第47話 「三つの未来――夕暮れと小さな帰り道」
診察が終わったあとも、診察室の空気はすぐにはほどけなかった。
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鍋島香織はカルテを閉じながら、ゆっくりと二人を見る。
「まずは、無理しないこと。これは絶対」
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菫は小さく頷く。
「分かってる」
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榮助も静かに答える。
「はい」
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香織は少しだけ肩の力を抜いて続ける。
「多胎の可能性が高い以上、今後は検査の頻度も増える」
「生活リズムもかなり大事になるから、仕事は調整前提ね」
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菫は短く息を吐く。
「……やっぱりそうなるよね」
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香織は軽く笑う。
「でも、菫ならちゃんとやるでしょ」
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その言葉に、菫は少しだけ視線を落としてから頷く。
「……うん」
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香織はペンを置き、ふっと表情を和らげる。
「それとさ」
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二人が顔を上げる。
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「今度、桜ちゃん連れておいでよ」
「うち、子ども用のおもちゃとかまだ残ってるし」
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菫は少し驚いたあと、小さく笑う。
「いいの?」
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「いいに決まってるでしょ」
香織はあっさり言う。
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「昔の友達の子ども、放っておけないし」
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榮助は軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
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香織はそれを見て少しだけ目を細める。
「真面目だね、この人」
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菫は小さく肩をすくめる。
「……そういう人なの」
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診察室を出る頃には、外はもう夕方に近かった。
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空の色がゆっくりとオレンジに傾いている。
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車に戻ると、菫がハンドルを握る。
榮助は助手席。
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保育園へ向かう道は、朝より少し静かだった。
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しばらく無言。
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だが、その沈黙は重くない。
むしろ、整理されていく時間だった。
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保育園に到着し、桜を迎える。
「ママー!おにいちゃん!」
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元気な声が車内に入ってくる。
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桜は後部座席に乗り込むと、すぐに二人を見た。
「ねぇねぇ、どうだったの?」
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一瞬だけ、菫と榮助は顔を見合わせる。
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菫が静かに言う。
「……桜にお話があるの」
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桜は首をかしげる。
「なにー?」
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榮助が少しだけ柔らかい声で言う。
「お兄ちゃんとママのところにね」
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一拍置いて。
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「三つ子が来るよ」
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桜は一瞬きょとんとする。
「みつご?」
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菫が頷く。
「うん。赤ちゃんが三人」
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桜は少し考えてから、ぱっと笑う。
「じゃあ、にぎやかになるね!」
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その反応は、あまりにも自然で、
あまりにもまっすぐだった。
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榮助は小さく息を吐く。
(受け入れるのが早い)
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菫は横で少しだけ笑う。
「そうだね……にぎやかになる」
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車は夕暮れの街へ戻っていく。
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三人の沈黙は、もう不安ではなかった。
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それは、
“家族になる準備が進んでいる時間”だった。
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