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第54話「静かな朝と、積み重なる日常」


朝は、いつもと同じ顔をして始まる。


けれど最近の柊木家と柿沼家の“朝”は、ほんの少しだけ重なり方が変わっていた。


⸻


菫(すみれ)は早朝からキッチンに立っていた。


鍋の中では味噌汁が静かに揺れ、別のフライパンでは卵がゆっくりと焼けていく。


・豆腐とわかめの味噌汁

・焼き鮭(少し小さめの切り身)

・卵焼き(甘さ控えめ)

・白米(控えめの量)


妊娠が分かってから、食事は“量”よりも“安定”を優先するようになっていた。


「……今日も、ちゃんと食べられそう」


独り言のように呟きながら、火を止める。


その背後から、小さな足音。


「ママぁ……おはよう」


桜(さくら)が眠たそうに目をこすっていた。


「おはよう、桜」


菫が振り向くと、桜はすぐに視線をお腹へ向ける。


「赤ちゃん、今日は元気?」


その言葉に、菫は少しだけ間を置いて笑った。


「うん。たぶん、元気」


「よかった!」


桜はそれだけで満足したように、椅子に座った。


⸻


同じ時間。


榮助(えいすけ)の部屋。


炊飯器の音だけが静かに響いていた。


今日は少しだけ違う朝食。


・雑穀米

・味噌汁(きのこ追加)

・だし巻き卵

・きゅうりの浅漬け


手際はもう迷いがない。


最初は“やらなきゃいけないこと”だった料理が、今は“自然にやること”になっていた。


「……これでいい」


弁当箱に詰め終わり、蓋を閉じる。


その動作に、焦りはない。


⸻


会社。


龍雷神・秘書課。


空気は静かだが、情報量だけは多い。


書類、予定表、役員スケジュール、旅行調整案。


美枝子(みえこ)が端末を見ながら言う。


「週末の件、移動は会社車両を一部使うわよ」


菫は資料を確認しながら答える。


「助かります。桜も一緒なので」


その言葉に、美枝子は軽く頷く。


「“仕事”じゃないから気楽にしていいのよ」


「……でも、会社の人も来ますよね」


「それがこの会社の“普通”よ」


さらりと返される。


⸻


少し離れた席では健二郎(けんじろう)が書類を見ていた。


「榮助の方は問題ないな。現場も安定してる」


美枝子が笑う。


「あの子、昔より真面目になったわね」


菫は小さくその会話を聞いていた。


(“家族旅行”って、こういうものなのかな……)


まだ実感が薄い。


けれど、確実に何かが動いている。


⸻


営業サポート課。


榮助はいつも通りデスクにいた。


木更津瑛二(きさらづ えいじ)が通りかかる。


「柿沼」


「はい」


「最近、判断が早いな」


「少しずつ慣れてきました」


瑛二は一瞬だけ榮助を見て、短く言う。


「慣れるのはいい。ただし“飲み込まれるな”」


榮助はその言葉の意味を、すぐには返さない。


「……はい」


それだけだった。


⸻


昼前。


菫のスマホが震える。


榮助から。


『今日も桜の迎えは行きます』


『夕飯は軽めで大丈夫です』


短い連絡。


だが、それが今の生活の“軸”になっている。


菫は少しだけ画面を見てから返信する。


『お願いします』


そのやり取りを見て、美枝子が笑う。


「ほんと、よく動く子ね」


「……助かってます」


菫は少し照れたように答えた。


⸻


夕方。


榮助は定時前に会社を出る。


保育園へ。


桜はすぐに駆け寄る。


「お兄ちゃん!」


抱き上げる動作はもう自然だった。


「ただいま」


「今日ね、ママのお腹、ちょっと大きくなってた!」


その言葉に、榮助は一瞬だけ目を細める。


「そうか」


それだけでいい。


⸻


夜。


帰宅した菫。


玄関を開けると、すでに夕飯の匂いがする。


桜が駆け寄る。


「ママ!」


榮助が言う。


「おかえりなさい」


菫は少し疲れた顔で笑う。


「ただいま」


その瞬間だけは、会社でも秘書でもなく。


ただの家族だった。


⸻


そして時間は、静かに進んでいく。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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