第56話「朝の気配と、変わり始めた日常」
朝は、いつも通りに来る。
けれど最近の柊木家と柿沼家では、その“いつも通り”が少しずつ形を変えていた。
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薄い光がカーテンの隙間から差し込む。
菫が目を開けたとき、隣の布団はもう整えられていた。
(……また先に起きてる)
リビングからは、かすかな生活音。
水の音、包丁の音、炊飯器の作動音。
それがもう、この家の“朝の標準”になっていた。
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菫がゆっくりとキッチンへ向かうと、榮助はすでに朝食を整えていた。
動きは静かで、無駄がない。
・味噌汁(豆腐とわかめ)
・焼き鮭
・卵焼き(甘さ控えめ)
・雑穀米(少量)
以前よりも、完全に“習慣化された食卓”になっている。
「おはようございます」
榮助の声は落ち着いている。
菫は軽く頷く。
「……おはよう」
そのやり取りだけで、朝の空気が整う。
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桜が目をこすりながらリビングに入ってくる。
「ママ……おはよう」
「おはよう、桜」
桜はすぐに菫のお腹を見る。
「赤ちゃん、起きてる?」
その言葉に、菫は少しだけ間を置く。
「たぶんね」
「“たぶん”ばっかり!」
桜は頬を膨らませる。
榮助が静かに補足する。
「まだ見えないからな」
桜は納得したように頷く。
「じゃあ、起きてることにする!」
菫は小さく笑った。
その笑いは、以前より自然だった。
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朝食中。
テレビではニュースが流れている。
企業合併、芸能ニュース、スポーツ移籍。
しかしこの家では、どれも遠い世界の話のように流れていく。
桜がスプーンを動かしながら言う。
「今日もお兄ちゃん、会社?」
「はい」
「ママも?」
菫は少しだけ頷く。
「うん」
桜は少しだけ不満そうにする。
「ずっといればいいのに」
その一言に、菫は一瞬だけ言葉を止める。
榮助が静かに言う。
「働かないと、守れないからな」
桜は首を傾げる。
「守る?」
菫が優しく答える。
「桜とか、赤ちゃんとか」
桜は納得したように頷く。
「じゃあ、いいよ!」
その単純な理解が、逆にこの家庭のバランスを支えていた。
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出勤準備。
菫は鏡の前で軽く身だしなみを整える。
妊娠が分かってから、服の選び方も少しずつ変わっている。
締め付けない、動きやすいもの。
美枝子の言葉を思い出す。
『“無理しない見た目”も仕事のうちよ』
その意味が少しずつ分かってきていた。
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榮助はスーツのネクタイを整えながら言う。
「今日は桜の迎え、私が行きます」
菫は軽く振り向く。
「ありがとう」
その一言だけで、朝の負担が少し軽くなる。
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玄関。
桜が靴を履きながら元気に言う。
「いってきまーす!」
菫と榮助が同時に答える。
「いってらっしゃい」
声の重なり方が、少しだけ家族になっていた。
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扉が閉まる。
その瞬間だけ、家は静かになる。
菫は一度だけ息を吐く。
「……今日も始まった」
小さくそう呟いて、出勤準備を続ける。
榮助も同じく、無言でネクタイを締める。
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それぞれが別の場所へ向かう。
だが、同じ“生活の線”の上にいる。
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この朝は、まだ何も起きていない。
けれど確実に、何かが積み重なっている朝だった。
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