第51話 「それぞれの帰り道と、家に残る温度」
業務終了のチャイムが鳴る頃でも、龍雷神本社の秘書課フロアはまだ明かりが落ちない。
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書類の整理、翌日の予定調整、役員への報告資料の確認。
“終業”という言葉は存在していても、この部署ではただの目安に過ぎなかった。
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その中で、柿沼榮助は静かにデスクの片付けをしていた。
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スマートフォンを取り出し、短く息を吐く。
そして、通話履歴から一つの名前を選ぶ。
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「菫さん」
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呼び出し音はすぐに繋がった。
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『……はい』
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少しだけ疲れの混じった声。
柊木菫だった。
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榮助は落ち着いた声で言う。
「お疲れ様です」
「今日は桜ちゃん、私が迎えに行きます」
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菫は一瞬だけ間を置く。
「え……あ、ありがとう」
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その背後で、美枝子の声が聞こえた。
「ちょっと貸して」
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「えっ?」
菫が言うより早く、電話が切り替わる。
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「榮助」
美枝子の声は、いつも通り落ち着いているが少しだけ鋭い。
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「少しは夕飯くらい作ったら?」
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「ラブラブなのはいいけどね、仕事終わりのバランス考えなさい」
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榮助は少しだけ黙る。
「……申し訳ありません」
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美枝子はため息をつくように続ける。
「冗談よ」
「でも菫さんに負担かけすぎないこと」
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その横で菫が慌てて口を挟む。
「すみません、榮助さんはちゃんと……」
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美枝子は軽く笑う。
「はいはい」
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「で、菫さんは何時に帰りたいの?」
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菫は少し考えたあと答える。
「18時30分くらいまでには」
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その言葉をそのまま、榮助に戻すように美枝子が言う。
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「18時30分だそうよ」
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電話越しに榮助は静かに頷く。
「分かりました」
「それまでに夕飯を準備しておきます」
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一拍。
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「桜ちゃんの分も含めて作りますので」
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美枝子は少しだけ声を柔らかくする。
「無理はしないこと」
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榮助は短く答える。
「はい」
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通話が終わる。
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榮助はそのまま桜の迎えに向かった。
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保育園。
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「お兄ちゃん!」
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桜は駆け寄るより先に両手を広げる。
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「今日はね、だっこ!」
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榮助は少しだけ迷い、そして自然に抱き上げる。
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「はい」
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桜は嬉しそうに笑う。
「やった!」
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その小さな体重を感じながら、榮助は静かに歩き出す。
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一方その頃、秘書課。
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美枝子は軽く肩をすくめる。
「息子とラブラブねぇ」
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菫は真っ赤になりかけながらも頭を下げる。
「そ、そういうわけでは……」
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美枝子は笑いながら資料に目を戻す。
「はいはい、仕事仕事」
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それでも空気は、どこか柔らかいままだった。
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その後。
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榮助の自宅。
キッチンではすでに調理が始まっていた。
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■肉じゃが
・じゃがいも
・人参
・玉ねぎ
・牛薄切り肉
・しらたき
・だし(昆布+かつお)
・醤油/みりん/砂糖
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■きゅうりの味噌漬け
・きゅうり
・味噌
・砂糖
・みりん
・少量のごま
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■白米(炊飯器・急速モード)
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■ラッシー風ドリンク
・ヨーグルト
・牛乳
・はちみつ
・少量レモン
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■みかんオレンジジュース
・みかん
・オレンジ
・少量の水
・ミキサーで攪拌
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■寄せ鍋
・白菜
・長ねぎ
・豆腐
・しめじ
・えのき
・鶏もも肉
・豚薄切り
・春菊
・つくね
・昆布だしスープ
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桜用の夕飯
・小さめ肉じゃが
・卵焼き(甘め)
・ご飯少なめ
・みかんカット
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キッチンには包丁の音と、鍋の静かな煮込み音だけが響いていた。
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同時刻。
秘書課。
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偶然、健二郎がフロアに立ち寄る。
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「お、まだ残ってるのか」
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美枝子は軽く頷く。
「少しだけ」
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向葵はすぐに立ち上がる。
「資料です」
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健二郎はそれを受け取る。
「よし、もういい。今日は帰れ」
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向葵は軽く頭を下げる。
「失礼します」
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フロアに残るのは三人だけになる。
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健二郎
美枝子
菫
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健二郎は菫を見る。
「体調はどうだ?」
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菫は少しだけ姿勢を正す。
「今のところ問題ありません」
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健二郎は短く頷く。
「無理するな」
「仕事より体だ」
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たわいもない会話が少し続く。
家庭の話、桜の話、仕事の進捗。
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そして健二郎は立ち上がる。
「じゃあ、帰る」
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美枝子が軽く手を振る。
「お疲れ様」
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健二郎はそのまま秘書課を後にする。
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再び静かになるフロア。
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残ったのは、美枝子と菫。
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書類の山だけが、二人の前に残っている。
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菫は小さく息を吐く。
「続き、やります」
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美枝子は頷く。
「ええ」
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キーボードの音が再び鳴り始める。
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その静けさの中で、
それぞれの“帰る場所”だけが、確かに待っていた。
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