第52話 「家族が重なっていく夜と、炊飯器の音」
⸻
夜の龍雷神本社は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。
⸻
蛍光灯の白い光だけが静かに廊下を照らし、社員の足音もほとんど消えていく。
⸻
その中で、秘書課の一角だけがまだ灯りを残していた。
⸻
⸻
柊木菫は、美枝子と最後の資料整理を終えていた。
⸻
「これで今日の分は終わりね」
美枝子がパソコンを閉じる。
⸻
菫は軽く息を吐く。
「はい……ようやくですね」
⸻
⸻
二人は同時に椅子から立ち上がる。
⸻
だが、そのタイミングで——
⸻
「まだいるな」
⸻
低く落ち着いた声。
⸻
健二郎だった。
⸻
⸻
秘書課の入口に立ち、腕を軽く組んでいる。
⸻
「終わるのを待っていた」
⸻
美枝子が少し驚く。
「あなた、まだいたの?」
⸻
健二郎は短く答える。
「たまたまだ」
⸻
だが、その目は少し柔らかい。
⸻
⸻
健二郎は菫を見る。
「柊木さんだったな」
⸻
菫は一歩前に出る。
「はい」
⸻
健二郎は少しだけ間を置いて言う。
⸻
「今度の週末、どこか旅行に行かないか?」
⸻
⸻
一瞬、空気が止まる。
⸻
菫は目を瞬かせる。
「旅行……ですか?」
⸻
健二郎は頷く。
「家族で、だ」
⸻
⸻
菫は少し戸惑いながら答える。
「えっと……私には娘がいて」
「桜ちゃんといいます」
⸻
健二郎は軽く頷く。
「5歳か」
⸻
「なら問題ない」
⸻
⸻
美枝子が少し笑いながら割って入る。
「いいじゃない」
「せっかくだし家族で行きましょうか」
⸻
⸻
健二郎は続ける。
「それと——」
⸻
「君の会社に双子がいただろう」
⸻
菫は少し驚く。
「燈子と玲子のことですか?」
⸻
健二郎は頷く。
「そうだ」
⸻
菫は答える。
「7つ離れていますが、妹です」
⸻
⸻
美枝子が興味深そうに言う。
「じゃあご両親も?」
⸻
菫は少し迷ってから答える。
「父と母ですか?」
⸻
⸻
健二郎が補足するように言う。
「確か龍雷神の社員だったな」
⸻
菫は頷く。
「はい」
「父はIT・システム部の開発エンジニア課で柊木斗真です」
⸻
⸻
美枝子の目が少し動く。
「……もしかして」
⸻
「母親はアナウンサー部のMC・司会育成課の柊木鳴海さん?」
⸻
⸻
菫は軽く目を見開く。
「よくご存知ですね」
「はい、母です」
⸻
⸻
健二郎は静かに頷く。
「なら話は早い」
⸻
「顔合わせを兼ねて旅行にすればいい」
⸻
⸻
美枝子も同意するように頷く。
「それ、いい案ね」
「互いの家族で行くのは悪くないわ」
⸻
⸻
一気に空気が“未来の予定”へと変わる。
⸻
健二郎は軽く続ける。
「あくまで自然にな」
「噂は広げるなよ」
⸻
美枝子も頷く。
「もちろん」
⸻
菫も静かに答える。
「はい」
⸻
⸻
こうして、まだ言葉にされていない“家族の形”がまた一つ増えていく。
⸻
⸻
その頃。
同じ建物の別フロア——
⸻
榮助は自宅のキッチンに立っていた。
⸻
炊飯器の表示が「完了」に変わる。
⸻
ピーッ——
⸻
⸻
蓋を開けると、湯気がふわりと立ち上る。
⸻
「……いい感じだ」
⸻
榮助はしゃもじを手に取り、ゆっくりとご飯をほぐしていく。
⸻
一粒一粒が潰れないように、丁寧に。
⸻
そこへ少しだけ塩を混ぜる。
⸻
(白米だけじゃ眠くなる)
⸻
その記憶を思い出しながら、静かに混ぜ続ける。
⸻
⸻
鍋では寄せ鍋の残りが温められている。
⸻
具材はもう一度火を通され、
白菜の甘みがだしに溶け込んでいく。
⸻
⸻
榮助は小さく呟く。
「ちゃんと……続けないと」
⸻
その言葉は誰にも届かない。
⸻
だが確かに、そこにあった。
⸻
⸻
夜はまだ続いている。
⸻
そしてそれぞれの“家族”もまた、
静かに次の段階へと進み始めていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。




