“静かな日常”が、もうすぐ大きく動くことに。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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